524 王の居城
さらにしばらく歩くと正面に扉が見えた。
王妃さまの部屋の扉よりも一回り大きな両開きの扉だ。
先生は足を止めることなく扉をすり抜けていく。
カーディとジュストくんに続いて、私も扉を開けることなく向こう側に抜けた。
扉の向こう側はさっきまでと全く違う風景が拡がっていた。
灰色の石造りの壁が四角く切り取られた、見るからにひとの手が入った通路。
等間隔で燭台に灯が点り、壁自体が謎に明るく見えた洞窟内と比べると、やや暗い感じだ。
「ここから先は王の居城だ。まだ地下だがな」
「洞窟から直通なんですね……」
ジュストくんが喉を鳴らす。
いよいよこれから敵地に乗り込むんだ。
周りからは見えないとはいえ、みんな緊張している。
そう、ここはもうエヴィルの王さまが住む城……
どんな外観か見てみたかったとか言わない方が良さそうだね。
「それで、エヴィルの王さまはどこに……あぶっ」
突然、後ろから何かがぶつかってきた。
振り向くと、そこにはとんでもない化け物がいた。
顔は灰色、目の上に丸い耳が生え、鼻の先に巨大な角がある。
サイと人間のあいのこみたいな半獣半人のエヴィルだった。
無骨な鎧を纏い、右肩には私の身長よりも大きな戦斧を背負っている。
「う、うわあっ! いっ、いぐふぁ――もがっ」
「騒ぐな」
思わず後ずさりながら攻撃をしようとした私の口を、先生が押さえる。
エヴィルは何事もなかったみたいに私たちの横を通り過ぎた。
そして、そのまま通路の向こうへと行ってしまう。
「慌てるんじゃない。触れられても向こうは何も感じないんだ」
「は、はい」
「こっちが意識すればすり抜けることも可能だが、万が一にも
それってどんな状態なんだろ……
とにかく、ぶつからないよう気をつけよう。
「王の居場所は見当がついているの?」
「さすがにそこまではわかりませんので、怪しい所を虱潰しに探していきましょう。途中で透明化が切れそうになったら重ねがけします」
カーディと先生が並んで会話をしながら先頭を歩く。
「片っ端から部屋を覗いていくとなると、かなりの時間がかかりそうだね」
「こんな地下に王はいませんよ。寝室か玉座の間か……とにかく上を目指しましょう」
階段を上ると、通路の造りが少しだけ綺麗になった。
灰色一色の剥き出しの石積みだったのが、キチンと磨かれた白亜の壁に。
床には赤い絨毯が敷かれ、ところどころに瀟洒な彫刻やら大きな鎧やらが飾ってある。
周りには明らかにエヴィル……
というか、ビシャスワルト人がいっぱいいた。
食事の乗ったお皿を運んでいる妖魔。
慌ただしげに武器を担いで走っている獣人。
二、三体で立ち止まって喋っている羽のある人。
その外見は様々で、さっきみたいな半獣のもいれば、角があったり耳が尖ってたりするだけでほとんど人間と変わらない外観のやつもいる。
あとは、動物型のエヴィルもちょくちょく歩いてる。
大きな蜂や鳥、歩く植物、
不定形のうじゅうじゅしたのも……
ここはエヴィルの王さまの居城。
異形の怪物が巣くう敵の本拠地。
……のはずなんだけど、なんだかやたらと生活感が溢れてる気がする。
私たち人間とは姿形が違うけど、エヴィルにもエヴィルの暮らしがあるんだな。
姿形と住んでる場所が違うだけなのに、誰かの都合で戦争するなんて、絶対に良くない。
それも
まってなさい、エヴィルの王さま!
私たちが絶対にやっつけてやるんだからね!
※
いくつかの通路と階段を渡り、気になった部屋を覗いたり、もしものことが起こった場合の対応を話し合ったり、そんなことをやってるうちにおよそ二時間ほどが過ぎました。
そこで気付いたことがあります。
「このお城、広すぎ!」
たぶんだけど、白の聖城ならとっくに一周できるくらい歩いたよね!?
なのに、まだまだ行ってない場所はたくさんあるよ!
確認してない部屋なんてそれこそ無数に!
もう、いま自分たちが何階にいるのかもよくわかんない。
「文句を言うな。戦闘しなくていいんだから楽だろ」
「そうですけど……」
先生に叱られたので黙って口を噤む。
そりゃ、これは人類の存亡を賭けた戦いだし。
文句を言うようなことじゃないってわかってるけどさ。
いくつめかの扉をすり抜けると、やたらと広い空間に出た。
「うわぁ……」
マーブル模様の空が視界に飛び込んできた。
向かって右側が、一面の大きな窓になっている。
その向こうには部屋と一体化したテラスがあった。
部屋全体は黒っぽい壁で覆われてるけれど、外から差し込む光で明るい。
私はテラスに出て外の景色を見下ろし……思わず息を呑んだ。
いくつもの塔と館が連なった建物。
それがまるで、一つの街みたいに遠くまで続いている。
今いる場所はかなり高い位置にあって、いつの間にこんなに登ってきたのかとびっくりした。
真下には大きな広場があって、そこにはたくさんのエヴィルが集まっていた。
私たちがケイオスって呼ぶ人型のビシャスワルト人だけじゃない。
キュオンを初めとする動物型のエヴィルまで勢揃い。
それが隊列を組んで、ジッと何かを待っている。
「何やってるんだろうね、あれ」
私は誰にともなく話しかけるつもりで後ろを向いた。
けど、質問に答えてくれた人は誰もいなかった。
他のみんなは空の一点を見つめてる。
何を見てるんだろ……
と、思って視線を追って、ギョッとした。
「冗談、だろ?」
ヴォルさんの呟きは、みんなの心を代弁していたと思う。
景色が歪んでいた。
大勢のエヴィルが集まる場所から、少し離れた所。
建物の上に地面があり、屋根の中に空がある、異様な光景。
まるでパズルのピースを適当にはめたみたいに風景の連続性がない。
「な、なんなの? あれ……」
「ウォスゲートが開く前兆だろうな」
「それも、信じられないほど大規模な、ね」
先生とカーディが説明する。
「下のエヴィルどもはゲートが開くと同時にミドワルトに進攻するため集まった兵だろう。あとどれくらいでゲートが開くのかはわからんが、モタモタしている暇はなさそうだ」
あれが開いてしまったら、大勢のエヴィルがミドワルトへの侵略を開始する。
魔動乱の時代が、また始まってしまう。
「は、はやくエヴィルの王さまを探さなきゃ――きゃっ!」
振り向いた瞬間、強い風が吹いた。
私は髪を押さえて顔を伏せる。
「何だと……!?」
先生の驚愕の声が聞こえた。
テラスと反対側、部屋の奥の暗がりを見ている。
二つの違和感。
いまの風、部屋の中から吹いてきたよね……?
それから、姿を消しているはずのみんな。
その向こうに透けて見えるはずの景色が見えない。
さっきまで半透明だった身体が、今はくっきりとしている。
それはつまり、
「よくぞ、ここまで辿り着いた……異界の勇者たちよ」
部屋の奥から不気味な声が響く。
それと同時に全身に悪寒が駆け抜ける。
何かがいる、とても怖ろしく、邪悪な何かが。
なんで今まで気付かなかったんだろう。
明確な敵意を持った怪物が、同じ部屋の中にいたのに。
「しかし、もうすべては遅い。間もなく異界へと通じる扉は開かれるであろう」
こいつが何かをしたから、私たちにかかっていた透明化の術が消えた。
つまり、こいつには私たちの存在がわかっていたってことだ。
「なぜ俺たちに気付いた……」
先生が苦々しげに言葉を吐く。
闇の向こうの巨体を見据えながら。
「姿や
人型をした、全身焦げ茶色の体躯。
異常なほどに膨れあがった筋肉と、肩や腰に生えた角。
シルエットだけを見れば、まるで鎧を纏っているようにも見える。
筋骨隆々とした身体とは対照的に、腕は細く、しなやかだ。
それが本来あるべき所に加えて、お腹の横と背中側の、計六本生えている。
顔の大部分を占める巨大な三つ目。
喋るたびに顎全体が上下する横長の口。
頭から生えた大剣ほどもある巨大な二本の角。
これまで見てきた中で、もっとも怖ろしい外見をした、異形の怪物。
それは、大人しく暗殺されてくれるほど甘い相手じゃなかった。
そうだ、きっと。
こいつが――
「我が名はエビルロード。億千の絶望と、悪夢の世界を統べる者よ」
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