517 罠の洞窟

 冷や汗を拭いながら、私は落とし穴から這い出た。


 みんな心配してるかな……

 と思ったけど、誰も私が落っこちたことに気付いていない。

 薄情だから先に行っちゃったとかじゃなく、エヴィルの集団と戦っていた。


 人間の数倍の背丈はありそうな岩の巨人。

 四人はその集団と向き合っていた。


爆炎弾フラゴル・ボム


 先生が輝術を唱える。

 先頭二体の巨人が爆風に飲まれ砕け散った。


「オラアっ!」


 ヴォルさんが敵の真ん中に飛び込んで、殴る、蹴る、殴る。

 目にも止まらぬ速度で、四体の巨人を次々と粉砕する。


「せい!」


 輝攻戦士化したジュストくんが残った一体の首を撥ね飛ばした。


 戦闘終了。

 カーディは特に何もしてない。

 後には七つの緑色のジョイストーンが転がった。


「ルー、無事だった?」

「あ、うん」


 剣を収めたジュストくんがとても爽やかな笑顔でこちらを振り返る。

 やっぱり私が落とし穴に落っこちたの、気付いてないんだね……


「ここは王の管轄外ではあるが、野生のエヴィルが数多く巣食っている。しかも、どういうわけかトラップが設置されているから、決して気を抜かずに進め。どっかの誰かみたく落とし穴に引っかかったりするなよ」


 先生は逆に気付いてるなら心配して欲しかった!

 というか、そういうことはもっと早く言ってよ!


 とりあえず、これからは慎重に、慎重に歩こう。

 いつ罠があっても回避できるように集中しながらね。


 ぱしっ。

 空気を切る音が聞こえた。

 目の前を右から左に何かが横切った。

 私の左隣を歩くヴォルさんが手に細長いものを握っている。


「なるほどトラップ……って、ずいぶんとチャチなのね」


 それは、先の尖った石の矢だった。

 ……ええと、ヴォルさん余裕そうにしてるけどさ。

 あと一歩踏み込んでたら、私の頭を横から貫いてたよね、それ。

 頭が串刺しになってたよね。


 こわい!

 この洞窟、超こわいよ!




   ※


「おりゃ!」


 ヴォルさんが気合いと共に拳を突き出す。

 彼女の全身から炎のような輝粒子が湧き上がった。

 拳の先か膨れ上がり、通路を塞ぐ巨人たちをまとめてなぎ倒す。


 彼女の攻撃はまるで大砲のよう。

 さらに別方向の通路から巨人の群れがやって来た、けれど。


火炎豪竜巻イグ・トルネード


 そっちは先生が放った炎の竜巻に巻き込まれて、あっという間に炭になった。


 戦闘終了。

 丁字路で両方から挟み撃ちされたときはどうなるかと思ったけど……

 後方から援護くらいはするつもりだったのに、結局最後まで出番がなかったよ。


 というか、この二人が強すぎ!


 これで岩の巨人に襲われるのは四回目。

 私もカーディもジュストくんもまったく出番無し。


 エヴィルストーンの色は、そのエヴィルの大体の強さを表してるらしい。

 赤が一番弱くて、オレンジ、黄色、緑……というふうに変わっていく。


 そう考えれば、緑のエヴィルストーンに変化する岩の巨人は、決して弱くはない。

 どころか、ミドワルトに侵攻して来たケイオスにも匹敵するくらいのはず。


 なんだけど、先生とヴォルさんの前ではザコ敵同然!

 こんなに楽しちゃってていいのかなって感じだよ。


「さっきから同じ敵しか出てこないわね。毎回毎回、馬鹿の一つ覚えみたいに集団で突っ込んでくるだけだし。こんなんじゃ退屈すぎて身体が鈍っちゃうわ」

「止まれ、赤いの」


 文句を言いながら先行するヴォルさんをカーディが呼び止める。

 振り返ったヴォルさんはすごく嫌そうな顔をしていた。


「なによ吸血鬼。人を色で呼ぶの止めてくれない」

「お前の足下にトラップがある。そこから一歩でも動けば発動するよ」


 苦情を無視して、カーディは伝える。


「マジ?」


 岩の巨人以上に怖ろしいもの。

 それは、洞窟内の至る所に仕掛けてある罠。

 私が最初に落とし穴に落ちそうになった後も、何度もやられそうになった。


 飛び出す杭やら、氷みたいに滑る床やら、ぬめっとした岩が落ちてくるのやら、致死性のあるものから嫌がらせみたいなものまで様々な罠があった。


 私が二回目の落とし穴にハマって串刺しになりかけてから、カーディが常に微弱な電流を発して、違和感のある地点を探ってくれている。


 おかげで、それそれ以降は事前に回避することができてたんだけど……


「……ふーん」


 ヴォルさんは面白くなさそうに唇を尖らせ、


「えいっ」


 カーディの忠告を無視して足を上げた。

 どこからともなく地鳴りのような音が聞こえてくる。


 ゴゴゴゴゴ……


 後ろを向いてみると丁字路のもう片方から通路を埋め尽くすような巨大な丸い岩塊が転がってきていてぎゃあああ!


「ぎゃあああ!」

「ルー、危ない!」


 軽くパニックになる私を庇うようにジュストくんが前に出た。

 彼は剣を鞘から抜いて、迫る大岩を睨み付ける。


「せいっ!」


 ヴォルさんがジュストくんを飛び越えて大岩の前に降り立った。

 拳から放たれる炎のような輝粒子が巨岩を粉々に砕く。


 それから数秒後。

 土煙の中、気まずそうに頭をかくヴォルさんがいた。


「いやあ、ごめんごめん。まさかそっち側に来るとは……」

「怖かった! 超怖かったですよ!」

「無事だったらおっけーってことで」


 でもびっくりした!

 っていうか、前に進んじゃダメってカーディが言ったのに!


「ヴォル、無事なら良いというものではない。さっきも言ったが先は長いんだ、余計な体力の消耗は後に響くぞ。次からはしっかりカーディナルの言うことに従え」

「はーい」


 先生がヴォルさんを叱った。

 他にこの人を怒れる人なんていないだろうなあ。

 本当にめちゃくちゃフリーダムな人だから、もっと言ってあげて。

 ふと、剣を鞘に収めながらジュストくんが複雑そうな顔をしていることに気づいた。


「どうしたの?」

「いや、僕まったく役に立ててないなと思って……」


 それは仕方ないと思うな。

 だって、先生とヴォルさんがものすごく張り切ってるんだもん。


 いや、待って。

 そんなこと言ったらジュストくんが二人より活躍できないって風に取られちゃいそう。

 ええと、なんてフォローしようか……

 そうだ!


「大丈夫、私もなにもやってないから!」

「あ、うん」


 あれれ。

 なんか余計に落ち込んじゃったみたい。


「お前は援護くらいできるだろう。もう少し働け」


 ぼかり。

 先生にいきなり頭を殴られた!

 痛くないからいいけど、いま結構強く叩いたよね!?


「ジュスト、お前の出番はまだ先だ。ヴォルとお前では適所が違う。時が来るまで力を温存するのも大事な役目だ。間違っても功を急いで無茶はするなよ」

「わかりました」


 おお、さすが先生。

 適切なアドバイスにジュストくんは素直に頷いたよ。

 というか、同じ先生の弟子なのに、なんか私にだけ冷たくありませんか?




   ※


 洞窟の中をさらに奥へ進む。

 すると、目の前に大きなドアが現れた。

 ここに来て初めて目にする、罠以外の人工物だ。


 さて、これが罠じゃないって保障はどこにもない。

 慎重に考えて対処しないとまたひどい目に合うかもしれない。


「開けるわよ」


 とか思ってたら、ヴォルさんがあっさり開けちゃった!

 でも先生もカーディも止めないし、大丈夫なのかな?


 扉の向こう側をのぞき込む。

 そちらも同じような岩の風景が続いていた。


 怖いもの知らずのヴォルさんは躊躇うことなく進んでいく。

 やや広く、不自然に削り取られたような感じがするけど、とくに変わったところは――


 フッ。


「え、えええええっ!?」


 急に真っ暗になった!

 これまでは普通に見えてたのに。

 洞窟全体が闇に閉ざされて、何も見えなくなる。


「み、みんな無事!?」


 とりあえず、私は近くにいるはずの仲間たちに呼びかける。


 返事はない。


 ………………えっ。

 えっ、えっ。

 なんで?

 嘘だよね?


「みんな!? ジュストくん、カーディ! ヴォルさん! 先生っ!?」


 しーん。

 なんの反応もない。

 うそ、ちょっと止めてよ本当に!

 だって、数秒前までみんな近くにいたじゃない!

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