439 ▽黒幕の最期
お城デパートの屋根の上。
レティは苦々しげに顔を歪めていた。
神殿での顛末は
まさかレガンテまでもが目的を果たせずにやられるとは。
レガンテの死自体は予測の範疇である。
並の人間が二重に輝攻戦士の力を得るなど、どだい無理な話。
限界まで張り詰めた風船に、さらに同じだけの空気を注入するようなものなのだから。
だが、十数分なら保つ計算だった。
中輝鋼石を破壊する余裕はあったはずだ。
とっておきの操り人形を出し惜しんだ結果がこれである。
これなら彼が神殿に入った時点で、肉体のコントロールを奪っておくべきだった。
ともあれ、後悔しても遅い。
長い時間をかけて作った手駒はすべて失ってしまった
フィリア市を取り巻く
仕方ない。
悔しいが今回は失敗だ。
時間はかかるが、次の機会を待とう。
レティが気を取り直し、翼を拡げて飛び立とうとした時、
「どこへ行く」
背後から女の声が聞こえた。
振り向くと、金髪の女輝士が立っていた。
「……あら、どちら様かしら?」
レティは平静を装って見せるが、内心ではかなり焦っていた。
見つかるわけがないのだ。
レティの
これまで王都を含め、国内三つの
ましてや今は細心の注意を払っている作戦行動中。
見つかるわけがない。
「魔動乱期の五大ケイオス、『闇中の指し手』アルレティスだな」
女輝士はレティの質問を無視して言った。
多少の苛立ちを堪えつつ、こちらも問い返す。
「そういうあなたは天輝士ベレッツァさんかしら」
確認するまでもない。
少し前までレガンテと戦っていたのを
現在のファーゼブル王国最強の輝士、今代の
彼女が口にしたのはレティの本名である。
しかし、その前にくっついた称号は気に入らない。
五大ケイオスなんてヒトが勝手に呼んでいるだけの呼び名である。
しかもその五体の中には、厳密にはケイオスでない『黒衣の妖将』や、品性の欠片もない『豪腕爆斎』も含まれているのだ。
誇り高きケイオスの部隊長としては、あいつらと同格に扱われるのは実に不愉快である。
そんな内心の憤りを表には出さずにレティは薄く微笑んで尋ねた。
「参考までに教えてもらえるかしら。どうして私の居場所がわかったの?」
「答える義理はない」
ベレッツァは剣を抜いた。
もしかしたら
今後のために見つかった理由を聞いてみたかったのだが、どうやら相手は最初から会話をするつもりがないらしい。
まったく、ケイオスがヒトに譲歩してやるなんて、どれだけ光栄なことかわからないのか?
「ふぅ、やれやれ……」
正直に言えば、こんな女一人くらいどうとでもなる。
レガンテとの戦闘を見る限り本気でやれば勝てない相手ではない。
だが、レティは表舞台に出ることを強く嫌う。
姿を見せずに安全なところから駒を操り、最大限の戦果を上げるのが好きなのだ。
それが命を永らえる秘訣でもある。
当然だが、前線で戦うよりも、後方で命令を出す方が生き残る確率は高い。
彼らが言うところの五大ケイオスもそうだ。
そのうち三体が積極的にヒトと争い、敗れて死んだ。
自分は違う。
好機がなければ何年でも潜む。
大きなリスクがある行動は絶対に起こさない。
今も頭の中では目の前の敵を倒すことではなく、逃げる方法を考えている。
その方が生き残れる可能性が高いからだ。
「言っておくが、逃げようとしても無駄だ。すでにお前は囲まれている」
「はあ?」
レティは思わず不快感を露わにした。
そんなハッタリが通じると思っているのか?
ケイオスたる者、周囲にヒトが居ればすぐに気付く。
ましてやここは見通しがよく、障害物もなにもない建物の屋上。
取り囲めるほどのヒトが隠れているはずがない。
ないのだが……
「……ん?」
レティは気付いた。
周囲に間違いなくヒトはいない。
だが、視界の端にちらちらと光るものが見える。
一つや二つではない。
無数の光り輝く花びらだった。
いくつものそれが、ベレッツァとレティの周囲を取り囲むように舞っている。
「ちょっとちょっと。もしかしてこれ、
「ハッタリだと思うならそこから逃げて見ろ。柵を越える前にお前の体はズタズタだ」
触れればケイオスの体すら溶かす超高温の閃光。
威力は高いが減衰率が高く、普通は術者から近い距離でしか効果がない。
しかし、この
まるで茨の牢獄のようにレティの逃げ道を塞いでいる。
「面白い術ねえ。けど、上空がガラ空きよ?」
最も可能性が高いのは、その場で発生と消失を繰り返していることだ。
この女は花びらを操っているわけではない。
空間に発生点を作っているだけだ。
つまり、動かす事はできない。
それでも五階層か六階層クラスの術だろう。
この光の結界を維持しつつ別の術を使うのは不可能なはずだ。
「言ったはずだ、逃がさないと」
ベレッツァは剣を構えたまま距離を詰めて来る。
レティが翼を拡げて飛び立とうすれば、即座に斬りかかるつもりだろう。
だが、この女は完全に見誤っている。
これだけの高難度の術を維持したまま、お前らが五大ケイオスと呼んだ相手と戦うつもりなのか?
私が逃げるしか能がないと思ったら大間違いだ!
「ひやぁっ!」
レティは不意打ちを仕掛けた。
右手の爪を剣のように伸ばし、獰猛な顔つきで強襲する。
五つの刃はそれぞれ凄まじい切れ味を持っている。
触れれば輝攻戦士の輝粒子ですら簡単に貫き、肉体をズタズタにする。
ベレッツァは攻撃を剣で受け止めた。
レティは爪を絡ませ彼女の武器を掴み取る。
この剣は以前に別の天輝士が使っているのを見たことがある。
魔剣とか呼ばれている古代神器で、術を吸収する性質を持つ武器だ。
「接近戦なら勝てるとでも思ったの?」
レティの本領は両手の爪を使っての肉弾戦である。
両手合わせて十の恐るべき爪剣が指先の動きのみで変幻自在に相手を襲う。
「よく受け止めた……と言いたいところだけど、動かないでしょう?」
ベレッツァの武器が並の剣なら、今の一撃で刀身ごと切り裂いて終わっていただろう。
簡単に砕けないのはさすがに古代神器だがレティの腕力は輝攻戦士を上回る。
完全に固定した魔剣は、もはや押そうが引こうが放さない。
「お前らとガキ共のせいで計画が台無しよ。もう少しで完璧にこの街を破壊し尽くせたのに。まあいいわ、失った時間には釣り合わないけれど、最後にこの国で一番の輝士を始末できただけでも良しとするわ!」
そして、レティは左手の爪を伸ばす。
身動きのできない敵にトドメを刺すために。
その瞬間、レティの体を光が貫いた。
「な……!?」
背後から身体を通り抜ける小さな粒、光、花びら。
それはただの光であり、閃熱ではないが……
馬鹿な。
動かせるはずがない。
「術の特性を理解していたのが仇となったな」
「なっ……」
武器を固定され、死の刃が首筋まで迫っていても、ベレッツァは逃げようとしない。
レティの目を真っ直ぐ見据え、不適な笑みを浮かべている。
「罠にかかったのはお前の方だ。後悔しろとも反省しろとも言わない」
輝術を吸収する魔剣。
それは敵の攻撃に対してだけではない。
自分自身の使う術にも、その特性は適用されるのだ。
「邪悪なるケイオスよ、消えろ!」
無数の光の花びらが魔剣に集まっていく。
レティの体を貫き、彼女の周囲を覆い尽くしていく。
「や、やめろっ、こんな、こんな……っ」
死の恐怖。
思わず手の力を緩める。
ベレッツァは自由を取り戻し、さらに武器を押し込んでくる。
「
魔剣を中心に渦を巻く無数の花びら。
「たっ、助けてっ! ジャン――」
「――
ただの光に過ぎなかったそれが、超高熱の閃光に変わる。
レティの助命の声は光の中にかき消える。
「ぎゃあああああああああああ!」
花嵐となった
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