578 ▽もう二度と……
都市の防衛は成功した。
人類初となる対魔王軍勝利である。
朗報に街の人たちは大いに沸いた。
犠牲となったのは、連合輝士団員が十名足らず。
死者が出ている以上、手放しで喜べることではないが……
かつてない大攻勢を耐えきったにしては、驚くべき被害の少なさであった。
もちろん、敵の将があまりに無策だったのが最大の勝因だったのだが、それを撃退したジュストたちはまさしく英雄として讃えられた。
かつて彼を卑怯者と蔑んでいた連合輝士団員たちも態度を一変させた。
戦勝祝賀会の間、ジュストはずっと謝罪ラッシュを受け続ける羽目になった。
「ふぅ……」
即席の祝賀会場となった街の広場を抜け出し、ジュストは人気の少ない戦場跡にやってきた。
街の人たちは交代で崩れた街壁を修復している。
作業は夜通し続く見込みであった。
敵の襲撃を退けたとはいえ、すべてが終わったわけではない。
破壊された建物には住んでいた人が大勢いたはずだ。
彼らの日常はしばらく破壊されたままである。
「ジュストさん」
物思いにふけっていたジュストは、鈴の音のような声に呼びかけられた。
振り返ると、そこには簡素なドレスに身を包んだシルクが立っていた。
「今日はお疲れ様でした。隣、よろしいでしょうか」
「え、ええ」
「こんな寂しいところで何をしていたのですか?」
「今日の戦いを思い出していました。まだ、力不足だったなと……」
「そんなことはありません。今回の勝利は、間違いなくジュストさんのおかげです」
「それを言うならシルクさんこそ。あなたの歌がなければ僕たちは確実に全滅していました」
彼女の歌――広範囲支援輝術『
非常に使用制限が厳しく、乱用はできないらしいが、すさまじい大輝術であった。
さすがは新代エインシャント神国の王女様というところだろうか。
彼女も英雄のひとりとして讃えられたのは言うまでもない。
「ともかく、街が無事で良かった」
シルクは大きな瓦礫に腰掛け、うっすらと微笑んだ。
「王女様がそんなところに座っては……」
「良いのです。それより、少しお話しませんか?」
ようやく安全な場所に辿り着いたと思ったら、息つく間もなく魔王軍の襲撃を受けたのだ。
祖国を失ったばかりである彼女にとって、その衝撃は小さくないだろう。
ジュストはしばし彼女に付き合うことにした。
「わかりました。僕で良ければ、話し相手くらいには」
「ありがとうございます。それでですね、えっと……」
「はい」
「さっきの話なんですが」
「さっき?」
何か話していただろうか。
ジュストは少し前の記憶をたぐり寄せる。
獣将が襲撃してくる前に、自室で何か喋っていたような。
……ああ、思い出した。
「新代エインシャント神国復興の話でしたね」
「えっ?」
「ご心配なく、僕は必ず、あなたに協力すると約束します」
「えっ、えっ? そんな話してましたっけ?」
シルクも混乱しているようだ。
無理もない、あれだけの大輝術を使った後だ。
気丈に振る舞っているように見えても、精神的疲労は甚大だろう。
「今度こそ、守ります」
ジュストはシルクの目を真っ直ぐに見た。
その視線を空に向け、夜空を埋め尽くす星々を睨む。
そうだ、もう決して失わない。
今回は退けたが、魔王軍との戦いは終わらない。
あの獣将も必ず傷を癒やし、再び彼らの前に現れるだろう。
人類にとって、苦しく厳しい戦いは、これからも続く。
だが、
ジュストは星空に強く誓った。
「……はい」
熱を帯びたようなシルクの返事が、遠くで聞こえる輝士たちの喧噪に紛れ、冷たい風の中に消えていった。
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