626 封じられし魔物
「拙者はバクル。その節は世話になりました」
そうそう、バクルさんだ。
なんで彼がこんな所に居るんだろう?
っていうか、宝石を譲ってくれなんて言われても……
「バクルさんは、なんでコレが欲しいんですか?」
古代遺跡で見つけた宝物は基本的に早い者勝ち。
これを守っていたエヴィルをやっつけたのも私だしね。
さすがに譲ってくれって言われて、あっさりプレゼントはできない。
「その宝石はこの剣の一部なのです」
彼は背負っていた大剣をすらりと引き抜いた。
前にアラクネーと戦ってたときに使った腰の剣じゃない。
バクルさんが背中の剣を抜くのを見るのは、これが初めてだった。
武器と呼ぶにはあまりに巨大すぎるサイズ。
カーディの持っていた大剣よりもさらに一回り大きい。
その大剣の鍔元あたりには、不自然な空洞がぽっかりと開いていた。
「その宝石をこの隙間にはめ込むことで、この大剣は真の力を発揮する事ができるのです。北の山に眠る邪悪な魔物を封ずる古代神器『封魔の大剣』としての力を」
「……えっと」
「話せば長くなるのですが……」
なんかいきなり過ぎて話に着いていけないよ。
戸惑う私に構わず、彼は聞いてもいないのに事情を語り始めた。
※
「……と、言う訳なのです」
バクルさんが説明を終える。
私はスーちゃんにこっそり耳打ちした。
「ねえスーちゃん。この国の人って、みんな人の話を聞かないのかな?」
「そういう土地柄なんだろ」
とりあえず、彼の事情はこんな感じだった。
この国には大昔に封じられた、とある『魔物』が眠っている。
彼はその封印を代々見守って来た一族の生まれらしい。
その封印が最近、解けかけているそうだ。
慌てて再封印に使うという大剣を蔵から取り出してみたら、実は完全な状態じゃなく、力の源である宝石を手に入れろって文章と共に、ここの地図が同梱してあったとのこと。
ずっと封印を見守ってきた一族なんだよね?
自分たちの使う道具くらい、ちゃんと調べておきなよ……
「というわけで、その宝石がないと伝説の魔物が甦ってしまい、大変なことになるのです」
「具体的には?」
「まあ、下手したら世界が滅ぶでしょうね」
それはヤバいな!
ただでさえエヴィルの侵略で大変なのに、この上そんな大問題があるとは。
でも、せっかく手に入れたのをタダであげるのはなあ……
私にとってもエネルギー補給のために必要だし。
「では、こうしましょう。最終的にその宝石はお譲りしますので――」
彼は名案を思いついたとばかりに両手を叩いた。
とても嫌な予感しかしない。
※
「この上に魔物の封印されていると言われる、聖なる台地があります」
「はあ……」
私は口を大きく開けて上を見上げた。
聳える絶壁の頂上はかなり高い。
まさか、これを登れと?
「っていうか、なんで私まで着いてくことに……」
「何度も言うけど、宝石を持ってさっさと逃げることを勧めるぞ」
思わずスーちゃんの甘い誘いに乗りたくなる。
けど、放っといたら世界が滅ぶとか言われちゃねえ。
バクルさんの思いついたアイディアは単純だった。
『再封印が終わったら宝石を譲るから、一緒に手伝って欲しい』
よく考えなくても私が一方的に損してる気がするけど、もう考えるのはやめよう。
「では、気合いを入れて……ふんっ!」
バクルさんは目の前に絶壁に手をかけると、力を込めてクライミングを始めた。
裏に道があるとかじゃなく、本気でこれを登らなきゃいけないのか……
まあもちろん、私にそんなことは不可能なわけで。
「先に行って待ってますね」
私は炎の翅を広げて飛んでいくことにした。
※
絶壁の頂上はだだっ広い台地だ。
反対側に行ってみたけどそちらも絶壁だった。
本当によじ登って来るしか辿り着く方法はないっぽい。
台地の中央には石碑がひとつ建っていた。
そこに印されてるのは、なにやら見慣れない古代文字。
もちろん私には読めないので、スーちゃん辞書で翻訳してみる。
「邪悪なる巨神、ここに眠る……?」
「どうやら何かが封じられてるのは間違いないみたいだな」
「なんでこんな来づらい場所にわざわざ封印したんだろう」
「ひょっとしたら、この岩自体がそいつを封じてるのかもしれないぞ」
スーちゃんの推測通りなら、相当大きいモノが封じられてることになる。
世界を滅ぼすってバクルさんが言ってたのも、嘘じゃないのかも……
でもまあ、あの大剣と宝石があれば再封印できるみたいだし。
っていうかバクルさん、遅いな。
私は様子を見に飛んで下まで戻ってみた。
バクルさんはさっきから数メートルしか進んでいなかった
「あの」
「はぁ、はぁ……す、済まない、ルーチェ殿。もう少しだけ時間をくれ……」
いや、って言うかさ。
登るの無理じゃないでしょうか?
だって、そんな大きな剣を背負ったままじゃ……
「だ、大丈夫だ、拙者はかつて、一度だけ、はぁはぁ、頂上まで行ったことが……」
「それってその剣を背負っていない時ですよね?」
「この程度で、へこたれては……うわっ!」
「危ない!」
バクルさんが手を滑らせた。
体が岩から離れ、地面に落ちていく。
「
翠色の蝶が彼の背中に触れる。
瞬間、蝶は球状の防御膜となった。
彼を包む半透明の球体が宙に浮かんでいる。
ふう、危なかったあ。
「これは一体……?」
「もう、ここは私に任せてください」
防御球を割って、一度バクルさんを地面に下ろす。
輝力による体力強化をして、背中にしっかり固定された大剣を掴み、バクルさんごと持ち上げる。
「う、うわっ!?」
「このまま上まで運びますね」
最初からこうすれば良かったよ。
消耗した分の輝力はちゃんとその宝石からもらうけどね。
※
バクルさんを連れて、再び頂上までやって来た。
私が手を離すと、彼はお尻から地面に落っこちた。
「痛い!」
「あっ、ごめんなさい」
「なんの、それより早く再封印をせねば!」
元気な人だなあ。
で、再封印ってどうやるんだろう。
見たところ別に何かが現れそうな気配もしないけど。
「ふむ……?」
バクルさんは石碑に近づいてじろじろと眺めていた。
やがて、彼はおもむろに背中の大剣を抜く。
それを重そうに両手で構えると、
「はああああああ……せいやっ!」
勢いよく振りかぶって、石碑を斬りつけた。
叩きつけたって言った方がいいかも。
ところが。
「あの……?」
なにも起こらない。
一体なにがしたいのか。
「どうやら、封印は完璧のようですね」
おい!
「封印が破れ掛かってるらしいって言ってましたよね?」
「そういう夢を見たのですが、どうやら思い過ごしだったようで……」
なんなのこの人。
情報源がただの夢って。
何の為に代々見守ってきたのか。
……まあ、逆に考えれば何事もなくて良かったのかな?
「それじゃ、宝石はもらっていいですか?」
「いつ本当に復活するかもわからないので……」
「もらっていいですよね?」
「いえ、しかし……」
まさかこの期に及んで約束を破るじゃないでしょうね。
そう訝しんだ直後、足元が大きく揺れた。
「な、何? 地震?」
「違います、これは……!」
みるみる間に地面に大きな亀裂が走っていく。
石碑が倒れ、台地が端から崩れていく。
私はとっさに空に飛んで逃げた。
「ま、待ってください! 拙者も!」
「あーもう!」
崩れかけた地面にへばり付いているバクルさんに翠蝶をぶつける。
半透明の防御球の中に収まった彼は空中で停止する。
二人の目の前で、台地が崩れていく。
「ルルルルルルオオオオオオォォォォォーン!」
耳を劈くような雄叫びが聞こえた。
崩れる台地から黄色く太い巨大な腕が飛び出る。
やがて、地面の中に封じられていた怪物が全身の姿を現す。
それは全長二〇メートル以上はある、巨大なバケモノだった。
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