759 ▽暗殺失敗

「はっ! はっ!」


 スティはアパートの自室で剣を振っていた。

 頬を流れる汗を拭いもせず、一心不乱に素振りに打ち込んでいる。


 星輝士の姉に謹慎を命じられてから今日で五日目。

 人間同士の戦争に参加しないで済んだのは良かったのだが……

 謹慎が解けた後で部隊に戻ることを考えると、本気で気が滅入りそうである。


 不安と退屈を紛らわすためには、とにかく体を動かすしかない。

 こうやって朝から晩まで素振りを続けると、気分的にはもう大木すら薙ぎ倒せるようなつもりになってくる。


 だが一日の終わりに得るのは、決まって疲労感だけだ。

 それでも無為にだらけて過ごすよりは剣を振っている方がマシなのである。


 ちらりと外を見れば空がオレンジ色に傾きかけている。

 今日もまた何もない一日が終わるのか……と思った時。


 急に窓ガラスが吹き飛んだ。


「な、なに何っ!?」


 慌てて剣を構えるスティ。

 どうやら外から何者かが飛び込んできたようだ。

 濛々と立ち込める砂ぼこりが晴れると、そこに立っていたのは見知った顔だった。


「けほけほ……ちょっと、スティ。一日中家にいるならたまには掃除くらいしてよね」

「姉さん!?」


 非常識な来客の正体は姉のフレスだった。

 星帝十三輝士シュテルンリッターの三番星で、スティとは姉妹ではあるが、シュタール輝士団の中においては天と地ほどの身分の差がある。


 今日はいつもの派手な髪色も星マークのメイクもしていない。

 故郷にいた頃と同じ、地味な印象の栗色の髪に戻っている。


「なんで窓から入ってきてんのよ!? 正面から入ればいいじゃない! あーあ、こんなにしちゃって、また大家さんにどやされるわ。当然、事情の説明はしてくれるのよね?」

「悪いけどそんな暇はないの。私と一緒に逃げましょう」


 まったく意味がわからない。

 スティは自分の腕を掴もうとしたフレスの手を振り払った。


「スティ!」

「うるさい。まずは事情を説明しなさいよ」


 一応、こっちはフレスのせいで謹慎中の身なのだ。

 勝手に出歩いたら命令違反になってしまう。


 姉の態度から、ただ事ではないことは推測できるのだが……


「あっちに逃げたぞ!」

「裏口に回って取り囲め! なんなら建物ごと燃やしても構わん!」


 なにやら外からは男たちの物騒な声が聞こえてくる。

 割れた窓から外を見ようとすると、フレスに首根っこを引っ張られた。


「痛いわ!」

「顔を出しちゃダメ。撃ち殺されるわ」


 なにを大げさな……と思った直後。

 外から炎の矢が飛んできて、スティが立っていた場所を通り過ぎ、部屋の天井に突き刺さった。


グラ。ほらね、だから言ったでしょ」

「あっ、あぶっ、なにがっ……」


 炎はフレスがすぐに消火してくれたので延焼することはなかったが、もう少し後ろに引かれるのが遅かったら、完全に顔面丸焦げにされていた。


「ねえちょっと、一体誰に追われてんのよ!? 何があったか知らないけど、いきなり部屋ん中に火矢ぶち込むような危ない相手との諍いにあたしを巻き込まないでくれる!? そ、そうだ、衛兵を呼ばなくちゃ……」

「呼んでも無駄だよ。衛兵は輝士団の味方だから」


 半ばパニック状態になっているスティに、フレスは落ち着かせるような穏やかな声色でとんでもないことを語った。


「……は?」

「それと巻き込んじゃったのは悪いけど、スティも一緒に逃げないと危ないと思うよ。ほら」

「いいから建物ごと燃やせ! 大逆の賊徒の親類など、もろともに殺して構わん!」


 外から聞こえる怒鳴り声。

 なんだか恐ろしいことを言っている気がする。

 どうやら彼らはスティがいることを知ったうえでアパートを燃やそうとしているらしい。


「大逆の賊徒……? 姉さん、マジで何やったの?」

「皇帝陛下を暗殺しようとして失敗しちゃった☆」

「馬鹿じゃないの?」


 驚きに声を失ったり理由を聞いたりする前に、まずはそんな言葉が口から出た。

 いったい何を間違えたらそんなことをしでかそうと思ったのか。


「というわけで話はあと。ここに残ってたら捕まって拷問されるだけだよ。わざわざ迎えに来てあげたんだから、一緒にアイゼンから脱出しましょう」


 フレスが背中を向けてちょいちょいと手招きする。

 建物の周りを囲まれているので単独で逃げるのは不可能。

 なので背負ってやるから、空を飛んで逃げようと言うことらしい。


 スティは考えるのを止めて素直に姉の言葉に従った。


「逃げながらでいいから、理由はちゃんと説明してよね」

「うん。しっかり掴まっててね」


 背中にしがみつくと、フレスはものすごい勢いで窓から飛び出した。


「出てきたぞ! 殺せ!」


 姉妹を狙って下から無数の炎の矢が飛んでくる。

 炎の軌跡は彼女たちの進路ギリギリを掠めて上空へ逸れて行った。

 スティは振り落とされないよう腕に力を籠め、目を閉じていることしかできなかった。




   ※


「そっ、そろそろ、理由を話してくれてもいいんじゃないの!?」


 街壁近くに差し掛かった辺りでスティが尋ねてきた。

 ようやくしがみついたまま飛んでる状況にも慣れてきたみたい。

 フレスは肩越しに振り返り、笑顔をつくって繰り返しになる説明をした。


「うん、さっき言ったとおりだよ。皇帝陛下を暗殺しようとして失敗したの」

「だから! なんで姉さんが皇帝を暗殺しようとするのよ! 意味わかんないんだけど!?」

「そういう約束だったからね」

「約束って誰と――」

強制睡眠フォスリプ

「くぁ……」


 あまり暴れられて落としたら大変なので、とりあえず眠らせておくことにする。

 事情は安全なところに着いてからしっかりと話してあげるから。


「ごめんね」


 正直なところ、スティには本気で申し訳ないと思っている。

 せっかくがんばって自力でシュタール輝士団の外人部隊に入ったのに。

 こんな形で未来を閉ざしてしまうことになるなんて、姉としては非常に不本意なのだ。


 だが、悪いのは皇帝の方なのだ。

 いや……すべての大国が、と言うべきか。


「追いついたぞ!」

「逆賊フリィ、覚悟!」

「あ」


 後ろを振り向けば、数名の輝士たちが追いついて来た。

 彼らの周囲に舞うのは小さく輝く光の粒子。

 輝攻戦士を投入したようだ。


 さすがに人ひとりを背負ったまま輝攻戦士相手に鬼ごっこは分が悪い。

 気の毒には思うけれど、ちょっと抵抗させてもらおう。


氷弾暴風雨グラ・ストームっ!」


 輝士たちの進行方向に黒い雲が発生する。

 無数の氷礫が豪雨となって追っ手たちに降り注ぐ。


「ぎゃあああああ!」


 輝士たちの絶叫が都市に響き渡る。

 五階層に位置する強力なグラ系の輝術だ。

 フレスの使える中では最強威力の攻撃輝術である。


 いくら輝攻戦士と言えども、あのタイミングで避けることは不可能だったろう。

 直撃を受けた哀れな追っ手たちはみな大きなダメージを受けて輝粒子を消失させる。


 手加減する余裕はなかったから、死んでいないよう祈りたいところだが……


「おっと」


 フレスの鼻先を何かが掠めた。

 とても細くて長い、しなやかな鞭である。

 速度を落としていなかったら直撃していたかもしれない。


「今度は逃がしませんよ、フレスさん」

「あら。また貴方ですか」


 フレスの眼前を掠めていった鞭の先端が、屋根の上で待ち伏せていた刺客の手元へと戻る。

 街壁も間近にして、フレスの前に立ちはだかった人物。

 それは眼鏡をかけた緑髪の青年。


「貴方のしたことに言い訳があるならここで聞かせてください。もし何かの間違いではないのなら……」


 かつての仲間にして、星帝十三輝士シュテルンリッター十三番星。


「ボクがこの手で、今度こそあなたを殺します!」


 ラインだった。

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