635 ◆テロリスト

 風を切り、あたしは空を飛ぶ。

 さっきまでと違って全力の高速飛行だ。

 本当ならハイテンションで歓声のひとつでも上げたいところだけど……


『待て貴様! 何故逃げる!?』

「あんたらが追ってくるからでしょーが!」


 残念だけど、逃亡中じゃそんな余裕もない。

 しかも追ってくるのはこの世界の衛兵みたいなやつらだ。

 メットを被ってるから顔は見えないけど、声から察するにどっちも女みたい。


 あいつらの乗る空飛ぶ輝動二輪はあたしの背負う機械マキナの羽より速い。

 障害物もなにもない空の追いかけっこじゃ、明らかに不利だ。


 しかも相手は二人がかり。

 挟み撃ちでも食らったら逃げようもない。


『JADEと一緒に現れた二つに結んだ金髪の女……やはり、あいつでしょうか!?』

『間違いないだろう。確実に捕まえてアジトを吐かせるぞ!』


 誰と勘違いしてんだか知らないけど、捕まるわけにはいかないのよ。

 

『哲華! 右側から回り込め!』

『了解!』


 敵はやっぱり二手に分かれてあたしを追い詰めようとする。

 あたしはわざと高度を落とし、都市部に続く道路スレスレを飛んだ。


「うわっ!?」


 屋根のない自動車とギリギリですれ違う。

 乗っていた男がハンドル操作をミスってスピンする。

 そちらに気を取られた空飛ぶ輝動二輪の衛兵たちが速度を落とす。


『貴様っ!』


 その隙に一気に引きはがし、あたしは中心街に入り込んだ。


 天まで届きそうな高層建築群。

 縦横無尽に横切る透明パイプの道路。

 ここなら空でもたくさんの障害物があるわ。


「追って来れるなら……追って来てみなさい!」


 建物とパイプ道路の間を、わざと狭い部分を狙って飛び回る。

 速度を落とさず、何度も角を曲がりながら、追ってくる敵を撒こうとする。


『だ、駄目です警部! 私の操縦技量では、これ以上――うわっ!』

『哲華!?』


 後方でものすごい音がした。

 どうやら角を曲がり損ねた若い方が建物に擦ったらしい。

 機体はそれほど破損していないけど、窓が割れてガラスが飛び散っている。


『や、やっちまった……』

『何をしとるか馬鹿者! ええい、テロリストは私が追うから、お前は事故処理だ! また不祥事を起こしたと市民から苦情が来るぞ!』

『りょ、了解』


 よくわかんないけど、一人は脱落してくれたみたいね。

 残ったのはベテランっぽいオバサンひとり。

 こっちは流石によく着いてくる。


『止まれェ! 豚箱にぶち込むぞコラァ!』

「言われて止まるバカがいるか馬鹿!」


 上昇と下降を繰り返し、ギリギリを狙って高層棟の角を曲がり、パイプ道路をぐるりと一周する。

 こちらの方が小回りが利くはずなのに、それでもあいつは引き離せない。

 やがて、しびれを切らした相手はこう叫んだ。


「いい加減にしないと撃つぞ!」


 ちらりと後ろを振り返る。

 その瞬間。


『警告。警告。敵のロックオンを受けています』

「うわっ!?」


 いきなり耳元で声がした。

 人の声にしてはヤケに甲高い。

 まるで機械マキナが喋っているみたい……


「って、この羽が喋ってんの?」

『回避行動を推奨。バリアを破る威力を持った攻撃の恐れが――』


 目の前を光が通り過ぎていった。

 それは、一条にどこまでも伸びる閃光。

 わずかに掠った服の袖は、その部分だけ綺麗に丸く切り取られていた。


「ちょっ……」


 超高熱の閃光。

 これって閃熱フラルとかっていう輝術?

 いや、後ろを見ると、敵は左手に細長い筒を構えている。


 筒先の空洞が光る。

 左足に鋭い痛みが走った。


「痛って!」


 幸いにも直撃はせず、うっすらと掠めただけ。

 ズボンを削り、太ももに火傷のような擦傷をつけられた。

 よくわかんないけど、あれはそういう熱線を撃つ武器なのね。


「……じょーとーじゃん」


 リングによる防御も貫いてきた。

 当たり所が悪ければたぶん死んでいたはず。

 意図的に当てないよう牽制してるつもりなんだろうけど……


『回避行動を推奨。敵の攻撃が』

「うっさい」


 あたしは急角度で建物の角を曲がった。

 そこでぐるりと弧を描き、背面飛行で元の位置に戻る。

 口の中で古代語を呟きながら。


 角を曲がってきた敵の空飛ぶ輝動二輪が姿を現した。

 あたしはそれに向かって上空から突っ込んでいく。


「うわっ!?」


 予想外の角度から現れたあたしに驚くヘルメット女。

 そのバイザーに手をかざし、唱えていた輝言の最後の言葉を叩き込む。


ダズリングル!」


 初歩的な光の輝術。

 放つ光量を一瞬に集中した目眩ましの術だ。

 本来なら数メートル離れても効果があるそれを、鼻先で食らわせてやった。


「ぎゃああああああっ!」


 顔を押さえて絶叫を上げるヘルメット女。

 ハンドルから手を離したので、当然ながら操縦がぶれる。

 空飛ぶ輝動二輪は一八〇度回転して、乗っていた女は落下していった。


「やばっ!」


 思わずカッとなって反撃しちゃったけど、空中じゃシャレにならなかったかも。

 高度推定六〇メートルほどの高さから落ちれば間違いなく、死――


「は?」


 ヘルメット女の背中からバカでかい布が飛び出した。

 それは屋根のように拡がって、空気を含んで落下速度を殺す。


 ああ、落っこちた時のための安全装置があんのね。


 ホッと一安心……

 したのもつかの間。


 操縦者を失った空飛ぶ輝動二輪は、そのまま正面の建物に向かっていく。

 ガラス張りの窓の向こうには何人もの人が働いている姿が見えた。


 空飛ぶ輝動二輪の方に安全装置がついてる様子はない。

 あのまま突っ込めば、間違いなく大惨事になる!


「くっ!」


 あたしは前に進むイメージを全開で思い浮かべる。

 機械マキナの羽が加速し、猛スピードで空飛ぶ輝動二輪に向かってゆく。


『出力危険域。減速を推奨――』

「うるさい!」


 なにか警告してる羽は無視。

 けど、全速力でも空飛ぶ輝動二輪には追いつけない。

 建物の中、窓越しにこちらを見る人の、驚愕の表情が見えて――


 空から人が降ってきた。


 そいつはまっすぐ進む空飛ぶ輝動二輪の少し前に落ちる。

 一度通り過ぎてから、なぜかぐるりと跳ね上がるように下から座席に治まった。


 操縦者を取り戻した輝動二輪が急旋回。

 建物への激突を裂けてこちらに向かってくる。


 そして、あたしの目の前で急停止した。


「さっきの光、固有能力JOYではありませんわね。呪文のようなものを唱えていたようですが、一体どんな原理なのでしょうか?」

「は……は?」


 空飛ぶ輝動二輪に跨がっているのは、女。

 金髪のツインテールを風に靡かせた、日焼けした肌の若い女性だ。


 呆気にとられるあたし。

 すると空飛ぶ輝動二輪の上にまた別の女が降ってきた。


「お、良いモン手に入れてんじゃん。こっちは終わったし、こいつで帰ろーぜ」

「あーっ。あんた、さっきの!」


 衛兵たちをあたしにおしつけた、翠色のヒラヒラ女!


「知りあいですの?」

「おう。あ、オトリ役ご苦労様。おかげで助かった」

「ふざっけんな! こっちはメチャクチャ大変だったんだからね!」

「あっはっは。まあ、お互い様ってことで――」

「お喋りをしている暇はなさそうですわよ」


 ツインテールの女がそう言った直後、近くの建物からとんでもない勢いで氷が伸びてきた。


「ちっ」


 女は急いでアクセルを捻ったけど、すぐに機体が絡め取られて動かなくなる。

 氷の塊が道のように伸びて空飛ぶ輝動二輪を捕らえていた。

 なにこれ、すっごい輝術!?


 空に作られた氷の道の上を誰かが滑ってくる。

 あれはミサイアの同僚の帽子の女だ。


「あまり調子に乗らないでくれるかしら侵入者共。このまま逃げられると思っていないでしょうね?」

「あら、木偶ごときに偉そうな口を叩かれたくはありませんわね」


 言葉遣いは丁寧だけど、どっちの女もとんでもない殺意を漂わせてる。

 少し離れた場所にいるあたしまで思わず凍り付きそうだ。

 そんな中、翠色の女だけが飄々としている。


「しょうがない。エアバイクは諦めよう」


 翠色の女はとんでもない跳躍で近くの建物の屋上に向かって跳んだ。

 なんだあれ、輝攻戦士でもあんな動きはしないわよ!?


 ツインテール女はしばらく帽子の女と睨み合っていた。

 けれど、やがてフッと小馬鹿にしたように笑うと、


「まあ、決着はまたの機会ということで」


 手からピンク色の糸のようなものを伸ばし、その先端を近くの建物にぶつけて固定すると、見えない力に引っ張られるように飛んでいった。


 窓ガラスを割って建物の中に入っていく。


「はあ、やれやれね」


 帽子の女は追いかける様子はない。

 代わりにひとつ大きなため息を吐いた。

 それから顔を上げてこっちを見る。


「貴女、インヴェルナータ」

「な、なによ」


 帽子の女の視線は恐ろしく冷たく、不覚にもたじろいだ。

 氷の女王とか呼ばれてた頃のあたしよりもずっとヤバい。


「テロに巻き込まれて仕方なくってことで、おいたは許してあげる。元の世界に戻る準備は出来ているわ。さっさと管理局に戻りなさい」

「あのさ、今のやつらって……」

「忘れなさい。こっちの世界のことは貴女には関係ない」


 拒絶するような態度が少しムカつくけど、確かにその通りだ。

 輝攻戦士か輝術師か知らないけど、あんなヤバそうなやつらに進んで関わりたくはない。

 それに、こいつも……


「なにかしら?」

「な、なんでもないわ。そんじゃ、さよならー」


 ぶっちゃけ怖い。

 なんか取って食われそうな気がする。

 ふっ……このあたしが、ビビって逃げ出すとはね。


「すべてが終わった後で貴女がに戻ってくるのなら、その時はちゃんと説明してあげるわ」


 帽子の女が何か呟いていた気がするけど、その声は風に消されてあたしの耳には届かなかった。

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