530 血の覚醒
聖少女プリマヴェーラ。
魔動乱で命を落とした、五英雄の一人。
私と同じ天然輝術師。
私と同じピーチブロンドの髪。
だから私もプリマヴェーラの再来なんて呼ばれることもあった。
再来?
そう、ただの似た人。
なのに私がプリマヴェーラさまの娘?
いやいやいや!
なに言ってんの!?
だって、私の両親はちゃんといるもん!
お父さんはフィリア市の技術者、アルディメント。
お母さんはずっと前に亡くなっちゃった元冒険者、リム。
魔王とか伝説の英雄とか、そういうのとはぜんぜん縁がない、普通の一般人だよ。
こんな意味のわからない嘘に騙されるもんか。
私はちょっと特殊な力を持ってるだけの普通の女の子。
だからこんな場所で戦ってるだけで、ねえ、先生、そうだよね?
「すまない、ルーチェ……」
「なんで謝るの?」
意味がわからないよ。
だってこんなのエヴィルの虚言じゃん。
あ、そうだ、こいつら人類の敵だからやっつけなきゃ。
こんなふゆかいなやつら、さっさところさなきゃ。
ころし。
――違う!
はっ。
わ、私、なに考えてた?
あの感覚。
自分の思考が怖い何かに乗っ取られる感じ。
以前にも何度かあったけど、最近はまったくなかったのに。
「どうやら頭の中を縛られているようだ。今、取り除いてやろう」
魔王は私の頭に乗せていた手を引いた。
長く尖った親指の爪で、自分の人差し指を傷つける。
血が流れる。
人と同じ赤い血が。
指先から滴る、魔王の血が。
魔王はその指を私の口の中に突っ込んだ。
「もがっ!?」
「思い出せ、ヒカリ。己の血を自覚しろ」
まるで吊り上げられた魚みたいな気分になった。
錆びた鉄の味が口いっぱいに広がる。
意識が、遠くなっていく……
※
……ここは、どこ?
辺り一面が真っ暗闇だ。
自分の身体の輪郭すらわからない。
ひどく寒くて、不安を煽り立てる。
なのに、なぜか心の奥が安らぐ。
ここは、どこ?
私はもう一度問いかけた。
「ここはおまえのこころのなかさ」
目の前に誰かが立っている。
私の心の中って、こんなに暗くて冷たいの……?
あなたは、誰?
「わたしは、おまえ」
よくわからないよ。
だって私は私だよ。
「わたしはおまえだ。まおうのむすめである、もうひとりのおまえ」
魔王の娘。
それじゃ、私は本当に……
「おまえのやくめはもうおわった」
役目ってなによ。
「これからはわたしがおまえにかわる。わたしもまたまおうとなって、せかいをこわす」
世界を……壊す?
「わたしがこのてで、はかいするのだ」
私たちの世界、ミドワルト。
旅の途中で、私たちはいろんな国を回ってきた。
世界にはたくさんの人がいて、それぞれの暮らしがあって……
幸せそうな人も、不幸そうな人もいたけど、みんな一生懸命暮らしていた。
そんな世界を、壊す?
「そう。だからおまえはもう――」
びったーん!
私は目の前にいるもう一人の私を思いっきりひっぱたいた。
「なにする!」
「それはこっちのセリフだっ! 世界を壊すなんて、許すわけないでしょ!」
「それはすでにきまったことだ。わたしがおまえであるかぎり、おまえはわたしではない。つまりわかりやすくせつめいするとまおうのちをうけいれたことでわたしはわたしとしてかくせいし、あらたなわたしとしておまえのからだはわたしのものに」
「あーもう、うるさい!」
なに言ってんだか全然わかんないよ。
っていうか聞き取りづらいし。
ちゃんとしゃべれ!
「とにかく、私はあなたなんかに負けないし。魔王の血とか関係ありません。私はルーチェ。ルーちゃんです。この身体も心も私のものです。どっか行け」
「……こうかいするぞ」
するわけないでしょ。
だって、私には頼れる仲間がいる。
私を認めてくれる人たちが、たくさんいるんだもん。
――くくく、あははっ。
どこからか別の声が聞こえてくる。
――どうやら、
※
「ルーチェ!」
はっ。
カーディの声に意識が覚醒する。
口の中の指を吐き出し、魔王の手を払いのける。
「どうした、ヒカリ」
「私はあなたの娘じゃない!」
怖くないっていったら嘘になる。
けど、負けない!
嘘や幻覚に取り込まれたりしない!
「私はヒカリじゃない!
頭二つ分高い位置にある魔王の目を睨んで大見得を切る。
魔王は表情も変えずに私を見下ろしている。
代わりに、夜将リリティシアが小馬鹿にするような茶々を入れてきた。
「あららあ、お嬢様は反抗期かしら? お父様にそんな口聞いて、いーけないんだ」
「娘じゃないって言ってんだろ! ばか!」
「く、口の悪い子ね。育ちが良くなかったのかしら」
顔を引きつらせる夜将。
その前でカーディが目を閉じて笑いをかみ殺している。
私の隣では先生も笑っていた。
「ふふ、ははは。泣く子も黙る夜将も、バカの前じゃ形無しか」
「くっくっく。さすが俺の見込んだ弟子だ。バカもここまで極まると気分がいい」
バカって誰のことだろうね。
「コラ、黒衣の妖将。調子に乗ってると殺すわよ」
「おまえこそ、いつまでいい気になってるつもりだ?」
カーディの身体が雷光を放つ。
辺り一面に放出される激しい電撃。
あまりの眩しさに夜将が一瞬だけ怯む。
その隙にカーディは光の残像を残して姿を消した。
「っ、しまった!」
「ぎゃあっ!」
夜将の焦り声と、黒将の叫び声が同時に聞こえた。
先生は地面に小刀を突き刺していた。
柄からは輝粒子のような光の粒が溢れている。
足下を拘束していた黒将に不意打ちで攻撃をしたみたい。
先生の隣にカーディが現れる。
彼女は気絶したヴォルさんを担いでいた。
「カーディ、ありがとう!」
「ふん。ついでだよ」
こんなこと言ってるけど、なんだかんだで仲間想いなの知ってるからね。
「先生、ヴォルさんを治療してあげられますか?」
「悪いが後回しだ。聖水は使い果たしてしまった」
うわ、そっか。
大ピンチなことには変わりないってことね。
「フン……」
魔王が冷めた目で私たちを一瞥する。
そのまま踵を返して扉の方へ歩いて行った。
「あら魔王様どちらへ?」
「興が削がれた。寝所で休む」
「では、お嬢様や侵入者たちの処遇は……」
「捕縛しておけ。ヒカリ以外は手荒に扱っても構わん」
夜将に命令を出すと、魔王はくるりとマントを翻し、闇の中に姿を消した。
「だってさ、黒衣の妖将。恥を掻かせてくれた礼はきっちりとさせてもらうわよ」
ニヤリと口元を歪めて笑う、夜将リリティシア。
姿形は人間とほとんど変わらなくても威圧感は半端じゃない。
こいつも相当に恐ろしい力を秘めていることが、嫌でも肌で感じられる。
「ゼロテクス、あんたはあっちの優男をやっちゃいなさい」
「えーっ、やだよ! あいつ怖いもん!」
同じくとんでもない力を持っているはずの不気味な不定形の怪物。
こっちはなぜかイヤイヤと首みたいに伸ばした身体の一部を振っていた。
「やられたらやり返しなさいよ。ヒトごときに怖じ気づいて、それでも将なの?」
「ぼくは痛いのは嫌なんだ」
黒将は地面を這ってテラスの方へと逃げていく。
「戦いなんていやだもん。扉の進捗状況を観察してくるよー」
「やれやれ……」
まるで子どもみたい。
そんなゼロテクスの態度にリリティシアは肩をすくめた。
二人の会話の内容だけを聞けば、きかん坊の弟をもてあます姉弟みたい。
「んじゃ、俺が参加させてもらうぜ」
これまで遠くで眺めているだけだった白い虎頭。
獣将バリトスが腕を鳴らしながら意気揚々と歩いてくる。
夜将リリティシアも腰の細身の剣を抜いた。
「命令だしね。容赦はしないわよ」
戦闘態勢に入る獣将と夜将。
テラスには外を眺めている黒将。
少し離れた所で傍観者を決め込む竜将。
こっちは重傷人が一人いるのに加えて、先生も大技を使うほどの体力は残っていない。
どう考えても大ピンチ。
さあ、どうしよっか。
でもなんかわからないけど、いまの私、やたら気合い入ってるんだよね。
もしかしたら、こいつらにも勝てそうなくらいに。
よぉし、やっちゃうぞ!
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