455 紫の輝術師
『次、三十四番と三十九番』
スピーカーから先生の声が聞こえてきた。
ガラスの側でたむろしていた白の生徒二人が、サーチさんに案内されて扉の向こうに消えていく。
ジュストくんと私は並んで長椅子に座る。
後ろの席に移動したスチームの顔をちらりと見る。
彼は悔しそうな顔でジュストくんの背中を睨みつけていた。
「わざと輝攻戦士化せずに曲芸で相手の心をへし折るとはな。見かけによらず性格の悪い男だ。だが覚えておけよ。次の試験の内容は知らんが、俺を相手にあんなヌルい戦法で挑んでくるなら……死ぬぜ」
なにこいつ!
どうしてそんな憎まれ口叩くの!?
素直にジュストくんがすごいって認めれば良いのに!
ジュストくんはスチームの方を向いて、真顔でこう言い返した。
「イカサマの手品を見せつけて、勝った気になるよりマシだと思いますけど」
「な……」
ぷぷっ。
私は思わず口元を抑えた。
ジュストくんが言っているのは昨日の街中でのこと。
正面にいたはずが、いきなり背後を取ることで、異次元の動き見せつけたスチーム。
最初はすごい達人だって思ったけど、あれって単なる幻覚系の術を使ったフェイクなんだよね。
遠目から見たらすぐに気づいたし。
ジュストくんだって二回目にはわかってたんだから。
顔を赤くするスチームに、ジュストくんはさらに追い打ちを掛ける。
「それと誤解してるようですけど、わざとならなかったんじゃなく、僕はひとりじゃ輝攻戦士になれないだけですから」
「は?」
ええっ、それ言っちゃうの?
せっかく周りが勘違いしてくれたのに。
わざわざバラす必要もないと思うんだけどな……
それか、知られたところで、誰にも負けない自信があるのかも。
「ちっ……くだらんわ!」
馬鹿にされたと思ったのか、スチームは私たちから離れていった。
ふふん、これでもうわかったでしょ、ジュストくんはすごいんだからね。
「次はルーの番だね」
「えっ」
なにが?
「ルーならきっと誰が相手でも勝てるよ。白の生徒って言っても、みんながダイみたいに強いわけじゃないみたいだ」
ああそっか、私も呼ばれたら戦わなきゃいけないんだ……
しかも、そんな周りの人たちを挑発するようなこと言ってくれちゃって。
ううう……心なしか私たちを見る周りの目が、急速に冷たくなってるんですけどっ。
※
ジュストくんに負けたアサドーラさんは控え室に戻ってこなかった。
そのまま別の場所から外に出て行ったのかもしれない。
つまりはもう失格なんだろう。
その後も数組の白の生徒たちが戦った。
そのほとんどは輝攻戦士。
もちろん、中にはそうじゃない人もいたけど……
その場合は腕の立つ輝術師だったりして、みんなすごい激戦を繰り広げている。
ただし、実力が伯仲してる分、まともに決着がつかない。
時間切れからの両者失格の流れが何度も続いた。
中には闘技場に入るなり、二人で示し合わせて先生に襲いかかって、あっさりと返り討ちになった哀れな人たちもいたけど。
いまの所、サーチさんの横のドアから戻ってきたのは、ジュストくんひとりだけ。
もうこの控え室に残っている人は十人もいない。
スチームは部屋の端っこで、ちらちらとこっちを見ている。
気になるのは、スチームが要注意って言っていた紫の輝術師さんもまだ呼ばれてないことだけど……
さっき真っ先に拍手してくれたから、あんまり悪い印象はないんだよね。
でも、かなり強い人みたいだから、戦いたくはないなあ。
どうせならスチームと当たればいいのに。
そうこうしているうちに、ついに私の番号が呼ばれた。
『次、三十二番と四十九番。さっさと来ないとぶっ殺すぞ』
なんか先生も苛立ってるし!
すっごく行きたくない!
ううう、でも仕方ないよね。
ジュストくんも応援してくれてるし、少しだけ頑張ってみよう。
ええと、私の相手の三十二番の人は……三十二番?
なんかどっかで聞いたことあるような番号だね。
「よろしくお願いします」
サーチさんの所で挨拶をしてる紫色の輝術師さん。
つまりこれはあれだよね。
どうしよう。
「頑張ってね、ルー」
がんばりたくない!
なんでよりによって、一番危ないって言われてる人と戦わなきゃいけないの!?
「……いってきますよ」
おなか痛いっていったら許してくれないかな。
だめかな、どうかな。
だめだよね。
わかってるよ。
※
サーチさんに付き従って、私たちは通路の奥へと進む。
「このまま通路沿いに進めば闘技場に出る」
ある程度歩いたところで、サーチさんはひとりで引き返していった。
私は紫の輝術師さんと二人っきりになってしまった。
これから戦うと思うと気まずくて仕方ない。
「白の生徒には、君のような若い子もいたのだな」
うわ、話しかけてきた!
「えっと、はい……」
どうしよう。
下手なこと言って怒らせたくない。
「とはいえ、大賢者から見込まれる程の少女だ。決して侮ってはいけないのだろう」
「い、いえ。それほどでもないです」
「君の相方の少年は本当に凄かった。ここまでの中では一番の合格候補だろう」
「あ、ありがとうございます……?」
「私はエタンセルマン。これから戦う相手に変かもしれんが、よろしく頼むよ」
「えっと、はい。ルーチェです。よろしくお願いします」
ひょっとしたら、いい人っぽい?
さてはスチームのやつ、脅かそうとして適当なこと言ってたんだな。
きっとそうだ。
少し気持ちが軽くなった私は、エタンセルマンさんの隣を並んで歩いた。
やがて、闘技場のある部屋に辿り着いた、その時。
気楽な気持ちはいっぺんに吹っ飛んだ。
「遅えよバカ共」
わぁお。
久しぶりに会ったのにすっごいケンカ越しだよこの先生。
私は思わずエタンセルマンさんの影に隠れて、ぺこりと軽く頭を下げた。
「馴れ合ってねえでさっさと始めろ。こっちは退屈な試合ばかり見せられてイラついてんだからよ」
そんなこと言ってもさ。
先生の決めたルールが悪いと思うよ。
白熱した接戦ばっかりなのに、時間切れは両方失格なんて。
そりゃ消化不良になるに決まってるし。
もちろん言わないけどね!
「では、始めましょうか」
エタンセルマンさんも先生の性格は把握しているみたい。
逆らうことも馴れ馴れしく挨拶することもなく、私に向き直った。
正直、なんで試合なんてしなきゃいけないのかよくわからない。
どうしても勝ちたいってわけじゃないから、適当に済まそうと思う。
「あの、相談があるんですけど」
私は先生から見えない角度で、こっそりエタンセルマンさんに耳打ちした。
「時間内に勝ちは譲るんで、適当に戦ってるフリしてもらえませんか」
どうもこの人はいい人っぽいし、マジメに戦って大怪我したらバカらしい。
だからって逃げてばっかりの戦いじゃ先生から怒られそうだし。
ここは示し合わせてやり過ごすのが一番だよね。
とか考えてたんだけど。
「……俺の目の前で八百長の相談とか良い度胸だな。くだらねえお遊戯なんて見せてみろ、てめえら二人まとめて三日三晩の特別授業だ」
うぐあっ。
き、聞かれてた……
さすが大賢者さま、なんていう地獄耳。
「そういうわけだ。輝術師らしく、お互い真摯に戦おう」
ううう、ですよねー。
とても嫌だけど、私は大人しくリングに上がった。
その途端。
(ルーチェさん、聞こえますか?)
「はわっ!?」
耳元でささやく声が聞こえる。
首を振って周囲を確認。
正面の少し離れたところにエタンセルマンさん。
リングの縁にグレイロード先生。
他には誰もいない。
っていうか、先生がもの凄い眼でこっち睨んでる!
(ああ落ち着いて、慌てないで)
幻聴かと思ったけど、声はまた聞こえた。
あれ、この声ってもしかして……
正面のエタンセルマンさんを見る。
彼はぼそぼそと口元を動かしていた。
(私だよ。特殊な術を使って、君の頭に直接話しかけている。聞こえていたら左手の指先を軽く動かしてくれ)
と、特殊な術?
もしかして、これも輝術なの?
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