676 ▽喪失の輝士と亡国の王女
輝動二輪に乗った輝士団が、土煙を巻き上げ街へと帰還する。
「開門!」
固く閉ざされた街門が音を立てて開かれる。
門番の兵士は背筋を伸ばし最敬礼で出迎えた。
「連合輝士団の凱旋だ!」
「エースが戻ってきたぞ!」
街の住人たちは彼らの帰還に歓声を上げる。
輝士団の先頭を走るのはブラウン髪の若き輝士。
市民に目もくれず一直線に連合輝士団宿舎を目指す。
ここはセアンス共和国の首都ルティア。
獣将の撃退を期に始まった人間たちの国土回復運動。
その先頭に立つのは、英雄王の息子にして、連合輝士団のエース。
ジュストは市民達の歓声を浴びながら、何かに急かされるようアクセルを強く捻っていた。
※
「機体を頼む」
「はいっ、お任せ下さい!」
宿舎に戻ったジュストは輝動二輪を整備兵に預けた。
建物に向かう途中、すれ違った輝士たちが上官に対するような敬礼をしてくる。
「お疲れ様です!」
ジュストは立ち止まって無言で答礼した。
もはや彼を英雄王の七光りと侮辱する者は存在しない。
街を救い、反攻の先頭に立つ彼は紛れもない人類の先兵なのだから。
これまで小馬鹿にしてきた輝士たちは掌を返すように彼を英雄と讃えた。
市井の民たちからは『連合輝士団のエース』と呼ばれ慕われている。
そんな評判とは裏腹に、ジュストの表情は険しかった。
宿舎内をジュストが歩けば、年配の輝士ですら自ずと礼を正す。
だが市井の民はともかく輝士たちの彼を見る目は憧れとは程遠い。
強者への尊敬。
あるいは畏怖か。
ひとたび前線に出れば、ジュストは
そんな彼と並び立って戦える者は決して多くない。
一般の輝士から見れば、彼はまさに現代を生きる英雄そのものであった。
そんなジュストたちの活躍の甲斐もあって、連合輝士団はついに魔王軍に支配された北の
獣将の敗退以降、魔王軍は明らかに勢いを欠いている。
噂ではマール海洋王国でも人類による反攻が始まったらしい。
そちらには天輝士ベレッツァ様が調査に向かっている。
場合によっては、マール王国の反攻組織との連携もあるだろう。
このまま簡単に行くとは思えないが、明らかに風向きは変わっていた。
しかし、失ったものはもう二度と戻らない。
ジュストにできることは、ひたすら戦うことだけ。
この手で、この剣で。
エヴィルを斬って斬って斬りまくる。
やつらがこの地上からいなくなるその日まで……
「お帰りなさいませ、ジュスティッツァ様」
名前を呼ばれてジュストは振り向いた。
そこにいたのは根元だけが金色の長いピンク髪の少女。
滅びし大国、新代エインシャント神国の姫君、シルフィード王女殿下だ。
「シルフィード殿下」
ジュストはその場で片膝をついて礼を尽くそうとする。
シルフィード王女は彼の肩に触れそれを押し止めた。
「良いのです。それより、さあ……」
王女はジュストの手を取って導くように廊下を進む。
ジュストは彼女の態度に困惑しながらも、されるがままに手を引かれた。
※
二人がやって来たのはジュストの私室だった。
「困ります、シルフィード王女殿下。誰が見ているかもわからないのに」
「誰も気にしていませんよ。それよりも早く
彼女は苦言を呈するジュストの唇に人差し指で触れた。
「あんな怖い顔をして歩いていたら、みんなが萎縮しちゃいますよ」
「……」
ジュストは反論できずに黙ってしまった。
そんなに自分は怖い顔をしていたのだろうか?
していたのだろう。
この一年間、休むこともなくずっと戦い通しだった。
剣を振るうたび、エヴィルを狩るたびに、心が修羅に染まっていくのを自覚する。
そして、もう一つ……
「さあ、治療をしましょう」
言うが早いか、シルフィード王女は唇を重ねてきた。
柔らかい感触と共に身体の中の嫌な感じが抜けていく。
聖剣メテオラの強大すぎる輝力は、ジュストの身体を確実に強く蝕んでいた。
体内に渦巻く膨大な余剰輝力。
それをシルフィードは唇を通して吸収し発散してくれる。
この治療がなければ、自分はとっくの昔に壊れていたかもしれない。
身体だけではなく、心も……
「んっ?」
シルフィード王女の目が開かれる。
ジュストが彼女の身体を強く抱きしめたからだ。
「シルフィード王女殿下……」
唇を離し、彼女の名を囁く。
「ここには私たちの他に誰もいませんよ」
彼女は心得ているとばかりにうっすら微笑んだ。
「ごめん、シルク」
改めて愛称で呼んで、ジュストはシルフィード王女を……シルクを後ろのベッドに押し倒す。
亡国とはいえ、王女相手に許されることではない。
わかっていてもジュストは溢れる衝動を抑えられなかった。
そしてシルクもまた、そんなジュストの欲望を受け止めてくれる。
※
先に好意を示してくれたのはシルクの方だった。
今では彼女の存在がジュストにとっての支えになっている。
「いや、ほんとゴメン。ちょっと乱暴すぎた」
「構いませんよ。私も早く貴方に抱かれたかったですから」
明け透けな彼女の言葉に、ジュストは急に恥ずかしさを覚えた。
「一介の輝士ごときが王女様とこんな関係だってバレたら暴動になるんじゃ……」
「ジュストさんは真面目すぎます。私は反攻のシンボルみたいに持ちあげられてますけど、本心では誰も王女として見ている人なんていませんよ。むしろ陰では私の方が連合騎士団のエース様に媚びを売ってる恥知らずな女だなんて言われてるくらいですし」
「そんなことを言うのはどこの誰だ? 僕が叩き斬ってやるよ」
「あ、冗談です。いまのなしで」
睦言を交わす二人の男女。
大切なものを守れなかった輝士と、国を失った王女。
彼らにとって今や互いの存在がかけがえのない大切なものになっていた。
ジュストはシルクのことを愛している。
王女だとか、そんな立場は関係ない。
戦いの日々の中で出会った、安らぎを与えてくれる女性。
今のジュストにとって最も大切な人は、紛れもなくこのシルクであった。
ジュストは過去に二回も大切な人を失った。
もう二度とあんな想いは味わいたくない。
腕の中の温もりを確かめながら、今度こそは守ってみせると強く誓う。
「今回はしばらくゆっくりできるのですか?」
「いや、一段落着いたらすぐにカミオンに戻るよ。復興の指揮はゾンネさんに任せてるけど、いつまたエヴィルの反撃が始まるかわからないからね。できるだけ最前線に近い場所を拠点にしておきたい」
「でしたら、私も一緒に……」
「それはダメだ」
本音を言えばジュストもシルクと一緒にいたい。
けれど、彼女を危険な場所に連れ出すわけにはいかない。
「君はここに残って、君にしかできないことをやるんだ」
「……はい」
「大丈夫。僕は必ず無事に帰ってくるから」
そう言ってシルクの頬に口づけた、その直後。
「ジュスト様! ジュスト様はおられますか!?」
廊下を走る無粋な音がして、部屋のドアが何度も叩かれる。
誰かはわからないが連合輝士団所属の輝士だろう。
「ど、どうしました!?」
「きゃっ」
ジュストはシルクの身体にシーツを被せ、慌てて床に投げ捨ててあった上着を羽織った。
「入室の許可を頂いても宜しいでしょうか!」
「あ、着替え中なので……できれば用件だけお願いします」
「では廊下から失礼して報告を致します!」
ずいぶん生真面目な輝士だな……とジュストは思った。
連合輝士団のエースなんて言われているが、自分は立場的には一介の輝士だ。
輝士としての年期は間違いなく向こうの方が長いだろうに、あまり畏まられると恐縮してしまう。
っていうか、エースって呼び方はすごく恥ずかしいんだけど。
止めてくれるように誰か街の人たちに言ってくれないかな。
シルクと触れあったことで気が抜けたのだろう。
さっきまでナーバスだった気分はいつの間にかすっかり落ち着いていた。
そんなジュストの暢気な思考は、次に発した輝士の言葉によって、あっさりと霧消する。
「斥候隊から報告がありました! 現在、魔王軍の勢力がカミオン北西部に集結中! それを受け、数日以内にはこれまでに無い規模の攻勢が予想されます!」
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