725 ◆エヴィルスレイヤー

 しばらく進むと、暗闇の中に光が見えた。


 あったのは石の台座。

 そこにはこれ見よがしに突き刺さった剣。

 光はその剣の、石との隙間の少し見えてる刀身から漏れていた。


「おお、本当にあったのね……」

「いかにも伝説の剣って感じですね!」


 うきうきしながら剣に近づくミサイア。


「シルフィードさん。大五郎さんの前に私が抜いてみていいですか?」

「え? えっと……」

「もし抜けたら、私が勇者って事ですよね!」


 答えづらそうなシルク姫の返事を待たず、ミサイアは台座に昇ってしまった。

 勇者しか抜けないってのがどういう理屈なのかはわからないけど、こいつの馬鹿力なら強引に抜いてしまうかも知れない。


「さて、いきますよ……!」


 ミサイアが剣の柄に手を掛ける。

 その直後、さっきまでの数倍する光が溢れた。


「きゃあっ!?」

「おわわっ!」

「きゃっ!」


 光と共に突風にも似た強烈な衝撃が襲いかかってくる。

 あたしは思わずその場で尻餅をついてしまった。


「うう……」


 振り向くと、後ろにいたシルク姫も腰を抜かしている。

 剣の近くにいたミサイアはもろに吹き飛ばされ、近くの木に激突していた。


「ちょっと、大丈夫?」

「痛ったぁ……リングがあるから怪我はないですけど、めちゃくちゃビックリしましたよ」

「えっと、素質がない者が勇者の剣を抜こうとすると、全力で拒絶されると伝わっているのですが……」


 言うのが遅いわよ、バカ姫。

 調子に乗ったミサイアはともかく、あたしらまで巻き込まれてんじゃん。


 そんな中、ダイゴロウだけはなぜか平然と立っている。


「なんであんたは平気なのよ」


 まさか本当に選ばれた勇者だからっての?


「受け流した。いまの風、輝力の放出だろ」

「なるほど……そういうことですか」

「あー、そういうことね。わかりました。そういうこと」


 なんかシルク姫とミサイアは勝手に納得してるし。

 あんたらだけで理解してないで、こっちにもわかるよう説明しなさい。


 はい、まずはシルク姫から。


「あの勇者の剣は無理に引き抜こうとすると、強烈な輝力を放出するようです。つまり、破輝を使える勇者さまだけが安全に抜くことができるみたいですね」


 ダイゴロウは輝力を受け流す技術を持ってるらしい。

 よくわかんないけど、それが剣を手にするために必要な資質なのね。


 はい、次はミサイア。


「この剣、紅武凰国製の兵器です」

「は? なんであんたの世界の兵器がこんな所にあるのよ」

「たぶん創世に参加した科学者が意図的に配置したものですね。使わせる気のないトラップか、あるいは設定ミスかはわかりませんが、SHINEの含有量が物質の質量対比限界値に設定されてます。人間が生身で使えるようなモノじゃないですよ、これは」

「ごめん、言ってる意味わからない」

「ショベルカーでもあれば引き抜くこと自体は可能ですよ」

「どこにあるのよそれは」

「工事現場に……」

「とにかく、それを抜けばいいんだろ?」


 ダイゴロウは心なしか声を弾ませ、あたしとミサイアの横を通り過ぎる。


「勇者の剣だか異世界の兵器だか知らねーけど、とんでもねー武器には違いないんだろ。もらって良いってんなら遠慮無くいただくぜ」

「待って下さい! それは本当に危険で――」


 ミサイアの制止する声を無視し、ダイゴロウは台座に飛び乗ると……

 ひょいっと剣を引き抜いてしまった。


「なんだ。簡単に抜けるじゃねーか」

「あ、あれ?」


 さっきみたいに突風が吹くことも、光が溢れることもなかった。

 伝説の武器を引き抜いたにしては拍子抜けするほどあっさりしてる。


「勇者様、お体はなんともありませんか?」

「別に何ともねーぜ。そんなたいしたモノって感じも……ん?」


 ダイゴロウはなぜかきょろきょろと首を振った。


「どうしました?」

「いや、どっからか声が……まさか、お前か?」


 かと思ったら剣に向かって話しかけ始めたわ。


「あ? いや、違う。霧崎大五郎だ。ああ、そうだ」


 大丈夫かしらこいつ。


「たぶん、PIWですね」

「共通語でいいわよ」

「Personal intelligent weapon。人間のような知性を持った道具ですが、あれは使用者の脳に直接語り掛けて意思疎通するタイプのようです」


 つまり、あいつは剣の声を聞いてるって事?

 端から見てると危ないやつにしか見えないんだけど。


「なあ、ミサイアっつったっけか」

「はい。なんですか?」

「オマエの言うとおり、この剣は紅武凰国ってところで作られたピーアイヴィーだってさ」

「そうですか、やっぱり……」

「なんか次元を越えてこの世界にやって来るやつを追い払うために作られたらしいぞ」

「えっ」


 それって明らかにミサイアのことよね。


「平和を乱す侵略者を今すぐ斬れって言われてんだけど……」

「ま、待って下さい! 私は侵略者じゃありませんよ!?」

「それはきっと魔王のことでしょうね」


 両手を振って慌てるミサイア。

 シルク姫がすかさずフォローを入れる。


「だってよ。勘弁してやってくれ、ああ……わかったってさ」

「ほっ」

「けど、怪しいそぶりを見せたら躊躇なく斬れって言ってるぞ」

「うっ……」

「怪しいことなんてしなきゃいいじゃない」


 それとも実は何か企んでるのかしら。

 長く一緒にいるけど、いまいちこいつの事が掴めないのよね。


「さて、と」


 ダイゴロウはあたしたちに背を向けて、一本の大木の前に立った。

 抜き身のままの勇者の剣(仮)を脇構えに持つ。


「そんじゃ、どれだけのもんか試してみるか」


 剣の長さは普通のロングソードより少し短いくらい。

 ダイゴロウはすり足で大木との間合いを詰める。


 輝攻戦士ならともかく、生身で木を切り倒すのは普通に考えて無茶だ。

 下手をしたら剣の方が折れてしまうかもしれない。

 もちろん、普通の剣ならだけど。


「よっと」


 軽い感じで逆袈裟に斬り上げる。

 剣は少しの抵抗もなく大木を抜けた。

 おおっ、本当にあっさりと、斬……り……?


「……は?」

「おいおい、マジか……」


 ダイゴロウの振り抜いた剣は確かに対象を斬った。

 ただし、斬ったのは大木ではなく――


 ズズン……

 ズゴォォォ……ッ


 地鳴りのような轟音が響き渡る。

 それぞれ高さの違う木が次々と地面に落下していく音だ。


 斬ったのは目の前の木だけじゃなかった。

 ダイゴロウはいまの一振りで


 ここから見える範囲すべての木が斜めに切断されている。

 しかも左下辺りには地面に大きく一本の鮮やかな亀裂が走っていた。


 はらりと舞い落ちた葉の一枚を見れば、まるで定規を添えて切ったみたいに、まっすぐ綺麗な切断面が見えた。


「すごい……」

「信じられない。個人携行武器としては破格の威力ですよ」


 程度の違いはあれど、シルク姫もミサイアも目を丸くして驚いている。


 うん、よくわかったわ。

 それ剣じゃない、大量破壊兵器よ。


「ははっ、こりゃいいや!」

「いや良くないでしょ。んな危ないもん、どうやって持ち運ぶつもりよ」


 無造作にただ振っただけでこの威力。

 下手に振り回したら、それだけで周囲一帯がメチャクチャになるわ。


「心配ねーよ。今はわざと派手にやったけど、普段は大人しくしてるってさ」


 ダイゴロウが剣を垂直に立てる。

 鍔の部分がガションと音を立てて縦に伸び、刀身を覆う鞘になった。

 それを背中側に持って行くと、鞘からベルトが伸びて、自動的に体に固定される。


「なるほど。こいつは便利だ」

「やっぱ剣じゃないわ、それ」

「ES……」

「エス?」

「こいつの名前らしい」


 この国の伝承では、勇者だけが持つことのできると言われる剣。

 その正体は別の世界からの侵略者を追い払うための大量破壊兵器。


「EVIL SLAYERの略だってさ」


 それは、あらゆる邪悪を滅する武器。

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