745 ▽発進

 巨像の中に乗り込んで座席に座ると、自動的に装甲が閉じた。

 一瞬だけ真っ暗になった後、内部の輝光灯がつき、真っ白な壁面が映し出される。


 座席の周りは重々しい機械で彩られていた。

 ボタンやレバーのようなものが並んでいるが、どうすればいいのかわからない。


「おい、なんなんだよこれは!」

『目の前に細長い穴があるだろう』


 ジュストは大声で問いかける。

 英雄王の返事は座席のすぐ後ろから聞こえた。

 どうやら音声装置があり、内部に直接声を届けているらしい


『そこに聖剣メテオラを差し込んでみろ。そうすりゃそいつは起動する』


 ジュストは眉根を寄せて訝しんだが、言われた通りにメテオラを穴に入れた。

 鞘に納めた時のようにすんなりと奥まで入っていく。


「うわっ!」


 座席全体が大きく振動する。

 直後、目の前の視界がパッとひらけた。


 正面にあったはずの白い壁面が無くなって外の景色が見える。

 もっと正確に言えば、分厚いガラスを通して外を見ているような感じだ。


 周囲を見渡して見れば、ジュストの座っている座席だけが宙に浮かんでいるような感じ。

 ただし視点は先ほど乗り込んだ時の胸部分よりもやや高い位置にある。


「巨像が……消えた?」

『違う。各部に備え付けたカメラで外の映像を映しているだけだ。お前はいま、機体と一つになったのだ』


 つまり、この視界は巨像の目を通した視界なのか。


「巨像の中に入ったってのはわかった。でもこれ、どうやって動かすんだ?」

『ゆっくり説明してやりたいところだが時間がねえ。ぶっつけ本番でやってもらうぞ』

「ぶっつけ本番って……うわあっ!?」


 巨像が急に動き出し、ジュストは座席に押し付けられた。

 いや、これは巨像の足元の床が上昇しているのだ。


『とりあえず地上に射出するから、まずはとにかく覇帝獣ヒューガーを食い止めろ。操縦方法は追々説明してやるよ』


 ジュストの耳に英雄王の声は届いていたが、何かを言い返す余裕は無かった。




   ※


「ターニャ! ターニャぁ!」

「よせ、まずはとにかく避難するんだ!」


 背中を抱いて必死に妹を止めるフォルツァ。

 振りほどいてターニャを追いかけようとするジル。

 セラァはそんな兄妹の光景をぼーっとしながら眺めていた。


 自分は不思議と落ち着いている。

 この状況でどう行動するのが一番なのかもわかっている。

 それはもちろん取り乱すジルの頬を叩いて彼女を冷静にさせることだ。

 だが、なぜか実際にそうしようという気にはなれなかった。


 ターニャならきっと大丈夫。

 あんなことになったのは残念だった。

 しかし、彼女ならこの状況も生き延びられるだろう。

 とにかく今は心神喪失から脱することができただけでも喜ぶべきだ。


 それに対して、僕たちはどうだろう?

 このままこの場所に留まれば確実に死ぬ。


 先ほど怪物の鉄球はここから遠くない位置に落下した。

 通りの市民は強烈なパニック状態に陥っている。


 さらに。


「ローァ……ガラー!」


 地の底から響くような低音が空から鳴り響く。

 見上げてみれば、すでに怪物は崩れた街壁の傍にまで迫っていた。

 どこか異文化の神を思わせる怪物に見下ろされると、己の矮小さを嫌でも実感してしまう。


 怪物が開いた口内から炎を吐き出し足元のがれきを燃やしていく。

 その首が少しずつ角度を上げるにつれ、彼女たちのいる区画へと炎が近づいてくる。


「いや、これはすでに手遅れかな……」


 セラァは怪物を見上げながら呟いた。

 あの炎から逃れるイメージが全く浮かばない。


 そうか。

 まもなく我々は焼かれて死ぬのだ。

 そう理解していても、セラァの心は不思議と落ち着いていた。


「セラ……」


 ミチィがセラァの手をぎゅっと握る。

 彼女の性格なら死が迫っているとわかればもっと取り乱すことだろう。

 あまりに唐突すぎる状況に、目前に迫った死に対する実感が追いついていないのだ。


「大丈夫だ。僕はずっと君の傍にいるからな」


 その方がいいだろう、とセラァは残酷に己を納得させた。

 この無邪気な友人が死の恐怖に顔を歪める所なんて見たくない。

 セラァはミチィを抱きしめて、彼女の視界すべてを胸で覆い隠した。


「セ、セラ? なにをするのだ?」

「なんでもない。しばらくこうさせていてくれ」


 セラァは最低の養父の下で最悪な幼少時代を送ってきた。

 南フィリア学園での日々は奇跡のような偶然で手に入れた平穏の時。

 毎日が夢の中にいるような幸せな日々だったから、今さら死ぬことなんて怖くない。


 この人生の最期を愛する友人と共に迎えられる。

 それだけで僕は満足だ。


 ああ、僕はやはり最低の人間だ。

 こんな自己満足に最愛の友人たちを突き合わせるなんて。


「セラ? セラ? 本当にどうしたのだ? さっきから何か変なのだ」

「ごめんな、ミチィ」


 腕の中で震える純粋すぎる少女に謝った、その直後のことだった。


「ローァ……!?」


 耳が痛くなるほどの轟音が響いた。

 同時に怪物が今までに聞いたことのない声を上げる。


 セラァは顔を上げた。

 そして彼女は見た。


「なんだ、あれは……?」


 怪物の隣にもう一体の巨人が立っている。

 中世の輝士のようでもあり、どこか機械マキナ的でもある。

 それはまるで、神話に語られる英雄のような、神々しき純白の巨人であった。




   ※


「おい、どうなってんだよ!?」


 ジュストは今度こそ全力で文句を言った。

 耳元でひび割れた英雄王の声が反響する。


『上出来だぜ。見事に体当たりをかましてやれたじゃねえか』

「ふざけるな! 危うく街の人たちを踏み潰すところだったぞ!」


 巨像は強制的に地上に射出された。

 ジュストは気が付けばエテルノの街を見下ろす位置に浮かんでいた。

 正確に言えば今も巨像の内部で、彼の座っている座席が浮かんでいるように見えるだけだが。


 前方にさっきの怪物の姿を発見したジュストは、とりあえず英雄王に言われるまま、足元にある大きなペダルを踏みこんでみた。


 すると、巨像は怪物の方に向かって走り出した。

 ガッシャガッシャと音が鳴り、座席がわずかに上下する。

 そのまま止まることもなく怪物に激突してしまったのである。


 幸いにも巨像はがれきの上を走ってくれたが、数十メートル左に目を向ければ、避難しようとする人々が密集する大通りもあった。


 振り返ると、巨像が通った道には大きな足跡が残っている。

 もし大通りを進んでいたら、どれだけの被害が出ていたかわからない。


『そんときゃ仕方ねえってあきらめろ。覇帝獣ヒューガーを倒すためには必要な犠牲だ』

「この最低のクズ野郎……!」

『文句を言ってる場合じゃねえぞ。民を死なせるのが嫌なら操縦に慣れろ。そんでもって、さっさと目の前の敵を倒せ』

「言われなくてもわかっている!」


 悔しいが、英雄王の言う通りだ。

 ただの体当たりで怪物を吹き飛ばしたのだ。

 この巨像がとんでもない力を持っているのは理解した。


『絡繰人形師みたいな技術は必要ねえ。操縦方法は極めて簡略化したセミオート、しかも一部の動作には音声認識システムを採用している。最終調整が間に合わなかった分やれることは限られているが、そこにいるデカブツをブッ倒すことくらいは十分に可能なはずだ』

「……わかった。じゃあ、何をすればいいのか教えてくれ」


 体当たりを食らった覇帝獣ヒューガーはまだよろけている。

 攻撃を仕掛けるなら今が絶好のチャンスだ。


『よし。じゃあまずは――と叫べ』

「は?」

「思いっきり大声でだぞ。音声認識システムは感度が悪いから、はっきり口にしないと聞き入れてくれない可能性もある」

「いや、その言葉に何の意味が……」

『早くしろ。覇帝獣ヒューガーが体勢を立て直すぞ』

「くっ!」


 よく理解できないが、ここは素直に従うしかない。

 ジュストは思考を放棄して息を大きく吸い込んだ。


 そして、英雄王に言われた通りの言葉を叫ぶ。






          「発進! 輝攻戦神グランジュスト!」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る