450 ほーむしっく
音楽に聞き入ってるフレスを試聴コーナーに残して、ひとりでお店の中をぐるりと回る。
しかし、すっごい大きい
風音機の本体も売ってる。
うわ、いまの風音機ってこんなに小さいの?
ファーゼブル王国と新代エインシャント神国の文化の違いか。
はたまた私が旅をしている半年くらいの間に技術が大きく進歩したのか。
その小型風音機は風音盤をそのまま四角くして、もう少し厚みを持たせたくらいサイズだった。
記憶にあるうちの風音機は、戸棚の上いっぱいをドデンと占領していた。
両手で抱えなきゃ持てないくらい大きいのが普通だと思ってたのに。
値段を確認。
……これなら買えるなあ。
いや、金額だけなら余裕はあるけど。
さすがに余計な荷物になるから止めておこう。
ああでも、フレスが気に入った曲があるなら、風音盤の一枚くらいなら買っても良いかも。
と言っても風音機の本体は輝線の繋がっている
彼女がそれを故郷の村に持ち帰ってもしょうがないんだけど。
そういえば、フレスはこれからどうする予定なんだろう。
彼女が旅を続けていた理由って、私よりもさらに曖昧なんだよね。
この半年間の旅の中で、何か価値あることを見つけられたりしたのかな?
「そろそろ行こうよ」
「あっ、はい」
いつまでも音楽に夢中になってるフレスを引きはがして次の店へ。
彼女は名残惜しそうにしながらも素直についてきてくれた。
次はもっとすごいところに連れて行ってあげるからね。
※
やってきたのは映画館。
映水機があれば、自宅でも映画は見れる。
けど、やっぱり臨場感を味わいたいなら大画面だよね!
現在上映中の作品は三つ。
悪のドラゴンをやっつける王道の輝士物語。
それから宮廷恋愛モノ。
残念ながら私の大好きな神話戦記の巨大人形
「いっぱいあるけど、何がいい?」
「私はよくわからないので、おまかせします」
「ダメ。フレスが決めるの」
「えっと……じゃあ、これで」
フレスはちょっと迷った末、宮廷恋愛モノを選んだ。
「おとな二人分で」
「まいど」
受付のおばちゃんにお金を払って映画館の中へ。
正面には巨大な
座席についてしばらく待つと、輝光灯が消えて真っ暗になった。
水槽がぐにゃりと歪んで青い光を放ち始める。
「わあ……」
光はさらに色とりどりに形を変え、どこかの海岸の風景になった。
さすがに実際の景色ほど鮮明じゃない。
やや霞がかかったような感じだ。
波が打ち寄せている、ここじゃないどこかの景色が映っている。
やがて、そこに一人の女性が歩いてきて……
と、いった感じに映画は始まった。
内容は本当によくある宮廷恋愛モノだった。
とある地方領主の娘がお忍びで遊びに出かけ、そこで偶然であった隣国の王子様に一目惚れして――
いろいろあったけど、ふたりは結ばれてめでたしめでたし。
先の展開は読めちゃったけど、音楽と演出が良かったから、最後まで退屈せずに楽しめた。
上映が終わり、輝光灯の明かりがつく。
「どう、おもしろかっ……」
隣の席に座るフレスを見て、私は思わず言葉に詰まる。
彼女はただの水槽に戻ったスクリーンを凝視しながら、滂沱の涙を流していた。
「すごく、よかった、ですっ」
「あ、うん。それはよかったね」
そっかあ、うんうん。
楽しめたならよかった、かな?
まさかこんなありきたりのお話でそんなに感動するとは思わなかった。
映画館を出る。
外はもう真っ暗だった。
冬場なので、それほど遅い時間じゃないけど。
私たちは近くにあったおしゃれなカフェに入った。
「あんなに感動したの初めてです。ヒロインの切ない気持ちを考えると、涙が止まらなくって……」
フレスはうっとりした表情で先ほどの映画の感想を語る。
私はテーブルに肘をついて、そんな彼女を微笑ましく眺めていた。
「あ、ごめんなさい。私ばっかり喋って」
「ううん。喜んでもらえたなら私も嬉しいよ」
「服まで買ってもらっちゃって、なんだか申し訳ないです……」
「いいの。っていうか、使ったお金はみんなのものだし」
私の財布から出しただけで、元はエヴィルストーンを換金したものだしね。
ところで。
「ねえフレス」
「はい、なんですか?」
「うーん、やっぱりまだ無理かあ」
彼女の丁寧な言葉遣いは、やっぱりすぐには変わらないみたい。
実は私もずっと「フレスさん」って呼んできたから、急に呼び捨てにするのはちょっと抵抗があるんだけどね。
「あ、と……ごめんなさい」
「まあいっか。今日は私も楽しかったし」
打ち解けてもらうためって理由で連れ出したのは確かだけど、私も久しぶりに思いっきり遊んだから、時間を忘れて楽しんじゃった。
けど、ジュストくんも待ってるし、そろそろホテルに戻らなきゃ。
「ルーチェさん」
「なに?」
「今日は本当にありがとうございました。すごく、本当にすっごく、楽しかったです」
「や、やだな、そんなあらたまって」
「私はこんな性格だから簡単には変われませんけど、白の生徒だからとかじゃなくて、その、私、本当にルーチェさんのこと、大好きですよ」
「え、えええ?」
「もちろん友だちとして、です」
そう言ってフレスはくすりと笑う。
だよね、どこかの一番星の人みたいな意味じゃないよね。
わかっていても、そんなセリフを照れた表情で言われたら、こっちまで赤くなっちゃう。
「じゃあ、そろそろ帰ろっか」
「そうですね。ルーチェさん、明日は大変な試験が控えてますもんね」
「あ、うん」
楽しかった気分が急に冷める。
フレスも当然私が先生のテストを受けると思ってるみたい。
ジュストくんの前で嫌がってたのも、たぶんポーズというか、冗談だと思われてる。
そうだよねえ。
先生に会うのが目的って言って旅をしてきたんだもん。
いまさら途中でやめましたとか、ずっと一緒にいた仲間たちにも失礼だよね。
でも、正直やだなあ……
「フレスは明日からどうするつもりなの?」
「特に考えてはいません。ルーチェさんたちが忙しくなるようでしたら、しばらく神都に滞在した後、ひとりでクイント国に戻ろうと思います」
「そっか」
みんなで半年かけて来た道のり。
ひとりで帰るのはとても大変だと思う。
けど「一緒にみんなで帰ろう」とは言えないよね。
※
ホテルに戻ると、ジュストくんはもう寝ていたらしく、部屋から出てこなかった。
交代で部屋のお風呂に入って、注文した軽食を食べ終わる頃には眠気が襲ってきた。
時刻はまだ九時前。
でも、やけにまぶたが重い。
疲れが溜まっているのかもしれない。
「もう寝ましょうか」
「うん」
ベッドに潜り込んで輝光灯の明かりを消す。
「おやすみなさい、ルーチェさん」
「うん。おやすみ」
毛布を頭までかけて目を閉じる。
高級ホテルだけあって、あったかふわふわ。
ごはんも美味しかったし、お風呂は気持ちよかったし。
今日はいい夢が見られそう。
それにしても、今日は楽しかったなあ。
ようやく長い旅路も終わったことだし、たまにはこんな日があってもいいよね。
なんだかフィリア市にいたときの事を思い出しちゃった。
ぽろり。
あれ?
ぽろ、ぽろ。
あれれ? なんだろ。
なんで涙がでてくるんだろ。
明日はいよいよグレイロード先生に会う。
まだ気が緩むには早いのに。
……うわあ、ダメだ。
今まで考えたこと無かったって言えば嘘になる。
けど、でもそれは口に出しちゃいけないて思ってた。
でもなんで? どうして私はこんなところにいるんだろう。
フィリア市を出て旅に出る。
それは最終的には自分の意思で決めたこと。
だけど、全く後悔がないっていえばそんなことなくて。
「うちに帰りたいなぁ……」
どうしよう、涙が止まらない。
声がフレスに聞こえないよう強く唇を噛む。
眠りに落ちるそのときまで、私は枕に顔を埋めて泣きました。
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