509 不時着

 私たちの乗ったトリは、そのまま三十分ほど飛び続けた。

 敵はどこから狙っているのかわからない。

 定期的に砲撃が続いていた。


 飛んでくるのは黒い謎の塊。

 先生は上手く機体を操縦してそれをかわす。

 ようやく攻撃が止んだところで、とりあえず一息ついた。


「随分手こずったな……」

「そ、そろそろ着陸しませんか……?」


 うええ。

 激しく上に下に右に左にと揺れるから、すごく気持ち悪い。

 出発前にいっぱい食べたのもまずかった。

 もう吐きそうだよう……


「そうだな、あまり距離が離れては面倒だし、この辺りで――」


 先生の言葉が不自然に途切れる。

 視線はパネルの一点に注がれていた。


 なんかね、細長い四角形の図形があってね。

 その下の方が赤色に点滅してるの。


「あの、まさかそれって」

「ヤバいな。燃料切れだ」


 言うが早いか、急にガクンと高度が下がった。


 おちる!

 落ちてる!


「ちっ。仕方ない、緊急脱出するしか――」

「待って! 先生まって行かないで! 私動けない!」


 死ぬから、これ放置されたら死ぬから!

 ちょっと本当に冗談じゃなくて助けてよ!?


「わかったよ仕方ないな。不時着するから衝撃に備えろ」

「どうやって!? この状態の私になにをどうやって備えろっていうの!?」

「いいから口を閉じてろ、舌を噛むぞ!」


 トリはぐんぐんと地面へ近づいていく。

 先生がパネルを操作すると少しだけふわっと浮かび上がった。

 機体は方向を変え、森を避けて、岩陰あたりの剥き出しの地面へ吸い込まれていく。


 ぐんっ、と急減速。

 身体を拘束する帯にお腹が食い込む。

 すぐ右側は岩山で、ちょっと操縦ミスしたら激突する。


 前方に岸壁に小さなくぼみがあった。

 トリがその中に入っていく。

 ズン……


 小さな衝撃はあったけど、無事に着陸成功したみたい。




   ※


「ふう」


 先生が一息吐く。

 パネルを操作し、座っていた椅子を引っ込めた。

 壁面に映っていた周囲の景色が消え、機内は真っ白に戻る。

 それから先生は私の前で片膝を立てた。


「解いてやるからジッとしてろ」


 先生の手が固定された私の身体に伸びる。


「変なところ触らないで下さいよ?」

「そうだ、いっそのこと極大閃熱砲メガ・フラル・カノンで焼き尽くすか。頭だけ残しておいて蘇生したほうが早そうだ」

「嘘です! 冗談だから!」


 先生は私の身体と帯の間に手を入れ、一つずつ閃熱フラルで焼き切ってくれた。

 ようやく自由を取り戻した私は、先生に続いて開いた床から外に出る。


 着陸したのは小さな洞窟。

 結構な奥行きがある、幅広の岩穴の中だった。

 ただし入口は狭く、外からじゃ中に隠れていることはわからなそう。


「これからどうするんですか?」

「先に降ろした三人と合流する。通信するから待ってろ」

「通信?」


 先生はその場に座り込んで目を瞑ってしまった。


 おーい。

 もしもーし?

 なにしてるんだろうね。


 声をかけたらまた怒られるかな。

 それは嫌だから、黙って待ってよう。

 とりあえず、外の様子でも調べてみよっと。


 洞窟の外は砂地だった。

 左側は峻険な岩山が天高く聳えている。

 右側は少しの砂地が続いた後、真っ暗な森林地帯になる。


 ここから見える景色はそれだけ。

 岩山を登るか森に入ってみないと、どこにも行けそうにない。

 とは言っても、どこにエヴィルがいるかわからないし、下手に動くのは……ん?


 何か、視線を感じる。

 誰かに見られているような感じ。

 私は首を振って周囲の様子をを確かめた。


 すると、森の入口の所で二対の目を発見する

 薄黒い木の幹に身体を隠して、こっちを見ている子どもがいる。


 ……子ども!?


 遠くて顔はよく見えない。

 けど明らかに人間の子どもだ。

 短髪の男の子と、髪の長い女の子。

 どっちも不思議な前合わせの衣装を着てる。


 私が気づいたことに気づいたのか、二人は慌てたように顔を見合わせた。

 そのまま身を隠すように急いで森の中に入っていく。


 なんで人間の子どもがこんな所に? 

 と、二人の近くの木陰に四つ足の生き物を見つけた。

 最初は小型の犬かと思ったけど、よく見ればそうじゃない。


 紫色の体毛。

 頭に生えた鋭い角。

 あれは……間違いない、キュオンだ!


 魔犬のエヴィル。

 その獰猛さは歴戦の輝士も恐れるほど。

 平均的な個体より随分小さいけど、だからって凶暴じゃないとは限らない。

 なにせエヴィルは人類の敵なんだから!


 このままじゃあの子たちが危ない、早く助けなきゃ。

 私は炎の翅を翻して、一気に森の方まで飛んだ。

 森の中に入っていこうとして――躊躇する。


 このまま森に入ったら、炎の翅が木々に燃え移るかもしれない。

 下手したら大火事になって、私たちがここにいることが他のエヴィルにバレるかも。


 ……ええい、構うもんか!

 それより子どもたちの命が大事だ!

 できるだけ木々に当たらないよう、低い位置を滑空して追いかける。


 すぐに二人の後ろ姿が見えた。

 その後ろを小さなキュオンが追っている。


火蝶弾イグ・ファルハ!」


 私は火蝶を飛ばして攻撃した。

 その瞬間、女の子の方が立ち止まる。

 こちらを振り振り向き、小さなキュオンに――


「いじめちゃダメえっ!」

「えっ」


 予想外の行動。

 驚いた私は慌てて火蝶を消した。

 そのまま蹲る女の子に近づき、地面に着陸する。


「テロをいじめないで! この子はちゃんと言うこと聞くいい子なの!」

「……えっと」


 どう見てもキュオンを庇っているようにしか見えないよね?

 もしかして本当にただの犬で、エヴィルと思ったのは勘違いだった?


 でも、女の子の腕の隙間から顔を出ている犬は、どう見てもキュオンにしか見えない。

 紫色の体毛はともかく、感じられる輝力はまちがいなくエヴィルそのものだ。


 普通の犬じゃないのは確か。

 けど、子どもたち襲う様子は見られない。

 その時になってはじめて、私は重大なことに気付いた。


 女の子の頭に、まるで髪飾りみたいに小さな三角形の角が二つ、髪の毛の中からちょこんと生えてる。


「ご、ゴメンよ! のぞき見するつもりじゃなかったんだ!」


 戻ってきた男の子が私を見上げながら言う。

 こっちも同じように角が一本、頭の真ん中から生えていた。


「森でキノコを採ってたら、すごい音がしたから、びっくりして見に行ってみただけなんだ。絶対に誰にも言わないから、秘密を知ったオイラたちを許してくれよ!」


 この子たち、人間……?

 そういうファッションの部族?

 いやいや違うでしょ、ここはエヴィルの世界だし。


 人間と似た姿。

 けど、微妙に違っている。

 それなのに会話ができるってことは、この子たちは――


「姉ちゃん、ケイオスだろ!」

「は!?」


 言おうとしていたことを先に言われた。

 な、なんで私がケイオス!?


「あなたたちこそケイオスじゃないの?」

「何言ってんだ、オイラたちまだ子どもだぞ」


 いや、確かにそうなんだけど、でもその角は……


「で、姉ちゃん、やっぱりケイオスなの?」


 角の男の子は目を輝かせて私を見上げている。

 小さいキュオンを庇っていた女の子も顔を上げている。

 何か期待されているような感じだけど、違うものは違うから。


「違うよ私は――もがっ」

「そうだ。俺たちはケイオスだ」


 せ、先生!?

 いきなり後ろから現れた!

 しかも私の口を塞いで、とんでもないことを言う。


「やっぱり! うわあ、始めて会ったよ! オイラはテン、よろしくね!」

「シャヒです……どこの部族の方なんですか?」


 男の子の方がテン君。

 女の子の方がシャヒちゃんって言うらしい。

 テン君は無邪気に喜んで、シャヒちゃんは恐る恐るって感じで質問してくる。

 その質問には先生が答えた。


「人妖族だ。さっき、こいつの翅を見ただろう」

「人妖族! それって、すごい技術を持ってる部族だろ! いろんな道具を発明する……それじゃもしかして、さっきものすごい勢いで飛んでた、銀色のデカいのも!?」

「機密事項なので詳しくは話せない。それより、お前たちの集落に案内してもらえるか?」


 な、なんなの? なんなの?

 ふたりの話が私にはさっぱり理解できない。


 人妖族?

 なにそれ?


 ただ一つわかるのは、先生が嘘を吐いてるってこと。

 私たちをケイオスだと思っている、この子たちはいったい何者なの?

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