445 到着

「マール海洋王国南方の茶所で仕入れたアクティオンティーは絶品ですよ。ぜひご賞味ください」


 シルクさんに勧められ、私とフレスさんは同時に紅茶に手を伸ばす。


「おいしい……」


 口元を抑えて感激の表情を浮かべるフレスさん。

 うん、確かにおいしい。

 でも私としては、もうちょっと甘い方が好きかな。

 砂糖とかあったらもらえないですかとか聞いたら失礼かな。


 ところで、シルクさんの前にも紅茶とケーキは置かれているわけですが……

 縛られている彼女は当然ながら手が出せない。

 さっきの若い輝士さんもそれはわかってるはずなんだけど。

 彼はにっこりと微笑むだけで、何も言わずに戻って行ってしまった。


 これはあれかな。

 いじめかな。


 目の前で紅茶が冷めていくのを眺めているだけのシルクさんを不憫に思いながら、私はフォークを置いて窓の外に目を向けた。


「うわっ、なにあれ!」


 今日何度目かのびっくりな光景がひろがっていた。

 最初は雲が出てきたのとか思った。


 道の先に長い影が続いている。

 その手前にあるのは大きな大きな柱だった。

 高層棟トゥルムに似てるけど、それよりかなり細い円柱形。

 その上にはこれまた大きな板が乗っていて、私たちの進行方向に並走してどこまでも伸びている。

 遠くには同じような板を支える別の柱も見えた。


「あれは建造中のエクスプウェイです」

「えくすぷえい?」


 聞き慣れない単語に首をかしげていると、シルクさんは丁寧に説明してくれた。


「輝動車専用道路のことです。高い位置に道路を作ることで、エヴィルの襲撃を受けることがなくなって、安全な輝工都市アジール間移動ができるだろうっていう構想なんですよ」

「輝動車って、輝動馬車のこと?」

「いいえ。輝動馬車は輝動二輪に牽引させる馬車ですが、輝動車は車そのものに動力がある乗り物です。ちょうどこの列車をもっと小型化したような感じですね。軌条レールは必要ありませんが」


 そんな乗り物もあるんだ。

 輝動馬車だと一人は絶対に表に出ていなきゃいけない。

 危険もあるし寂しい感じになっちゃうけど、それなら全員が安全に移動できる。


「新代エインシャント神国では輝動車の方が輝動二輪よりも多いんですか?」

「まだ数はそれほど多くありませんよ。輝工都市アジール内は道が狭いですから、しばらくは輝動二輪の方が主流でしょうね。あくまで都市間移動を想定して作られた乗り物です」

「へえ。機会があれば乗ってみた――」


 い、と口にしようとして、思わず息を飲んだ。


 急に周囲が暗くなった。

 窓の向こうの景色が消失している。

 外は完全な真っ暗闇で、室内のわずかな光に照らされ、窓に自分たちの姿が映る。


「エヴィルの攻撃ですか!?」


 フレスさんが慌ててから離れる。

 釣られて私も腰を浮かして周囲を見回した。

 そんな私たちの姿を見てシルクさんがくすくすと笑う。


「ご心配なく。列車が地下に潜っただけですから」

「ち、地下?」


 地面の下にいるってこと?


「確か地下は死者の国に繋がっていると……」

「そこまで深くは潜りませんよ。さすがに神都の中を切り開いて軌条レールを敷くわけにはいきませんからね。このまま地下通路を通って一気に都市の中心部まで行きます」


 不安そうに呟くフレスさんにシルクさんは優しく説明する。

 えっと、ということは……


「もしかして、もう新代エインシャントの王都に入ってるんですか?」

「王都ではなく神都と呼びますが、今ごろは住宅地区の真下を通っているはずですよ」

「あ、そう。うーん。えぇ-っ……」


 いや、あのね?

 別にはやく目的地にたどり着くのはいいんだよ。

 でも、せっかく半年もかけてここまで旅してきたんだしさ。


 ついに目的の街が見えてきた!

 あと少しで長かったこの旅も終わるね!


 ……とか、そういう感傷があっても良いと思うんだよね。


 ああ、そっか。

 もうゴールに着いちゃったんだね。




   ※


 列車が減速を始めると、窓の外がにわかに明るくなった。


 太陽の光じゃない。

 輝光灯の人工的な明かり。

 だだっ広くて、白っぽい空間だ。

 やがて列車は完全に停止する。


「到着しました。ようこそ神都へ!」


 シルクさんの歓迎の言葉が白々しい。

 と、隣の車両から慌ただしげに複数の輝士さんがやってきた。

 身構える私の前で二人の輝士さんがシルクさんの拘束をほどき両腕をしっかり掴んだ。


「さて、それじゃ私は先に行きますね」


 その状況が何でもないようにシルクさんは笑顔で言った。

 両脇をがっちり固定され、後ろにいる輝士さんは剣を背中に突きつけている。


「おら、さっさと立て」

「当分シャバに戻れると思うなよ」


 あれ、この人たしか王女様だよね。

 犯罪者とかじゃなかったよね。


「みなさん、どうかゆっくりしていってください。滞在中にもう一度お会いできたらいいですね!」

「喋ってないでキビキビ歩け馬鹿王女!」


 輝士さんに急かされて……というか、無理やり引っ張られ連行されていくシルクさん。

 縛られた手を一生懸命振っていたので、私は引きつった笑顔を浮かべて手を振り替えした。


「お見苦しいモノをお見せしました。ですが、ああでもしないと制御できない厄介な姫君であることを、どうかご理解頂きたい」


 一人残った輝士ビリジアさんが説明する。

 とても苦労してるんですね。


「皆様はどうぞこちらへ」


 ビリジアさんに先導され、私たちも列車を降りた。

 白い空間の奥ある扉を開けると、その先は長い通路になっていた。


 ジュストくんは物珍しそうに白一色で継ぎ目もない廊下の壁を眺めている。

 フレスさんはいつも通り落ち着いた様子で粛々と歩く。

 ラインさんはどこかビクビクしてる。

 みんないつも通りだ。


「どうぞ」


 通路の先に階段があった。

 けれどそれは昇らず、横の小さな部屋に入る。

 壁にはボタンがいくつか並んでいて、ビリジアさんが④という数字を押す。

 すると、足下がふわりと上がるような浮遊感に包まれた。


 これは高層棟トゥルムにもあったエレベーターだね。

 緩やかに上昇する狭い部屋の中、しばし無言の時間が続く。

 気まずくなり始めた所で、ジュストくんがビリジアさんに尋ねた。


「ここは一体どこなんですか?」

「聖城地下の列車駅です。列車は基本的にここを基点にして、各地域に伸びる計画になっています」

「え、ってことはもうお城の中なんですか?」

「はい。これから白の生徒のお二方を、然るべき場所へと案内いたします」


 えっと、それって……

 もしかして、グレイロード先生に会えるのかな?


 胸の奥が熱くなってくる。

 あの修行の日々は二度と思い出したくないけど。

 ジュストくんたちの村から始まった旅が、ようやく終わりに近づいているって実感する。


 最初に会ったらなんて言おうか。

 お久しぶりです。

 無事に長い旅を終えました

 おかげさまで私はこんなに強くなりました。

 なーんて。


 調子に乗るなって殴られそう。


「白の聖城。神都の中央に建つ巨大な王城ですね。ちなみに神都というのは新代エインシャント神国の首都のことで、固有の名称はなく、ただ畏敬の念を込めて神都と呼ばれていて――」


 メガネさんがまた突然うんちくを語り始めるけれど誰も聞いていない。

 エレベータが目的の階に到着し、ドアが左右にスライドする。

 そこで私たちを待っていたのは……!


「……役所?」


 それはフィリア市の市役所によく似た光景。

 長いテーブルの向こうで、スーツ姿の人たちがせわしなく動き回っている。

 書き物をしたり、カウンター越しに並んでいる人たちのいる、役所然としたフロアだった。


「ここは城内に暮らす民のための行政事務局です」


 ビリジアさんが答える。


「聖城内には上流階級の市民が住む居住区が儲けられています。もちろん行政区画に一般の市民は立ち寄れませんが、この第四区画内でしたら、身分証明さえあれば誰でも出入り可能です」


 お城の中に一般の人が住んでいるっていうのは驚きだ。

 けど、とりあえずそれよりも、ここに連れてこられた理由が知りたい。

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