767 ▽再戦、勇者vs竜将

 王都エテルノを出発してからおよそ三時間。

 ジュストはついに新代エインシャント神国に戻ってきた。

 以前の長旅を思えば、まさしくあっという間と言っていいだろう。


 ここに来る途中、シュタール帝国の帝都アイゼンで戦争を再び起こさぬよう警告を行い、海峡に鎮座していた覇帝獣ヒューガーをやっつけた。


 寄り道してなおこれだ。

 これが輝攻戦神グランジュスト。

 戦闘力のみならず、機動力も尋常ではない。


「さて……」


 とりあえず、ウォスゲートの近くに群がっていたドラゴンは鎧袖一触にやっつけた。

 他にもいくつか気になるところはあるが、とりあえず一番重要なのは……


『はーはっはっは! よくぞここまでやってきたな、輝攻戦神グランジュスト!』


 ジュストは頭上を見上げた。

 分厚い雲の中に巨大な立体映像が映されている。

 厳つい顔の壮年の男は、かつて一度その姿を見たことがあった。


「魔王っ……!」


 魔王軍のトップにして、ビシャスワルトの王。

 すべてのエヴィルの頂点に立つ人類にとっての最大の敵だ。


『見ていたぞ、我が送り込んだ覇帝獣ヒューガーを貴様が倒すところを! よくやった……と誉めてやりたいところだが、その程度で調子に乗られては困る! 勝った気になるのはこの魔王を倒してからにするんだな! はーっはっはっは!』


 以前に見たイメージと違ってどことなく楽しそうな雰囲気の魔王だが、こいつがミドワルトを侵略して多くの人々を苦しめたことを思えば、ジュストの胸の奥からはふつふつと怒りの感情が煮えたぎってくる。


「黙れ、侵略者! 次はお前の番だ!」

『ふはは! 我はビシャスワルト最奥部の魔王の館にて待っている! この首を取りたければ、ゲートを超えて再び我が元へとやってくるがよかろう! ふはははは!』




   ◆


「スーパー……ロボット……? ははっ」


 あたしは乾いた笑いを漏らした。

 いくらなんでもギャグとしか思えなかったからだ。

 それを口にしたのがエヴィルの王様だってんだから、なおさらシュールとしか言いようがない。


 けれど、ミサイアと帽子の女の表情は真剣だった。


「信じられない。ミドワルトの人間にあんな強力な人型兵器を作る技術があるなんて……」

「動力はSHINEで間違いないわね。けれど、一体どうやってあれほどのエネルギー変換効率を? それにあのような異常な機動を行って中のパイロットが無事だとは思えないわ」

「ドラゴンの群れを一瞬で殲滅する一騎当千の機体なんてまさにスーパーロボットですね」

「あんなものが本格的に量産されたらシャレにならないわ。魔法の真似事を使えるだけの中世社会や獣の軍勢ならともかく、あれは私たちの世界にとっての明確な脅威になるわよ」


 よくわかんないけどあの巨人は機械マキナ技術の進んだ異世界人から見ても相当すごいみたい。

 そりゃ確かにあんなに強いドラゴンの群れを瞬殺したんだから、強いってのはわかるんだけど。


 なんだか寒々しく見えるのはなんでかしらね?

 あ、でも神話戦記みたいでルーちゃんが見たら喜びそうね。


「う、うおおおおおおっ! よくも我が同胞をおおおおおっ!」


 竜将ドンリィェンが怒りの咆哮を上げた。

 その瞳にはうっすらと涙も滲んでいる。


「許さん! 許さんぞ、ミドワルトの機械兵器!」


 背中から巨大な竜の翼が生える。

 角の形が一回り大きくなり顔も爬虫類っぽく変化する。

 皮膚の色が緑色に染まって、全身が鱗のようなものに覆われる。

 服が裂けて体が爆発的に大きくなり、ドラゴンそのものの姿へと変わっていく。


 そして竜将ドンリィェンは翼を広げて飛び立った。

 竜になり、空に浮かぶ巨人に向かって一直線に。




   ▽


 座席後ろのアラームが鳴った。


「なんだ?」


 ジュストは下方に目を向ける。

 巨大なエネルギー反応が接近している。


 ドラゴンだ。

 いま倒したやつらとは明らかに違う。

 これは、覇帝獣ヒューガーにも匹敵する力を持った凶悪なドラゴンだ。


 グランジュストに剣を構えさせ、迫る敵を迎え撃とうとした。

 その直後。


「グガァッ!?」


 そのドラゴンは横からの攻撃を食らって大きく仰け反った。

 数十メートルある巨体を一文字に斬り割く斬撃。

 しかし、それを放った者の姿は見えない。


 いや。


 よく目を凝らせばドラゴンの背に誰かが取り付いている。

 その人物はもう一度剣で斬りつけつつ、今度はこちらに向かって跳躍してきた。


 そして彼はグランジュストの肩に着地する。

 ジュストから見るとちょうど右上辺りに浮かんでいるように見える。


「ダイ!?」

「お、やっぱりジュストか」


 肩で剣を担ぐ黒髪の少年。

 その容姿は以前より少し大人びて見える。

 かつての旅の仲間、キリサキダイゴロウに間違いなかった。


「すげえモンに乗ってんなあ。見てたぜ、さっきドラゴンの群れをやっつけたの」

「そっちこそ。今の攻撃はその剣の力なのか?」

「まあな。こっちもいろいろあって――」

「小僧ッ! 邪魔をするなッ!」


 二度の斬撃も致命傷にはなっていないようだ。

 巨大ドラゴンは再び翼を広げ、こちらを睨み上げていた。


「話は後にしようぜ。アイツはオレがやるから、ここは任せてオマエは先にビシャスワルトへ行けよ」

「任せていいのか?」

「アイツとはちょっとした因縁があってな。ESはミドワルトでじゃないと真価を発揮できねーみたいだし。それに魔王からの直々のご指名があるんだろ?」

「わかった。それじゃ頼んだ」


 久しぶりの再会だったが、多くの会話はいらない。

 それぞれの力を手にした戦士たちは己がやるべきことを成す。


 ジュストは夜闇のように深いウォスゲートに視線を向けた。

 そして機体を傾け、迷うことなくその中へと入っていく。




   ※


「待てッ!」


 ドンリィェンはゲートに消えていく巨大人型兵器を追いかけようとした。

 しかし、そんな彼の前に小さな大敵が立ちはだかる。


「行かせねーよ」

「貴様……!」


 体から淡い光を放ち、宙に浮いている黒髪の少年。

 ヒカリヒメの友人で魔力を使った攻撃を悉く打ち払う厄介なガキだ。


 たしか名は、キリサキダイゴロウ。


 しかも、以前には持っていなかった莫大な力を感じる武器を手にしている。

 先ほどの巨大な斬撃や空中浮遊はあれの能力によるものと見て間違いないだろう。


「退け小僧! 今は貴様に構っている暇はない!」

「オマエの都合なんて知らねーよ。それより、あの時の決着をつけようぜ」


 かつてドンリィェンは一度この少年とやりあっている。

 あの時はヒカリヒメの静止で拳を引いたが、ほぼ互角の戦いであった。


 ただし今のドンリィェンは奥の手の完全竜化状態であり、向こうも以前と違う武器を持っている。

 今再び本気でやり合えば、今度こそどちらかが滅するまで続くこととなるだろう。


「……いいだろう。そこまで死にたいというのなら、まずは貴様から殺してやる!」


 ドンリィェンは翼を広げ突進した。

 莫大な輝力を推進剤とした急加速からの大質量を活かした体当たりだ。


「うはっ!」


 黒髪の少年は突進を紙一重で躱しつつ、小さな刃から発する巨大な斬撃でドンリィェンの腹を薙いだ。


「効かぬわ、その程度!」


 並のエヴィルなら一〇〇体まとめて薙ぎ倒され、森や城ですら両断するほどの斬撃。

 だが、今の完全竜化したドンリィェンには針で刺されたほどの痛みしか感じない。


 ビシャスワルトの強者特有の驚異的耐久力。

 今のドンリィェンはそう簡単に倒れない。


「そーかよ。んじゃ、倒れるまで何度もやってやるよ!」


 だが少年は……

 キリサキダイゴロウは諦めない。

 むしろ瞳に闘志すら燃やして、自らの意志で飛び込んでくる。


 まるでこの闘いを楽しんでいるかのように。


「いっくぜええええええっ!」

「うおおおおおおおおおっ!」


 処刑台の刃にも似たドンリィェンの竜爪と、ダイゴロウの勇者の剣が天空で交差。

 神都の上空に爆雷にも似た激しい火花が散った。

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