666 助太刀
「あっそ……」
ヴォルさんは素っ気なく呟くと、即座に攻撃を再開させた。
流星にも似た輝粒子の尾を引きながら黒将の懐に飛び込む。
「オラァッ!」
ただ拳で殴るだけのパンチ。
それすら彼女が繰り出せば
黒将は避けることも受けることもできずに、豪快に吹き飛ばされた。
ところが。
「もう! 慌てないでよ!」
黒将は空中でぴたりと動きを止める。
攻撃は食らったはずなのに、ダメージを受けた様子はない。
とはいえ相手はエヴィルの将、ヴォルさんはいちいち驚いたりしなかった。
「オラオラオラァッ!」
空中に留まった黒将を追いかけ、流れるような連撃を浴びせていく。
とんでもなく速いのに一撃が非常に重い、拳による集中砲火。
相手が並の敵ならとっくに塵一つ残さず消し飛んでる。
人類最強の輝攻戦士。
その強さは今の私が見ても恐ろしいほど。
……なのに。
「だから、慌てないでって……ば!」
「っ!?」
黒将が反撃をする。
氷の塊を作り出し、ヴォルさんの上に落とした。
それがただの氷塊なら彼女にとってそれほどの驚異でもないはずだけど……
攻撃を食らったヴォルさんはそのまま地上まで落とされてしまう。
さすがに空中で体勢を立て直したけれど、強烈なダメージに耐え切れず、着地と同時に膝をついてしまう。
「ヴォルさん、大丈夫!?」
「ぐっ……」
彼女は顔を起こして上空の黒将を睨み付けた。
「オマエ、何をした……!?」
「言ったでしょ。きみの対策方法は知ってるってさ」
黒将の周囲の空間が歪んで見える。
まるで輪郭の外側だけが水に浸かっているみたい。
「なにあれ……?」
私が呟くと、黒将は驚くべき答えを返してきた。
「攻性の
輝力を散らせる!?
「ちっ。グレイロードの野郎、クソ面倒くさい技を開発しやがって……」
ヴォルさんが苦々しげに血の混じった唾を吐く。
輝力を散らせる……それ自体は、決して不可能なわけじゃない。
たとえば私も、
ただし、
周囲の輝力を強制的に霧消化させる技なんて見たことも聞いたこともない。
攻撃が届く前に輝力を散らされちゃうなんて、それってもう輝攻戦士相手には無敵じゃない!
「まあ、お嬢様くらいの猛攻になると防げないっぽいけど? そっちの赤髪程度の攻撃なら楽勝かな-?」
「……上等だよ」
明らかな挑発に、獰猛な笑みを浮かべるヴォルさん。
「そんなチンケな防御なんて、正面から打ち破ってやんよォ!」
全身から火柱のような輝力を立ち上らせ、正面から黒将へと向かっていく。
「まって、無防備に飛び込んじゃダメだよ!」
止めようとする私の言葉は届かない。
突っ込みながらヴォルさんは四つの分身を作り出した。
本体を含め、五人のヴォルさんが一斉に黒将へ殴りかかっていく。
『オラオラオラオラオラオラオラオラ!』
周囲一帯が真っ赤な輝力で覆われ、敵の姿もほとんど見えなくなる。
暴れ狂う輝力の暴風、すべてを打ち砕く暴力の嵐。
だけど、それも……!
「むーだだってー!」
「がっ……!」
ヴォルさんの分身が唐突に消滅した。
その直後、彼女自身も地面に叩きつけられる。
「く……そ……っ!」
身体を起こし、憎々しげな目で上空の敵を睨み上げる。
「くくくっ。さあ、これでおしまいにしようかな?」
「……っ、ヴォルさんっ! 避けてっ!」
半笑いでヴォルさんを見下ろす黒将。
その指先に翡翠色を見た私は必死に叫んだ。
「もう遅いよー。それじゃバイバイ、最強の人類戦士ちゃん」
翡翠色の矢が……
ヴォルさんはまだ動けない。
動けたとしても、超爆発の余波から逃れることは不可能。
私はとっさに
「うおおおおっ!」
「ヴォルさーん!」
最期まで諦めず前を向いて咆哮を上げるヴォルさん。
そんな彼女に無慈悲なる裁きの矢が迫って――
え?
爆発しなかった。
ヴォルさんは立ったまま空を見上げている。
何が起こったのかわからないという表情をしてるのは黒将もだった。
「え、え? どうしたの? なんで爆発しないの?」
「今のは……」
私だけじゃなく、ヴォルさんも確かに見ていたはずだ。
彼女を狙っていた翡翠色の矢が、なぜか真っ二つに裂けて消失したのを。
まるで本物の矢が断ち斬られたみたい。
「どのような事情か、私にはよくわかりませんが」
声がした。
とても穏やかな女性の声が。
「あれが平和を脅かす敵だということは、なんとなく理解いたしました」
私は振り向いた。
長い黒髪に前あわせの異国風の服。
右手にカタナという片刃の剣を持った、ナコさんが立っていた。
「オマエ、なんでここにいる」
「勝手なことをして申し訳ありません。ですが……」
ナコさんはヴォルさんに対してぺこりと一礼する。
そして上空にいる黒将を見上げながら一言こう呟いた。
「ここは助太刀をさせて頂きます」
※
「ん、誰ー? 前に見たときはいなかったよねー? ま、いいや。誰か知らないけど、お嬢様の知り合いだっていうなら一緒に――」
相変わらず黒将は間延びした声でおしゃべりを続けている。
ナコさんはそんな敵の言葉を無視してカタナを振った。
軽く。
本当に、ただ振っただけ。
上空にいる黒将と彼女の距離は数百メートル離れている。
なのに。
次の瞬間、黒将はまるで糸が切れた操り人形のように
「えええええええええっ!?」
本人も何が起こったのかよくわかってない様子だった。
その落下地点にはヴォルさんが待ち構えている。
「なんだか知らないけど死ねっ!」
「ほげーっ!?」
ヴォルさんにぶん殴られて盛大に吹き飛んでいく黒将。
近くの木々をなぎ倒し、遠くの方で岩にぶつかって、逆さま状態でぴくぴくする。
「な、何が、起こったの……?」
黒将が疑問の声を上げる。
私にも何が起こったのかはよくわからない。
ただ一つ理解できたのは、ナコさんが
「と、とりあえず、おまえがやったんだよね!? 許せない! やっつけてやる!」
ごろりと転がって膝立ちになると、黒将は指先から輝術を放った。
すさまじい速度でナコさんめがけて飛んでくる翡翠色の矢。
触れたら大爆発を巻き起こす超威力の破壊の一撃。
けれど。
ナコさんはまたカタナを振る。
その刃はまだ敵の攻撃に触れていない。
なのに飛んできた矢は真っ二つに裂けてしまう。
「奥義・零の太刀」
ナコさんがぼそりと呟いた。
彼女は目を見開いたまま驚いている黒将に歩いて近づいていく。
別に走っているわけでもないのに、あっという間に敵の間合いに入ってしまった。
今度は本当に、その刃で黒将の身体を斬った。
「あひーっ!?」
肉が裂けて血しぶきが飛び散る。
体を斬られた黒将が地面をのたうち回る。
ナコさんから逃れようと、慌てて遠くへ逃げる。
「ちょ、ちょっとたんま! 待ってね!? いま怪我を治すから!」
黒将は斬られた場所を手で押さえる。
傷口が水色の光で覆われていく。
「そうは――」
「させません」
私が回復を阻止するための攻撃をするより早く、ナコさんがその場でカタナを振った。
すると、黒将の傷を包んでいた水色の光が真っ二つに裂けて消失する。
「な、なんでーっ!?」
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