567 ▽保護任務
一体、この議員は何がしたいのだ?
なぜ民が飢えているという話から、そんな結論に至る。
確かに占領された
だが、それなりの生活を保障されるなんて、誰から聞いたんだ。
やつらの目的は人類の根絶ではなく、ミドワルトの支配である。
そのために必要な労働力として人類を奴隷化しているに過ぎない。
国中に跋扈する無数のエヴィルに対し、いわゆる魔王軍と呼ばれるビシャスワルト人たちの頭数は、それほど多いわけではない。
先日のカミオンを襲撃したのも、およそ一〇〇体程度の軍勢であった。
とは言え、ケイオスと呼ばれた先発隊ほどではないが、個々の戦闘力は凄まじい。
並の輝攻戦士でようやく互角に戦える程度だ。
相手は身体的能力に優れる異種族。
そいつらから奴隷のようにこき使われる囚われた人間たち。
その生活がどんなものか、想像してみることもできないのだろうか?
「無謀にも強大なる敵に挑もうと愚かな議論を続ける議会に対し、諸君ら善良なる民衆が声を上げ、その切実なる願いを届けて欲し――」
「いい加減にしやがれ、この売国奴が!」
民衆の中から強烈な怒声が上がった。
人垣が割れて、鎧姿の輝士が三人ほど現れる。
彼らは肩をいからせて台上の議員へと向かっていく。
胸元に輝くのは連合輝士団の記章。
鎧の形状から見るに、シュタール帝国側の人間だ。
「黙って聞いてりゃ、テメエは命がけで戦ってる俺たちを何だって!?」
「ひっ!? や、やめろ……暴力は」
「侵略者はどっちだ、このクズ野郎が!」
「そんなにエヴィルに服属したいってんなら、今すぐ街壁の外に放り投げてやるよ!」
「ち、違う……決してそう言う意味で言ったわけではなく、一つの可能性というか、方針の提案として――はぎょっ!?」
彼らも故郷から遠く離れた地で命を賭けて戦っている。
好き放題に言われっぱなしでは我慢ができなかったのだろう。
一人が議員の頬を殴りつけ、倒れ込んだ所を即座に全員で袋だたきにする。
頭に血が上った輝士たちが手加減をしている様子はない。
このままではあの議員は死んでしまうだろう。
さすがに止めるべきだろうとジュストが思った時、民衆の一人が輝士めがけて石を投げた。
「痛ぇ、何しやがる!?」
頭から血を流した輝士が振り向いて怒鳴る。
それに対して別の方向から罵声が飛んだ。
「セアンス共和国じゃ言論の自由が認められてるって知らねえのか、この野蛮人共があ!」
「あぁ!?」
「人の国に来て好き放題やってんじゃねえよバーカ!」
「コノヤロウ、誰がお前らを守ってやってると思ってんだ!」
「頼んでねえよ!」
そこから先は完全な乱闘である。
輝士三人に対して暴徒となった民衆が一斉に襲いかかった。
顔をボコボコに腫らした議員は這々の体で抜け出すと、人垣の外から民衆を煽り始める。
「やれやれ、やっちまえ! 市民の力で侵略者を追い払え!」
ジュストはバカらしくなってその場を離れることにした。
と言うか、ここにいては巻き込まれる恐れがある。
このような諍いは今回ばかりではない。
毎日のように街のどこかで起きていることなのだ。
迫り来る魔王軍の脅威の中、人々の心はどうしようもなく荒んでいた。
※
「保護任務だって…………ですか?」
司令官室に呼ばれたジュストは英雄王から奇妙な命令を受けた。
思わずタメ口で聞き返しそうになって、背後の視線に気づいて慌てて言い直す。
彼の後ろには歴の長い壮年の輝士二人が立っている。
これは連合輝士団の一員として司令官から下された正式な命令なのだ。
自分が周りから浮いているのは承知しているが、これ以上無駄に評価を下げることもない。
「そうだ。先日、プロスパー島からとある重要人物が脱出したとの情報が入った。今は西方の町で保護されているらしいが、周囲はエヴィルだらけなので、ぜひ我々の手で保護してやりたいと思っている」
「それは、私がわざわざ行くほどの任務なのでしょうか?」
後ろの壮年輝士二人がにわかに気色ばむ。
さすがに失言かと思ったが、ジュストはあえて訂正しなかった。
三日前、食料輸送隊の護衛に志願したときの事は、まだ頭の隅に残っている。
ちなみに未だ食料はルティアに届いていない。
「絶対に失敗できない任務なのだ。それとも、命令を拒否するのか?」
「まさか。謹んで拝命致します」
食料の輸送は失敗してもいい任務なのか、とは言わなかった。
正直に言えば、ルティアに引きこもっているより外で働いていた方がマシである。
前言を撤回してジュストを首都から離すからには、アルジェンティオにも何か考えがあるんだろう。
※
救出作戦に参加する人数はわずか五人。
ジュストの他はファーゼブル王国側の若い輝士が四人だけ。
その全員がもれなく、ジュストと一緒の任務だと知ると、すごく嫌そうな顔をした。
「よろしくお願いします」
しかし輝士としては先輩である。
ジュストは彼らに丁寧な挨拶をした。
「おう」
返ってきたのは答礼すらない、そんな気のない返事だけである。
ルティアの正門脇に輝動二輪が用意されていた。
赤い燃料タンクに、重厚な
それを支える銀色のフレーム。
巨大な二つの車輪。
RC900。
通称、ロッソコリーニョ。
輝士団正式採用車の大型輝動二輪である。
ジュストは思わず息をのんだ。
感動しているのではなく、怖じ気づいているのだ。
旅の間には輝動二輪を操縦したこともある。
だがそれは馬車を引くための、馬力優先で速度の出ない機体のみであった。
命令内容から考えても、移動は迅速に行う必要があるだろう。
果たして自分にこいつを乗りこなせるだろうか?
まともに操縦できずに事故ったら、仲間の輝士たちに何を言われるか……
考えると胃が痛くなった。
まさか乗り方を教えてくださいとも言えない。
ええい、ままよ。
ジュストは覚悟を決めて
※
一応、なんとか操縦することはできた。
しかし、やはり不慣れなので、機体をぐらつかせてしまう。
「やっぱ七光りのお坊ちゃんだな」
他の輝士たちはそんなジュストをあざ笑った。
彼らはジュストを置き去りにして勝手に先行してしまう。
そしたら、エヴィルの集団に遭遇した。
ジュストが追いついた時には彼らは魔犬キュオンに囲まれていた。
すでに二人が犠牲になっており、ジュストは急いで
「守りきれなくて申し訳ありません。実は輝動二輪の操縦に不慣れなものでして、もし良ければ操縦のコツなどを教えていただければ嬉しく思います」
「お、おう」
それ以降、置いて行かれることはなくなった。
お互いの間にある見えない溝は余計に深まった気がするけれども。
犠牲になった二人の輝士を弔って、再び出発。
ジュストは人の死に対して感覚が鈍くなっている自分に気付いた。
とはいえ、いちいち犠牲者のことを気にしていたら、戦場では生き残れない。
とにかく今は一刻も早く任務を終えなければ。
※
ジュストたちはそのまま丸一日ずっと輝動二輪を駆り続けた。
明け方にはようやく道の向こうに町が見えてきた。
高い塀に囲まれた町である。
とは言え
侵入者を妨げるためにある、人の身長程度の石積みの塀だ。
その入り口部分に門番が立っていた。
背が高く、全身鎧を纏った、無骨な兵士である。
普通は町の外にあまり門番など立たないものだが……
こんなご時世だし、町の人たちもピリピリしているのかもしれない。
そんな事を考えている間に、町のすぐ側までやってきた。
そしてジュストは二つの間違いをしていたことに気付く。
一つ。
この町を覆う塀はそれほど低くない。
三メートル以上あるが、低く見間違えたのは門番があまりに大きかったからである。
二つ。
門番は鎧を着込んでいるわけではない。
そう見えたのは彼の灰色の岩石でできた体だったからだ。
彼は人間はなく、全身がゴツゴツした岩で構成されている種族なのである。
鉱石人族。
通称、ゴーレム。
門の前に立っていたのは、ビシャスワルト人だった。
「チカヅイテクルひとヲハッケンシタ!」
敵はこちらに気付いている。
今さら隠れるのは無意味だ。
ジュストは輝動二輪を急停止させた。
その時にはすでに
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