579 ▽sleeping beauty

 橙色に染まった空の下。

 その少年は道なき道を足早に駆けていた。

 右手に持ったバスケットには、山で摘んだ大量の薬草が入っている。


 やがて、小さな古ぼけた小屋に辿り着いた。

 少年は辺りを探るように左右をきょろきょろ見回す。

 誰にも見られていないことを確認すると、ゆっくりと扉を開けた。


「ただいま。アグィラ、シスネ」

「おにいちゃん、おかえりなさい!」


 小屋の中には壮年男性と幼い少女がいた。

 シスネと呼ばれた女の子は、帰宅した少年に笑顔で飛びついた。

 少年――パロマは自分の胸に顔を埋めるシスネの頭を撫でながら、壮年男性に話しかける。


「アグィラ、薬草いっぱい採れたよ。あの人の様子は?」

「相変わらずだ。死んだように眠ったままだよ」


 壮年男性アグィラは無精ヒゲを撫でながら奥の扉に視線を向けた。

 彼が腰掛けている横のテーブルには何かの機械マキナ部品が転がっている。

 アグィラはそれを片付け、受け取った薬草を煎じるため、すり鉢を棚から取り出した。


 適量の水を混ぜてすりつぶし、薬湯を作る。

 満足な食料が得られない今、健康への備えはいくらあっても足りない。

 彼らが住むマール海洋王国もまた、魔王軍の襲撃によって激戦地となっているのだから。


 パロマは作業をするアグィラを横目に、妹を伴って奥の部屋へと入った。


 部屋にはベッドがあった。

 そこにひとりの少女が眠っている。

 

 彼女のことは一年ほど前にパロマが近くの茂みの中で見つけた。

 息があるのを確認し、アグィラに運んでもらったのだが、未だに目を覚まさない。


「姉ちゃん、いい加減に起きろよー」


 伸び続けるは、彼女が生きている証拠でもある。

 ただ眠っているわけではないようで、何も食べていないのに衰弱する様子はない。

 が言うには『輝力枯渇の自然治癒』を行っている最中とのことだが、パロマにはよくわからない。


「シスネ」

「うん」


 濡れた布を妹に渡す。

 彼女は眠れる少女の寝間着を脱がせ、身体を拭き始めた。

 パロマはその間、窓から外の景色を眺めていた。


 まだ昼前なのに、空は夕暮れのように薄暗い。

 あの日以来、もうずっと青空は見ていない。


 発見した時に彼女が着ていたのは、とても立派な術師服だった。

 もしかしたら、彼女は名のある輝術師かもしれない。


 もし目を覚ましたら、魔王軍から僕たちを守ってくれるかもしれない。


 そんな打算もないわけではないが、パロマは純粋に彼女が目覚める時を待っていた。


 それは純粋な好奇心から。


 眠っていてもこんなに美しいなら、起きた時にはどれほど素晴らしい人なのだろう……

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