503 化物の領域

 知ってる場所を見つけるまでちょっと迷った。

 けど、少し歩いたらすぐ見覚えのある廊下に出た。

 そこからは今朝に通った道を辿って、闘技場へと向かう。


 いそげ、いそげ!

 全力疾走で角を曲がった所で――

 廊下の突き当たりの丁字路を、右から左へと歩いている人影が見えた。


「ジュストくん!」


 名前を呼ぶと、ジュストくんは立ち止まってこっちを見た。


「ああ、ルー」

「はぁはぁ。テストは、もう、終わったの?」

「うん……」


 あれ、なんだか元気ないみたい。


「えっと、もしかして、ダメだったの?」

「え、いや」


 なぜか歯切れが悪い。


「ベラお姉ちゃんと試合したんだよね?」

「うん」

「それで、どっちが勝ったの?」

「……ごめん」

「なんで謝るの?」


 なんだろう、答えたくないってこと?

 やっぱり負けちゃったの?

 はっ。


 ま、まさかとは思うけど、ジュストくんとベラお姉ちゃん、両方とも……


「マール王国の人に負けちゃった、とか……?」

「え? いや、彼はベレッツァ様にあっさり倒されたけど」


 なんだ、ビックリした。

 ちなみにベレッツァっていうのはベラお姉ちゃんの本名ね。


「反攻作戦のメンバーには僕が選ばれたよ。明日は一緒にがんばろうね」

「あ、うん」


 なんだ、やっぱりジュストくんが勝ったんじゃない。

 じゃあなんで、そんなに暗いの?

 っていうか……


「明日!?」

「えっ、どしたの?」

「反攻作戦ってそんな急なの?」

「大賢者様からはそう聞いてるけど……」


 私は聞いてない!

 いくらなんでも急すぎませんか!?

 いや、いやいや、落ち着け私、先生が唐突なのはいつものことじゃない。


 むしろ、緊張したまま延々と待たされるよりマシって考えよう。

 おーけー?


「あ、ってことは、お姉ちゃんは選ばれなかったんだ」

「……うん」


 ジュストくんは気まずそうに目を逸らす。


 何かあったのかな。

 落ち込んでるなら聞いてあげたいけど……

 それより今は、お姉ちゃんに会いに行かなきゃ。


「お姉ちゃんはまだ闘技場にいる?」

「たぶん」

「わかった、ありがとう」

「待って!」


 通り過ぎようとした私をジュストくんは大声で呼び止める。


「今は、行かない方がいいかも……」

「でもお姉ちゃん、選ばれなくて落ち込んでるかもしれないし」

「だから……いや、ごめん。僕が止める資格はないや」

「ねえ、本当にどうしたの? なにかあったの?」

「ベレッツァ様は反抗作戦に代表になりたかったんだ。なのに、僕が勝っちゃったから」


 ああ、なるほど、そういうことね。

 お姉ちゃんは代表に選ばるためにやって来た。

 さっき話したときも、ずいぶん意気込んでるようだった。

 輝士団でがんばって出世したのも、自分の手で世界を守りたかったからに違いない。


 お姉ちゃんのそんな気持ちが、試合をしたジュストくんにも伝わったんだと思う。

 けど、ジュストくんにも英雄王さまの息子っていう譲れない立場がある。

 どっちも負けられない戦いだったはず。


 それがぶつかり合った結果としてジュストくんが勝っただけ。

 お姉ちゃんの気持ちを考えてくれたんだね。

 ジュストくん、優しいから。

 でも、それはちょっとお姉ちゃんを侮りすぎだよ。


「大丈夫。お姉ちゃんはそれくらいで落ち込むような人じゃないって」


 私は握り拳を突きだした。

 これから肩を並べて戦うっていう、輝士さまの合図。


「お姉ちゃんは私が励ますから、ジュストくんは気にしないで。明日は一緒にがんばろうね」

「……うん」


 ジュストくんも軽く拳を握り、私の手に触れる。

 大丈夫、心配することないんだよ。


「それじゃ、また明日ね!」


 私はジュストくんに手を振り、闘技場へと向かった。




   ※


 次の角を曲がれば闘技場の前。

 そこで聞こえた怒鳴り声に私は思わず足を止めた。


「納得できるわけがないでしょう!」


 うわっ、何なに?

 今のって……ベラお姉ちゃんの声?

 私は壁際に張り付き、そーっと角から向こう側様子を見た。


 闘技場のある広い空間。

 中はひどくガランとしていた。

 そこには二人のひとがいるのが見える。

 ベラお姉ちゃんと、グレイロード先生だ。


「実力で負けたならまだしも、あのような形で敗北するなど……」

「言い訳とは輝士らしくないな。手も足も出なかったのがそれほど口惜しいか」

「言い訳などでは!」


 なんだろう、言い争いしてるみたい。

 その話の内容よりも、お姉ちゃんの声に胸が痛くなった。

 こんなふうにベラお姉ちゃんが感情的になる姿を、私は始めて見る。


「やつ自身はなんの力も持っていない。剣術も素人とは言わないが、技量は私の方がずっと上のはずだ。私はあいつに負けたんじゃない、あの『剣』に負けただけだ!」

「それを使いこなしているのは誰だ? 伝説級の武器ならばお前も持っているだろう」

「次元が違う! 魔剣ディアベルはそれでも一個の武器に過ぎません、ですが、あの男の持つ武器は、あの力は――」

「卑怯だとでも言いたいのか」


 先生がそう言った後、しばらくの沈黙があった。

 私はもう少し顔を出して二人を観察する。


「その卑怯なまでに理不尽な力を扱えるのがファーゼブル王家の資質だ」

「……私はこれまで血の滲むような努力をしてきました。剣も輝術も」

「ジュストの才能はそんなお前の努力を軽く凌駕した。それだけの話だ」

「ただ道具の力を扱えるというだけの才能が、そんなに重要だというのですか!」

「その通りだ」


 また、お姉ちゃんは黙ってしまう。


「あの力を肌で感じて、お前は何と思った?」

「……あれは、化け物だ」

「俺たちが挑むのはそういう戦いだ。努力では決して辿り着くことのない領域。天性の資質を持つ者だけが立ち入りを許される。ジュストだけではない。俺も、ヴォルモーントも、ルーチェも、同じ化け物だ」

「……っ!」


 ちょっと待って!


 先生はわかる。

 ヴォルさんもわかる。

 けど、私のどこがばけものだ!


 は普通の女の子ですよ。

 ちょっと輝術が使えるだけのか弱い女の子だよ。

 ほら、ベラお姉ちゃんも黙っちゃわないで、なんか言い返してよ!


 ぎりり、と私は憤りながら右手で壁を掴む。


「……あれ」


 右手。

 闘技場。


 ……この手。

 昨日までとは、違う手。

 前の手はさっき先生と戦った時に斬り飛ばされて、闘技場のどっかに置いてきた。


 ずいぶん前から、痛みを感じることのない私の身体。

 ……普通の女の子って、輝術師十数人を相手にして「殺さないように手加減しなくちゃ」とか考えながら戦ったりするんだっけ。


 あれ、あれ。

 おかしいな。

 なんか変だ。


「お前は強い。人として辿り着ける力の限界に近い輝士だ」

「……」

「口惜しい気持ちはわかる。だが、無理をしてこちら側に足を踏み入れる必要はない。お前はお前にできることをやるんだ」

「私に、できること……」

「守ってやれ。あいつの帰るべき場所を」

「……はい」


 あれ、あれれ。

 どうしよう、なんか気持ち悪い。

 ベラお姉ちゃんと先生はまだ何か喋ってる。

 けど会話は頭の中にまで入ってこない。

 どうしよう、どうしよう。


 ぽむ。

 そうだ、もう寝よう。


 きっと疲れてるんだよね。

 朝からテスト、会議、代表選びと忙しかったし。

 ベラお姉ちゃんに声をかけるのは明日になってからでいっか。


 あれ、明日ってもう反攻作戦だっけ。

 なおさら寝なきゃ。

 ねなきゃ。


「大賢者様の仰る通りです。形はどうあれ、私のこの命をルーチェ様に捧げておりますから……」


 私は闘技場前を後にして、用意してもらった自室へ戻ることにした。

 ふらつく足取りでどうやって辿り着いたのかは覚えていない。

 気がついたらベッドの上でぐっすりと眠っていた。

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