716 大賢者の残した奇跡

「ちっ、あのクソ野郎!」


 ここから一番近い町までは一〇キロ弱程度。

 たぶん上空から極覇天垓爆炎飛弾ミスルトロフィアを撃てば十分に届く。


 あれを食らったら、小さな町なんて跡形もなく消し飛んでしまう。

 これじゃいつまでも隠れ続けているわけにはいかない。


「さて、どうするルーちゃん?」

「出て行くしかないよ。ヴォルさんはここで隠れてて」

「バカ言わないで。アタシも一緒に……痛っ!」

「ほら、無理しないでってば」


 私の風霊治癒ウェン・ヒーリングは治癒力も弱く、怪我が治っても痛みは無くならない。

 残念だけど、ヴォルさんはしばらく戦闘不能状態だ。


「クッソ情けないわ……」

「私なら大丈夫だから。ここは任せて」


 本当はちっとも大丈夫じゃないんだけどね。

 勝ち目はなくても、一人でなんとかしなくちゃ。


「そーれ、撃つよ? 撃っちゃうよ? 3、2、1」

「待って!」


 私は白蝶の一斉射撃で土を掘り、穴を空けて地面の下から脱出した。

 即座に外へと飛び出して、空に浮かんでいるゼロテクスに向かって叫ぶ。


「私はここにいるよ! 関係ない人たちを狙うのは止めて!」

「やっぱり生きてたんだね。地面の下に逃げてたのかあ……これはペナルティだね」


 え?


「残念でした、攻撃はやめませーん! それ発射ァ!」

「ちょっ……」


 ゼロテクスの手から翡翠色の矢が放たれる。

 それは遠くにある人の反応が多く集まっている所、つまりたくさんの人が住む町に向かっていった。


 数秒後、響き渡る大爆音。

 遠くに巨大な煙が立ち上るのが見えた。


「あははははーっ! 何人死んだかな? ねえ、お嬢様! いまのでどれくらいのヒトが死んだかな! ちょっと確認してみてくれない!? そんで絶望して!」

「信じられない、なんてことを……!」


 馬鹿みたいにお腹を抱えて笑うゼロテクス。

 私は被害の大きさを確かめるため、新式流読みで気配を探った。


 そして、町が無事だということに気づく。


「あれ、外れてる?」

「えっ?」


 大勢の人が集まっている地点は爆発があった地点からかなり離れている。

 ゼロテクスの極覇天垓爆炎飛弾 《ミスルトロフィア》は町じゃなく、数キロズレた森に着弾したみたいだ。

 その破壊の跡はすさまじいけれど、人的被害はまったくない。


 わざと……?

 いや、あの呆けた反応を見る限りそれはない。


「あ、あれ? あれ? ちょーっとしくじっちゃったかな。んじゃもう一発!」


 無限の輝力を持つゼロテクスは、すぐに次の極覇天垓爆炎飛弾 《ミスルトロフィア》を放つ。


 ところが、撃ち出す直前に腕がぐいんと上を向く。

 空高く舞い上がった翡翠色の矢は上空で巨大な爆光を閃かせた。


「な、なんで!? 腕が勝手に動いて――んまり調子に乗ってんじゃないわよ」


 ゼロテクスの声が変化する。

 先生の声から、女の人の高い声に。


 これって、もしかして!


「なんだ!? ぼくの中になにかいる!? わわわっ、やめろーっ!」


 ゼロテクスが何かに引っ張られるように地上に落ちてくる。

 その口から女性の声で私に呼びかける。


「今よ、やりなさい!」

「は、はい!」


 九つの白蝶を目の前に展開。

 落ちてくるゼロテクスめがけて一斉に閃熱フラルを放つ!


「ぎゃーっ! ……くっ」


 ダメージを与えられたかどうかは怪しいけど、私の攻撃はゼロテクスの体に風穴を空けた。


「ぐ、ぐぬぬ……」


 地面に落下したゼロテクスは倒れたまま起き上がらない。

 その体を抑えつけている『誰か』の姿がうっすらと見えた。


 水色の髪をポニーテールに結んだ女性輝士が。


「あなたは……ファースさん!?」

「そうよ。久しぶりに会えてうれしいけど、お喋りしてる暇はないわ」


 ファースさんはグレイロード先生のもう一つの姿。

 元は先生のお姉さんの人格だったらしい。

 それが今、姿を現している。


「長くは抑えられないわ。今のうちに私ごとこいつにトドメを刺すのよ!」

「おい、やめろばか! 勝手なことを言うなーっ!」


 分離しているように見えるけれど、実際には内側から押さえ込んでいるみたい。

 先生の中に残っていたファースさんの人格がゼロテクスに反抗している。


「でも……」


 せっかく生きていた彼女を殺すなんて、そんなこと、私には……


「お願いよルーチェさん。これ以上、グレイを辱めないで」

「うるさい、どけ! ばか! どけーっ!」


 じたばたと暴れ回るゼロテクス。

 グレイロード先生の姿なのに、その醜悪さは似ても似つかない。


 彼女の言うとおりだ。

 先生と同じ顔をした悪魔の、こんな醜い姿は見るに堪えない。


閃熱白蝶弾ビアンファルハ!」


 私はいまの自分にできる限界、九条の閃熱フラルをゼロテクスに浴びせた。


「ぎゃーっ!」

「く……良いわよ、立派になったじゃない……」

「ファースさん……! ごめんなさい!」


 苦しそうに声を歪める彼女に謝罪しながら、もう一度全力の閃熱フラルを放った。

 さっきよりも多い、十七の白蝶が一斉にゼロテクスを遅う。


「熱いーっ! ちくしょう、なんでこんな事に! ……わかった、黒衣の妖将だな!? あの時、ぼくに細工をしやがったんだ! ええい、こうなったらっ!」


 ぼうっ、と気味の悪い音がして、倒れていたゼロテクスの体から黒い不定形の物体が飛び出した。


 残されたゼロテクス……

 いや、先生の体が細かい光になっていく。


「ありがとう、ルーチェさん」


 同時にファースさんの姿も薄く見えなくなっていく。


「こんな半端な形でごめんなさいね……後は任せたわよ」

「ファースさん!」

「グレイと一緒に見守って、いるから――ね――」


 そして、後には何も残らなかった。




   ※


「くそーっ、くそーっ! なにが大賢者だよ! とんだ欠陥品だった! まさかあんな異物が混じってるなんて!」


 上空に逃れたゼロテクスの本体がわめいている。

 私は顔を上げ、そいつを睨み付けた。


 先生を侮辱したこと。

 絶対に許さない。


 周囲に白蝶を展開。

 九……十五……三十三……六十五。


 まだいける。


 私は閃熱フラルの翼を拡げて舞い上がった。

 前後左右上下、周囲に合計で二五七の白蝶を展開する。


「えっなにそれずるい」

「いけっ!」


 合図と同時にすべての白蝶が襲いかかる。

 一発の閃熱フラルが複数の黒人形を貫き消滅させる。

 ゼロテクス本体には、そのうち二十発を集中させてやった。


「うぎゃーっ! た、たんま! ちょっと待ってお嬢様!」


 全方向からの集中砲火を食らったゼロテクスの体にいくつもの風穴が空いた。

 もちろん、この程度で倒せるような甘い相手じゃないって事は知っている。


焼夷紅蝶弾ロッソファルハ

「ちょっ、まっ」


 二五七の紅蓮の蝶を辺り一面にばらまいてやる。

 黒人形達を燃料にして、空に巨大な炎の雲が現出する。


「このお嬢様むちゃくちゃだー!?」

「むちゃくちゃなのはそっちでしょ!」


 本気で怒ってるんだからね、先生を馬鹿にしたこと。

 もうここで輝力が尽きてもいいから、こいつだけは絶対にやっつける!


「気持ちは理解できるが、輝力欠乏症になる前で止めておけよ」

「わかってるよスーちゃん」


 先生の力を使えないこいつなんて怖くも何ともない。

 雑魚なんて何百体いようと私の敵じゃないし。


 ファースさんの奇跡が作ってくれたこのチャンスは絶対に逃さない。

 ここで終わりだ、黒将ゼロテクス!


「たっ、助けてっ! 誰か助けてーっ!」


 うねうねと気持ち悪い不定形のまま空を泳ぐように逃げようとする黒い塊。

 私はその背に容赦なく翡翠色の矢を撃ち込もうとした。

 その直後。


「っ!?」


 もの凄い速度でこちらに迫ってくる敵の気配に気づく。


 複数のエヴィルの気配。

 しかも、そのうち一つは異常に強大だ。

 目の前のゼロテクス以上は確実、あの覇帝獣ヒューガーにも匹敵する。


「こいつは……!?」

「あっ!」


 ゼロテクスも接近してくる集団に気づいたらしい。

 逃げるのを止め、こちらに顔(?)を向けてからからと笑う。


「あはは! 残念だったね、お嬢様! ちょーっと遅かったみたいだ!」


 やがてエヴィルの集団は肉眼でも見える距離にまで近づいた。


 それは、竜。

 ドラゴンの群れ。


 中でも最も巨大なドラゴンの背中には、黒い髪の精悍な顔つきの男性が乗っている。


「あれは竜将ドンリィェン! 魔王軍最強の将だよ! これは形勢逆転だね! あいつと二人がかりならお嬢様になんか絶対に負けないもんね!」


 そいつから感じられる力は、確かに次元が違っていた。

 ゼロテクスとも、獣将バリトスとも、夜将リリティシアとも。


 竜将が指先をこちらに向ける。

 とんでもないエネルギーが一点に集中する。

 直後、人のサイズから放たれたとは思えない、極太の閃光が撃ち放たれた。


「……えっ?」


 その攻撃が、ゼロテクスの体を包む。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る