673 ◆異界の最新鋭戦闘兵器

 指定された空き地に向かう途中、とつぜんサイレンが鳴り響いた。

 街頭のスピーカーから切羽詰まった声の放送が流れてくる。


『都市近隣に中規模のエヴィル集団を確認。一時的に街門を封鎖します。休暇中の輝士及び衛兵は直ちに所属部隊に復帰して下さい』


 その放送を聞いていた街角の人たちが口々に呟く。


「エヴィルの集団? 怖いね……」

「なあに、輝士団が追っ払ってくれるさ」

「外のことなんて街壁の中の俺たちには関係ない話だよ」


 それらの言葉を聞いて、あたしは少しイラっとした。

 こいつらには街が危険にさらされるという危機感がまったくない。


 魔動乱の時ですら、輝工都市アジール内部の生活は基本的に平和だったらしい。

 精々、物流が停滞して貧しくなったり、流民が増えるくらい。

 凄惨な争いに巻き込まれることはほとんどなかった。


 けど、今回は違う。

 すでに新代エインシャント神国は壊滅。

 マール海洋王国も国土のほとんどが制圧されている。

 セアンス共和国では今も輝士団による激しい防衛線が続いている。

 その波がついにこのシュタール帝国にやってきたのに……


「急げ! 敵はすぐそこまで迫っているぞ!」


 緊張感のない市民たちに比べて、衛兵や輝士は真剣な面持ちで駆け回っている。

 あたしはそんな街の様子を横目にミサイアのいる場所へと走った。




   ※


「あ、やっと来てくれましたね」

「…………なにこれ?」


 途中でちょっと迷ったけど、あたしは無事に空き地に辿り着くことができた。

 そこにはミサイアがいて……よくわからないものが鎮座していた。


 うん、よくわからない。

 一見すると重装鎧みたいにも見える。

 白を基調に、金と青の模様、所々に赤が施されている派手な鎧だ。


 ただし身体の前面を守るパーツはほとんどない。

 代わりに背中側にはメカメカしいウイングユニットが六つもついている。

 二つずつのセット、形は三パターンとも大きく異なっていて、特に横のユニットは羽っていうよりも盾と言った方が近い。


 膝下の部分は足全体を覆うブーツみたいな形になっている。

 さらには角度の広いV字のついたサークレット状の頭当てが付属していた。


「次元ゲートは開いたの?」

「はい。無事に送られてきましたよ」

「で、なんなのよこれ」

「試作型の戦闘用強化兵装パーソナルバトルスーツ『ヴォレ=シャルディネ』。軍が開発中の新型兵器です。コンセプトとしては既存の人型兵器の小型化なんですが、これは試作のためコスト度外視で作られているワンオフ機なんですよ」

「ごめん、何言ってんだかわからない」


 とにかく、ミサイアたちの世界でも作られたばかりの、かなりすごい武器ってことらしい。


「そんな大層なもの借りちゃって良いの?」

「向こうじゃ書類上の制約があって実地試験ができないんだそうです。大陸の戦線に投入するのはまだ危険ですし、最近じゃ国内に入り込んでるスパイのせいで、次々と機密が漏洩してて……暴走事故の可能性を考えると、安全にテストをするには公式には存在しないことになっている異界が最適なんですって」

「危険とか暴走とか不穏当な単語が聞こえたけど?」

「……以前のテストで二人ほど命を落としているそうです」

「そんな危ないものを使って戦うなんてミサイアは大変ね」

「ナータが使うんですよ」

「すげー嫌だ」


 いや、ウイングユニットで飛び回るのは面白かったけどさ。

 実験中に死人が出るような危ない兵器を使いたいとか誰が思うの?


「前のウイングユニットは修理のために引き取ってもらっちゃいましたから、戦うならこれを使うしかないんですよ。ナータもこの街を見捨てたくないって言いましたよね?」


 言ったけどさ……


「マジで危険はないんでしょうね?」

「すごくありますよ。正直、私は使うのに反対です」

「よし、やめましょう。やっぱりミサイアがなんとか能力で戦ってよ」

「許可が下りませんでしたから無理です。というか、試験は正式な命令になっちゃいましたから、拒否権はないんですけどね。私もサポートするから頑張って下さい」

「はぁ……」


 やるしかないか。

 しょうがない、ルーちゃんの情報のためだもんね。

 異界の最新兵器だろうが魔王軍の将だろうが、なんでもかかってこいよ!




   ※


 というわけで、まずは足のパーツから装着。

 ブーツみたいには履けないので一旦バラしてから、装甲を一枚ずつくっつけていく。


「夏場は蒸れそうね……」

「空調装置がついてるからそうでもないはずですよ」

「なんか上手くくっつかないんだけど」

「ズボンが邪魔なんです。脱いで下さい」

「外でぱんつ丸出しになれってか」

「専用のインナーがありますよ。はい」

「っていうかこのパーツつける必要あるの? 身体ガラ空きなのに足だけ守っても意味なくない?」

「いえ、ある意味これが本体です。前のウイングユニットと違って、これは脚部が飛行ユニットになってるんですよ。装甲のひとつひとつが超小型のブースターを兼ねています。逆に言えば翼部分は全部武装ですね。今までと飛行感覚が全く違うってことは覚えておいて下さい」

「そんなもんをぶっつけ本番で使えってか」

「次は背面ユニットを装着しますね」


 腰と肩で六枚羽のついたパーツを固定する。


 背中に鋭角の大きな羽。

 肩の外側に盾みたいな菱形の羽。

 その間にやたら厚みのある丸っこい羽。


 すべてが細長い板で固定され、背面を通ってブーツと接続する。


「重っ! 前のやつよりずっと重いわ!」

「起動してしまえば気にならなくなりますよ。多少の使いづらさはあると思いますけど、ナータならすぐに慣れると思います。最後にこれを頭に装着して下さい」


 あたしはもう何でもいいやって気分になりながら、V字飾りのついたサークレットを頭に付ける。


 すると。


『聞こえますか?』

「うわっ!?」


 ミサイアの声が耳元で響いた。

 目の前の本人は何か小さな板に向かって話しかけている。


『その頭飾りは脳波干渉装置です。こんな風に脳内に直接話しかけて通信したり、映像データを網膜に投影したりできます』

「それってヤバいやつじゃないの?」

『すでに実用されてる技術なのでご心配なく。非常にコストがかかるので、市井にはまだ出回っていない軍用装備ですが』

「……これ、全部でいくらくらいするの?」

『開発費用を別にした製造費用だけでオフィスビルが土地ごと十棟買える程度でしょうか』

「壊したら弁償しろとか言わないわよね」

『実地研修なので破損も織り込み済みですから好きに使っちゃって下さい。その代わり死んでも保証は出ませんけど。準備ができたら脚部パーツのスイッチを入れて下さいね』


 あたしは言われたとおり、右足の膝横にあるつまみを捻った。

 と、急に背中にのし掛かっていた重さがやわら




 ━━ぷつっ。




「操縦方法は前と同じです。思考と連動して自由自在に飛べますから――」


 まだ何かを喋っていたミサイアの声が遠のいていく。

 あたしはとんでもない速度で空へと飛び上がる。

 あっという間に街が遙か下に見える。


「はは……」


 信じられないスピード。

 なのに、怖くない。


『ナータ、聞こえますか?』

「はいよ」


 機械メカが、武装アーマーが、身体になじむ。


『脳波干渉装置には索敵装置がついています。レーダーで強力なエネルギーを持つ相手を察知して、その情報を直接脳内に……』

「おっけ、わかったわ」


 普通の人、輝攻戦士や輝術師とかの強い人、動物、そしてエヴィル。

 付近にいるあらゆる生物の情報が、視界を阻害しない程度に頭の中に入ってくる。


「南西二十キロ地点。全部で五六二体のエヴィルが時速十五キロ程度の速度でこっちに向かってるわね。そのうちひとつは桁違いに強い力を持ってるみたい」

『え? いや、どうやってそんな具体的な情報を処理したんですか?』

「さあ。この機体がすごいんでしょ」

『普通は一度にたくさんの情報を得たら脳の方が混乱してしまうんですが……』


 そんな難しいものでもないと思うけどね。

 要はえらい輝術師が使う流読みと似たようなものだし。


『それだけ敵との距離が離れてるなら、まだしばらく時間はありますね。今のうちに飛行訓練をしておきましょう。あと、武装の使い方も詳しく説明しておきます』

「必要ないわ」

『はい?』


 そんなことより、早く試したい。

 自由に戦場を飛び回りたい。


「ねえミサイア。この機械マキナさ、なんて名前だって言ってたっけ?」

『え? えっと、ヴォレ=シャルディネです』

「おっけ」


 あたしはウズウズしていた。

 どこか懐かしい高揚感に胸が高鳴っていく。


 さあて、いっちょ気合入れてやってみましょうか。

 こういう時、ルーちゃんが好きな神話戦記では、なんて言うんだっけ?


 そうそう、こんな感じだったわ。


「ヴォレ=シャルディネ。インヴェルナータ、行くわよ!」

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