12.5章B 革命戦争 編 - shining brave god -

726 ▽彼らにとっての主敵

 ミドワルトの歴史は輝鋼石を巡る歴史でもあった。


 輝鋼石とは果たして何か?

 教会の伝承にはこう書かれている。


 かつてこの地を治めた神々がいた。

 彼らはやがて大きな戦乱を経て、新たな神の国へとへ去っていく。

 その際、神々は次の地上の支配者として人類を選び、人間が泥の文明を脱して英知を得るための進化の遺産として輝鋼石を残したのだと。


 または、新代エインシャント神国王家などの極一部の者だけが知る秘話に従うのなら、この地を創造した別世界の人間が入植した者たちに与えたであると。


 輝鋼石を残したのが神々なのか別世界の人間なのか、真実はわからないし、それは問題ではない。

 重要なことは、当時の人類は『新世界のアダムとイブと』呼ばれるの手によって、自然界では決して手に入らない強力なエネルギーを得ることができたということだ。


 千年前、まともな文明すら持たなかった原始的な人類は、輝鋼石の力を利用して過酷な世界を生き延びてきた。


 その時代、この地にはまだ初期エヴィルと呼ばれる魔物があふれていた。

 もし原始輝術がなくば、人類は絶滅していたか、文明の発達は大いに遅れていただろう。


 各地の集落が小さかった頃はそれでよかった。

 人類は次第に版図を広げ、輝鋼石から離れた場所にも暮らすようになる。

 距離を隔てた地に住まう者同士はやがて疎遠となり、各々がまったく別の国家を作るようになった。


 すると当然ながら、輝鋼石のある国とそれ以外の国には大きな格差が現れ始める。


 誰もが少しでも良い暮らしをしたいと考えるだろう。

 誰もが生まれた場所の違いだけで優劣をつけられるのを良しとしないだろう。


 結果、誰もが輝鋼石を我が物にしたいと考える。


 帝国の時代では、最も強い力を持ったスティーヴァ帝国が各地の輝鋼石を手に入れようと全世界に対して侵略戦争を仕掛け、結果としてひとつの輝鋼石が破壊された。


 戦乱の時代では、乱立した小国が各地の輝鋼石を奪い合い、互いに合併吸収を繰り返してやがて集約し、その果てに現代にも繋がる五大国が成った。


 発展の時代以降、人類同士の大規模な戦争は起こっていない。

 その理由は何だろうか。

 戦乱に倦んだ国々が平和的な発展のみを競うようになったから?

 魔動乱の時代が始まり、世界中が手を取り合ってエヴィルの脅威と戦う必要があったから?


 無論、そのどちらでもない。

 理由はひとえに五大国のパワーバランスの均衡のためだ。

 先に侵略戦争を仕掛けた国が他の大国に攻められ滅ぶという、国家間の相互監視システムが成り立ったからである。


 ならば、そのバランスが崩れたら?

 新代エインシャント神国は魔王軍の侵攻を受けて滅んだ。

 マール海洋王国は反撃にこそ転じているものの、首都は陥落し国力は大いに削がれた。


 此度の魔王軍の侵攻によって、すでに二つの大輝鋼石が失われているのだ。

 ミドワルトに残る大輝鋼石はあと三つ。

 シュタール帝国、ファーゼブル王国、セアンス共和国。

 未だに魔王軍に屈していない三つの大国の、その首都にのみ残っている。


 その中でもセアンス共和国は現在の魔王軍との最前線だ。

 残りの二国の援助のもと、何とか耐えているのが現状である。


 後方に目を向ける余裕はない。

 ただし、逆に考えれば残り二国への防波堤にもなっている。

 ならばあえてそこを突くことはせず、しばし魔王軍への抵抗を続けてもらおう。


 つまり、やるべき事はひとつだ。




   ※


「条件はこれで良かろう」


 シュタール帝国皇帝、フィンスターニス三世は謁見の間にて短くそう告げた。


「三番星フリィよ」

「はい☆」

「南部連合の盟主に伝えよ。『貴公らの活躍に期待する。もし初戦を制した暁には、帝国も助力を惜しまぬぞ』と」

「了解いたしました☆」


 派手な髪と服装の星帝十三輝士シュテルンリッター三番星は、軽い口調とは裏腹に丁寧な所作で礼礼を尽くした。


「この時のために貴様のような他国出身者を星輝士に取り入れたのだ。よもや事前になって裏切るとは考えておらんぞ?」

「皇帝陛下の御意のままに☆」

「ならばよし。貴様も本懐を遂げるが良い」


 彼女はシュタール帝国が建国されて以来、歴史上初めてとなる非シュタール帝国人の星輝士である。

 しかも生まれはファーゼブル地方に属している小国クイントの、ただの村娘だ。

 だが、彼女の輝術師としての才覚は他の星輝士に劣るものではない。


 前の三番星がケイオスのスパイであったことの汚点隠しも兼ねた人事だったが、星輝士とは何よりも実力こそがものを言う役職なのである。


 アイドル活動をしているフリィは国民人気も高い。

 経歴さえ偽れば表向きは伝統の破壊には当たらないだろう。

 何より彼女を取り入れたことで、南部の小国家群と誼を通じた功績は大きい。


「ただし、わかって居ろうな? こちらが提示した条件を無視するなら帝国は即座に敵に回る。その事、南部連合の盟主によく言い聞かせておくのだぞ」

「もちろんでございます☆」

「では行くが良い」


 星帝十三輝士シュテルンリッター三番星フリィ――

 輝術師フレスは深く礼をしながら、こっそりと舌を出して謁見の間を後にした。




   ※


『――だ、そうですよ。なので初戦にシュタール帝国の兵は参加不可です』

「そうか」


 南部軍事同盟改め『南部連合』の盟主にして、クイント国の王子であるアンビッツ……

 通称ビッツは水晶を通じた遠距離通話でフレスを通して皇帝の言葉を聞いた。


「上から目線なのはどの大国の王も一緒だな。もし初手で我々が失敗したら、責任はこちら持ちのまま、あっさりと切り捨てる腹づもりなのだろう」

『その場合はきっと、何事も無かったように大国同士の友好を続けていくのでしょうね』

「まあ、そうはならないさ」


 力を持つ者はいつも傲慢だ。

 ビッツは内心の怒りをかみ殺す。


「それより、帝国の提示している条件に変わりは無いのか?」

『制圧が成功した暁には、王都と大輝鋼石はシュタール帝国が接収。二つの衛星都市は南方が南部連合の、北方は帝国の管理下とする。ただし南方の中輝鋼石は帝国と南部連合の共同管理で……そちらの大使さんもかなり本気で交渉してましたけど、これ以上びた一文まけるつもりはないようですね』

「クソが……」


 不満は口にしないつもりだったが、思わず悪態を漏らしてしまった。

 大国というやつはハイエナ行為で利を得るくせに、良いところはすべて持って行く。


 とはいえ、条件をのむ以外に選択肢はなかった。

 援助を受けられないだけならともかく、絶対に帝国は敵に回せない。

 さすがにと同時に争うことになれば、連合の命運はお終いである。


「親愛なる皇帝陛下に伝えてくれ。我々南部連合は必ずや貴殿に栄光を約束するとな」

『わかりました。問題が無ければそちらの都合良いタイミングで開始して下さい。それと、私も期待してますから、絶対に成功させて下さいね?』

「無論だ。その時には他の星輝士共々助力を願う」


 ビッツは水晶に手をかざし通信を切った。

 事ここに至れば、もはや行動するしか道はない。


 断じて皇帝のためなどではない。

 己の足元にいる守るべき民のため。

 そして誰のためでも無く己のために。


 ビッツは天幕を出た。

 南部連合の兵たちはすでに準備を整え整列している。

 彼らの誰もが、最後の通信が終わるのを今かと待っていたのだ。


 一同の顔を見渡す。

 誰一人として不安を浮かべている者はいない。

 みな自らの手で歴史を作り替える決意を持ってここに立っているのだ。


 一旦は帝都アイゼンに入った南部連合軍だったが、彼らはそのままセアンス共和国に向かうフリをしつつ、踵を返して南へと下った。


 そして今、彼らはファーゼブル王国の国境近くの森に潜んでいる。


「機は熟した」


 兵達から「おお……!」という感嘆の声が上がる。


「シュタール帝国皇帝フィンスターニス三世陛下は我らへの協力を確約してくれた。諸君らの背後を守るのは、あの名高き星帝十三輝士シュテルンリッターである」


 これは半分嘘である。

 帝国の協力が得られるのは最初の作戦が成功した後だ。

 そこで失敗するようなら、我々は帝国も同時に敵に回すことになるだろう。


「だが戦の主役はあくまで我々、南部連合の勇士たちである。まずは我らのみで都市を落とし、帝国に、そして『主敵』に我らの軍事力を見せつけるのだ!」


 兵たちの士気を下げるような情報は徹底して隠匿する。

 逆境すらもチャンスに変えて不可能を可能にする。


 そうで無ければ栄光は掴めない。

 虐げられた歴史への反逆は成功し得ない。


「諸君らは英雄である。輝ける未来は私が保証する。いざ進め、己が手で自由と栄光を掴むために! 輝鋼石を所有しているだけで小国の民を蔑む大国の増上慢共に鉄槌を下すため、いざ進むのだ!」


 異世界の魔物が侵略を続ける世界の片隅でビッツは叫ぶ。

 人間同士の争いをこの地に呼び起こす、悪魔の宣言を。


「敵はファーゼブル王国にあり!」

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