647 ◆南部軍事同盟

「は?」


 何を言われたのかわからず、あたしはミサイアの顔を見る。

 彼女は鋭く睨むような目で銀髪の男を睨んでいた。


「あなた達が何者かは知りません。ですが、初対面の相手に銃を向けるのは、いくらなんでも礼儀に欠けると思いませんか?」


 あたしは向こうに整列している輝士たちを見た。

 特にこちらに武器を向けている様子はない。

 目の前の銀髪さんも完全な無防備だ。


「やはり、ただ者ではないな」


 銀髪さんが右手を軽く挙げる。

 と、奥の森からひとりの輝士が出てきた。

 彼は持っていた長筒を地面に置いて、両手を挙げる。


「これでいいかな、お嬢さん?」

「ええ。ありがとう」


 どうやらあの長筒がミサイアの言う『銃』って武器みたいだ。

 あたしのマルチスタイルガンと同じ、遠くの敵を攻撃できる武器なんだろう。

 しかし、あんな所にこっそり潜んで狙われていたなんて、ぜんぜん気がつかなかったわ……


「非礼はわびよう。しかし、何の警戒もするなと言うのもまた無茶な要求ではないだろうか? なにせ、そなたらは未知の武器を使い、たった二人でドラゴンと互角に戦うほどの者たちなのだから」

「まあ、そうでしょうね……」


 ミサイアは苦笑した。

 その表情からはもう険がとれている。


「では改めて、そなたらが何者なのか教えて頂けるかな」


 銀髪さんは私とミサイアを交互に見た。

 何者かって言われても、あたしは当然こう答えるしかない。


「ただの一般人ですけど」

「ほう。ただの一般人とは奇妙な形の翼を背負って空を飛んだり、光を放つ武器を使ってドラゴンと戦ったりするものなのか?」


 その通りだけど、嫌味な言い方ね。


 っていうか、あたしは今も機械マキナの翼を背負ったまま。

 普通に考えれば不審に思わない方がおかしいけど。


 なんだか面倒くさいことになったわ。


「どうする?」

「うーん……」


 あたしはミサイアに意見を求めた。

 ぶっちゃけ、事実を語れないのは彼女の方。

 あたしが一般人なのは事実だし、別に嘘もついていない。


 相手はドラゴンを倒した輝士集団だ。

 適当な嘘で切り抜けるのはかなり難しそう。

 これならドラゴンの相手をしていた方がマシだったかもね。


 ミサイアが首をひねっていると、銀髪さんの方から質問をしてきた。


「言い辛いか。では、こちらからひとつ問わせてもらおう」

「な、なんですか……?」

「これから私は突拍子もないことを言うかもしれんが、もし間違っていたのなら、どうか気にせずに忘れて欲しい。そなたらはもしかして、異界からやって来たのではないのか?」

「うっ!?」


 あたしたちは思わず顔を見合わせてしまった。

 それはそのまま、質問を肯定することになってしまう。


「ふむ……」


 銀髪さんはうっすら微笑んだ。


「そなたらとはゆっくり話がしたいと思う。今夜はこの辺りにキャンプを立てるので、良ければ一緒に食事などいかがだろうか?」




   ※


「改めて自己紹介から始めよう。私の名はアンビッツ、南部軍事同盟の盟主だ」

「南部軍事同盟?」


 組み立て式簡易コテージの中で、銀髪さんがまず自分の名前を名乗った。


「ミドワルト南部地方にある複数の小国の軍事同盟だよ。魔動乱の再来という危急の時に備え、力を合わせて戦うべく結成された。我らはその先発体として最前線であるセアンス共和国を目指している」


 他の人たちはそれぞれ別のテントで休んでて、この簡易コテージの中にいるのはあたしたちだけ。

 ちなみに壊れた輝動二輪はどうやら修理してもらえるそうなので、彼らに預けてある。


「次はそなたらの話を聞かせて欲しい。このコテージは防音になっていて外にまで声は届かない。秘密は厳守するので、どうか気兼ねなく話して欲しい」

「はあ……」


 ミサイアはため息を吐いて、諦めたように素性を明かした。


「あなたの推測通り、私は異界から来た人間です。彼女の背負っている機械の翼は私の世界の兵器です」

「言っちゃって大丈夫なの?」

「仕方ありませんよ。武装した軍隊に見咎められたんですから、ごまかそうとするのは悪手です」


 まあ、ドラゴンを倒しちゃうような集団だしね。

 周りのテントもこの簡易コテージを囲むように配置されてるし、逃げるのも難しそう。


「そなたの言う異界とは、エヴィルの住む世界のことか?」

「いえ。それとは別の世界です」

「ふむ」


 銀髪さんは顎に手を当てて、少し考えてからこう言った。


「これは仮の話だと思って聞いて欲しい。もし我々がそなたらを拘束し、強引にその翼を奪おうとしたら、その場合そなたらはどう行動する?」

「ちょっ……」


 まさかの敵対宣言にあたしはうろたえた。

 けど、ミサイアは冷静にこう答えた。


「もちろん、全力で抵抗させてもらいますよ」

「具体的にはどう行動するつもりだ?」

「あなたがたを一人残らず殺します」

「はあ!?」


 何言ってんのこの慈愛の女神!?


 こちらもまさかの皆殺し宣言。

 あわや一触即発かと思った、けど……


「それが可能な力をそなたは持っているのだな?」

「はい。それを使えば上役から非常に重い罰を受けてしまうので、よほど緊急の時にしか使用できませんが、こちらの世界の兵器を奪われるよりはマシですから」

「なるほど。これはやぶ蛇だったか」


 アンビッツは肩をすくめ、敵意がないことを証明するように両手を挙げた。


「では、やはり私はそなたらと友好な関係を築きたいと思う。その上で、開示しても構わない範疇で良いから異界の話を伺いたい。いかがだろうか?」

「その前に、こちらからも聞かせてもらって良いかしら」


 ミサイアの纏う空気が張り詰める。

 一体なにが彼女の逆鱗に触れたのかはわからない。

 怒っているわけでもないのに、今にも相手を殴り殺しそうな雰囲気がある。


「なぜ、あなたは私を異界から来た人間だと思ったのですか? ウイングユニットを見たとはいえ、いささか思考が飛躍しすぎているように思えます。この世界にも似たような魔法はあるでしょう?」

か。異世界の民は輝術のことをそう呼ぶらしいな」


 アンビッツはフッと笑うと、あたしたちに背を向けて手を伸ばし、一冊の本を手に取った。

 本の表紙には『帝国勃興記』というタイトルが書かれている。


「数百年前この地に興り、ミドワルトの大半を支配下に治めた古代スティーヴァ帝国。その初代皇帝スタルメノの伝記だ。下級役人であったスタルメノは機械マキナの翼を持つ異界の民と出会い、その助力を得て帝国の基礎を作り上げたと記されている」


 それは歴史の授業でよく聞く話だ。

 あたしも南フィリア学園を受験する時に覚えた。


「もっとも、これは単なる創作であって、現代の歴史家からは皇帝の権威付けのための作り話と言われているが……」

「ああ、二年前に調査隊が出会った青年ですか」


 いや、二年前って。

 あっちは古代の帝国の話って言ってるよ?


 っていうか、さっきから話が大きくなりすぎてついて行けない。

 神話の天使とかも出てきたし、今さら驚くことじゃないかもしれないけど……


「なるほど。異界とミドワルトでは時の流れが違うのだな」

「一応言っておきますが、別にうちの調査隊はスタルメノさんに助力をしたわけではありませんよ? 我々は極力、異世界への不干渉を心がけていますから」

「それはミドワルトとそなたらの世界では、文明のレベルがあまりにも違いすぎるからだろうか。その気になればこちらの世界など簡単にメチャクチャにしてしまえると」

「傲慢を承知で言えば、その通りです」

「ならば何故そなたらはまたミドワルトに姿を現したのだ?」


 あれ、もしかしてあたしも異世界人って思われてる?


「次元の垣根を越え、別の世界への侵略を行っている者を討伐するためです」

「侵略を行っている者とはエヴィルの王……ビシャスワルトの魔王のことか」

「貴方たちの呼び方で言えばそうです」

「ならばエヴィルと戦うための軍でもある我らは、そなたらの目的と相容れるのではないだろうか」

「それはそうかもしれません。しかし……」

「ちょっと待って。あんた、エヴィルの王をやっつけるつもりなの?」


 さすがに聞き捨てがならず、あたしは二人の会話に割って入った。

 そういえば、こいつがミドワルトに来た理由をまだ聞いていなかったわ。

 のんきに観光とかってわけじゃないとは思ってたけど、まさか魔王討伐とは……


「あれ、言ってませんでしたっけ?」

「言ってないし聞いてないわよ。あんたマジで言ってんの?」

「本当は軍を派遣するか、五大天使の誰かが行く予定だったんですよ。けど、なぜか私に指令が降りてきちゃいましてね……」


 いやいやいや。


「まさか、あたしを魔王討伐に巻き込むつもりじゃないでしょうね」

「ナータさんに頼みたいのは、あくまでもこの世界の案内です。技術的な問題でこの地点にしかゲートを繋げられなかったので、ビシャスワルトへ渡るためには、魔王が用意した既存のゲートを利用する必要があるんですよ」


 さて、なんだか本気で大変なことになってきたわよ。

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