630 ◆機械技術の進んだ世界

「繋いだ次元ゲートを再利用するとして、ひとつ問題があるわ」


 帽子の女が言った。


「なんだ?」

「慈愛の女神が繋いだ時空はね、ドラゴンのブレスが降り注ぐ直前なのよ」


 そういえば、あたしはドラゴンの炎に焼かれると思った直後、この世界にいた。


 これまでに聞いた話を総合して考えてみよう。

 こいつらは何かしらの方法を使って、この世界とミドワルトを繋いだらしい。

 そして、その地点にたまたま、ドラゴンに焼き殺されそうになっていたあたしがいた。


 おかげであたしは焼かれることなく、その直前でこっちの世界にやって来たってことで……


「あれ? じゃあ慈愛の女神って、あたしの命の恩人なの?」

「インヴェルナータさんまで慈愛の女神って呼ばないでください」

「そうよ。意図的なものじゃなく、何百兆分の一の確率で起こった、ただの偶然だけどね」


 そ、そうだったの……

 冗談じゃなく死ぬ所だったのね……


「ちょうどいいな。なあナータ。恩を着せるようで悪いが、助けてやった礼と思って、慈愛の女神ちゃんにミドワルト案内をしてやってくれよ」

「まあ、そういうことなら別にいいけど……」


 あたしとしては元の世界に戻れるならなんでもいい。

 命を救われたっていうなら、多少の恩返しをする程度の義理はある。


「そうすると、ブレス対策は必須ね。慈愛の女神だけならともかく、ナータは普通の人間だから、戻った瞬間に黒焦げになってしまうわ」

「慈愛の女神をあだ名として定着させないでください」

「だったらリングを貸してやれよ。あと、ついでに適当に武装をさせてやれ。慈愛の女神ちゃんが繋いだ地点からビシャスワルトへの接続地点まではかなり遠いんだろ? 備えがあるに越したことはないぞ」

「エリィさん、それはさすがに……」

「あたしが許可を出すって言ってんだから、黙って従え」

「……はい」


 なんだかよくわからないけど、とりあえず彼女たちの間で話は纏まったみたい。

 天使を名乗る童女はソファに寝っ転がって映像の視聴に集中し始めた。




   ※


「はあ、なんか大変なことになっちゃったわ……」

「女神役かと思ったら自分が異世界冒険物語の主人公になっちゃうとはね。ぷぷっ」

「笑わないでください! っていうか、いつもの事ですけど、エリィさんに対してああいったふざけた態度を取るのは止めてくださいよ! 見てて本っ当にヒヤヒヤするんですから!」

「ふざけてなんていないわ。私はいつも命がけであの女を煽ってるつもりよ」

「なお悪いです!」


 帽子の女と慈愛の女神が言い合いする後ろを、あたしは黙って付き従っていた。

 二人の会話が途切れたところで質問をしてみる。


「あのさ、本当にあれがあたしらの世界で語り継がれてる天使なの? どう見ても普通の女の子にしか見えないんだけど」


 二人が揃ってこっちを振り向いた。

 慈愛の女神は疲れたような顔で。

 帽子の女はニヤニヤしながら。


「間違いありません。ああ見えてもすごく恐ろしい人なんですよ」

「具体的に言いましょう。あの女を怒らせたら、ここから見えるすべての景色が荒野になるわ。貴女たちの世界なら国の一つくらいは簡単に吹き飛ばせるでしょう」

「……は?」


 どこの大怪獣だそれは。

 っていうか、そんな危ないやつを煽んなよ。


「それじゃ、私は先に戻っているわ。慈愛の女神はナータを造兵廠まで連れて行ってあげて」

「だから慈愛の女神って呼ばないでください……はあ」


 帽子の女は慈愛の女神の頭をぽんぽんと叩くと、妖艶な笑みであたしを眺めてから、通路の向こうへ去って行った。


「あいつって、もしかしてかなりヤバい女だったりする?」

「まあね。一応、階級は私と同じなんですけど、性格が……」


 よくわかんないけど、こいつも苦労してんのね。


「さて改めて、インヴェルナータさん」

「なによ」

「これからあなたを建物の外に連れて行きます。けれど、くれぐれも勝手な行動をしないでくださいね。問題を起こされたら本当に元の世界に帰せなくなりますから」


 勝手に連れてきておいて偉そうに……

 とは思うけど、余計な事をして帰れなくなるのはもっと嫌だ。

 ま、いちおうこいつはあたしの命の恩人であるっぽいし、言うこと聞いておくか。


「おっけ。約束するわ」

「では、着いてきてください」




   ※


 彼女について行くと、なんだか狭い小部屋に入らされた。

 壁には数字の書いたボタンがたくさん並んでいる。

 慈愛の女神はB2と書かれた部分を押した。


 床が微妙に振動している。

 部屋全体が動いてるみたいだ。


「これ、エレベーターってやつ?」

「そうですけど……え、ミドワルトにもあるんですか?」

「あたしの住んでた街にはないけど、シュタール帝国とかにある高層棟トゥルムって建物にはこういうのがあるって聞いたわ」


 ドアが開いた。

 小部屋に入る前と景色が変わっている。

 やたら薄暗くて、灰色の柱が立ち並んだ大部屋だ。

 柱と柱の間には車輪がついた箱形の乗り物がいくつも停めてある。


 慈愛の女神はそのうちの一台に近づいた。

 きゅいっ、っていう音がして、黄色い明かりが点滅する。


 彼女は箱形の乗り物のドアを開けて中に乗る。


「どうぞ、そっちが開きますから」


 あたしも同じようにドアを開けて乗り物の中に入った。

 中はソファみたいな座席になっていて、やたら座り心地が良い。


「それじゃ行きますよ……ふふふ、驚かないで下さいね」


 慈愛の女神は不敵に笑うと、円形のハンドルの横の穴に鍵を差し込んだ。

 しゃらしゃらしゃら……と砂をふるいにかける聞き慣れた音が鳴る。

 たぶん、馬車と輝動二輪が一体化した乗り物なんだろう。

 やがてスムーズに前進を始めた。


「あれ?」


 慈愛の女神が不思議そうにあたしを見る。


「車に乗っても驚かないんですか?」

「別に。こういう形の乗り物は初めてだけど、驚くほどじゃないわ」

「ええ……こ、鋼鉄の牛だー! ってリアクションを期待したんですけど」

「期待に添えなくて悪かったわね」


 この世界はどうやら、あたしたちの世界より機械マキナ技術が進んでいるらしい。


 けど、それだけのこと。

 異世界に来た驚きに比べたらね。

 飛び上がるほど驚くようなことじゃないわよ。




   ※


 慈愛の女神が運転する四輪の乗り物(自動車と言うらしい)に乗って、異世界の都市を走る。


 自動車が停めてあったのは建物の地下だった。

 らせん状の道を上って地上に出た。


 ものすごく高い建物の間の、ものすごく広い道を進む。

 人が歩く道と自動車が走る道がハッキリと分かれているみたい。


「あれの中を走るもんだと思ってたわ」


 あたしは頭上に伸びる半透明のチューブを指さして言った。

 さっきの建物の窓からあの中を自動車が走るのが見えていたからだ。


「あれは高速道路ですよ。今は通りません」

「ふーん」


 よくわからないけど、素早く移動したいときに通る道なのかしら?


 どこまでも続く左右の高層建築……

 と思ったのは最初だけで、すぐに屋根の低い家ばかりになる。

 それでも雰囲気的にはフィリア市中心部のルニーナ街くらいには栄えているけど。


 あと、少しだけ気になったことがある。

 これだけたくさんの建物があるのに、道を歩いている人がやたらと少ない。


「ねえ、慈愛の女神さあ」

「慈愛の女神って呼ばないでくださいって何回言ったらわかってくれるんですか」

「じゃあ何て呼べば良いのよ」

「うーん」


 慈愛の女神は首を捻った。


「本名で……って言いたいところですが、ミサイアでいいです。これからしばらくファンタジー世界で過ごすなら、そちらの世界になじみそうな名前の方がいいですものね」

「んじゃあたしのこともナータで良いわよ。あと、敬語とかやめてくんない? あんた、あたしと同じ年か少し上くらいでしょ」

「喋り方は癖なんで許してください。あと、実年齢は少し上くらいじゃ済まないと思いますよ」

「いくつなの?」

「何年生きたかはもう忘れました。設定年齢は十七歳です」


 なんだ設定年齢って。


「で、何か質問をしようとしてました?」

「ああ、うん。あのさ、今からどこに向かってるのか知らないけど、あたしは間違いなく元の世界に帰れるのよね? って聞きたかったんだけど……」

「……」


 なぜか、数秒の沈黙があった。

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