438 ▽少女たちVS輝攻戦士

「くっ!」


 レガンテは光の棒を引っこ抜こうとした。

 が、なぜか簡単には抜けない。


 モタモタしている間にも彼の纏う輝力はどんどん空気中に散っていく。


「うわああああああ! 死ねええええええええ!」


 ターニャの両腕から炎が放たれる。

 地獄の業火がレガンテの体を包んだ。


「うおおおおおおおっ!」


 全身の輝力を振り絞って防御に集中。

 しかし、力を集中した部分から輝粒子がどんどん消えていく。

 やがてレガンテは、輝攻戦士状態すら維持することができなくなった。


 体が熱に耐えきれない。

 全身が焼かれる感覚を味わう。


 ばかな。

 馬鹿な馬鹿な馬鹿な!

 俺はこんな所で終わる男ではない!


 この国を正しく変え、新たな時代を築くんだ。

 差別のない、格差もない、誰もが幸せに暮らせる平和な時代を。

 そのためにケイオスも利用したし、ガキ共相手にいい顔をして見せた。

 必死に頑張って、必要な駒も揃えた。


 野望はまもなく達成されるはずだった。

 輝かしい未来が待っているはずだった。


 これはその最大の障害となり得る、女輝士との戦いに向けた準備。

 それだけのはずだったのに。

 この俺が、こんな小娘共に……!


「う、お……?」


 ところが、レガンテは死ななかった。

 彼を包む炎が突然煙のように消えたのだ。

 見れば、ターニャが力を使い果たして倒れている。


「は、ははは」


 危ないところだった、驚かせやがって。

 レガンテは乾いた笑いを漏らしながら、光の棒が引っかかった腰のベルトを引きちぎった。


 彼の輝力は即座に回復を始める。

 三秒後には元の輝攻戦士に戻っていた。


 とんだドジで命を落とすところだった。

 レガンテは怒りに任せて光を失った柄を蹴り飛ばす。

 そして、自分に恐怖を味わわせてくれた、金髪の少女を見る。


「おい貴様――」


 少女の顔には強気の笑みが浮かんでいた。


「後は任せたわよ、ジル」

「ああ」


 彼女の背後から、グローブを嵌めた短髪の少女が飛び出す。


「お前がターニャを、よくも……っ!」


 その拳がレガンテの顔面を打ち据えた。




   ※


 アビッソは決死の思いで神殿に駆けつけた。

 正門を潜った先の広場、その奥の神殿を取り囲むように、人だかりがあった。


 輪の内側から拍手の音が聞こえてくる。

 その側で輝動二輪を停車させ、「失礼」と言いながら人だかりをかき分けて中の様子を窺う。


 そこで、アビッソは信じられない光景を目撃した。

 レガンテが仰向けに倒れ、その横でハイタッチをしている少女たちの姿を。


「これは……?」

「おっ、王宮の輝士さんかい?」


 市民の一人がアビッソに声をかける。


「あ、ああ」

「だったら少しばかり遅かったな。悪党はあの子らが退治しちまったよ」


 退治、だと?

 レガンテは天輝士選別に最後まで残った猛者だぞ。

 剣技だけでも、並の輝士を寄せ付けないほどの腕前を持っている。

 しかも輝攻戦士であり、一般市民が戦って勝てるような相手ではないのだが……


 とはいえ、レガンテが倒れているのは事実。

 アビッソは少女たちの横をすり抜け、倒れている輝士の側にしゃがみ込む。


 脈を調べる。

 すでに彼は事切れていた。


 顔面に強い殴打の痕。

 露出した皮膚にはひどい火傷も負っている。

 だが、直接の死の原因はそれらの外傷ではなかった。


 全身から微弱な輝力が漏れている。

 髪の色は淡くなり、唇や目元が絶え間なく痙攣している。

 そのくせ脈はなく首から下は微動だにしない。


 過輝症候。

 なまじ動いているため、よく観察しなければ死んでいるとわからない。

 おそらくレガンテ自身も、直前まで死の兆候は一切感じなかったことだろう。


 耐えきれない量の輝力を身体に取り込んだ人間の、典型的な死に様だった。

 解剖してみなければわからないが、おそらく彼の内臓はすでにズタボロである。


 まあ、あの元気な少女たちに人殺しの汚名をかぶせる必要はない。

 アビッソは黙って懐から短剣を取り出し、レガンテの心臓を刺し貫いた。


「さて……」


 改めて少女たちの方を振り返る。

 手にグローブを嵌めた短髪の活発そうな少女。

 長い金髪をツーサイドアップに結んだ見目麗しい少女。


 金髪の少女の服装には見覚えがあった。

 若草色のブレザーは南フィリア学園の女子制服である。


 たしかベラもあそこの卒業生だったな。

 彼女の後輩ならばもしかしたら……などと考え、アビッソは肩をすくめた。


「あんな化け物が何人もいてたまるか」

「え?」


 金髪の少女がたった今こちらの存在に気がついたように振り返る。


「なんでもない。お前、名前は?」


 お前呼ばわりされたことに腹を立てたのか、少女は不機嫌そうな顔で答えた。


「インヴェルナータよ。そっちこそ誰よ」

「そうか。市民インヴェルナータ、輝士団を代表して賊退治の協力を感謝する」

「えっ、あ、はい。どうも」


 略式ではない敬礼をすると、彼女は少し照れたように頭を下げた。




   ※


 ナータはいきなり現れた青い髪の輝士と喋っている。

 そんな彼女を尻目に、ジルはうつぶせに倒れるターニャの側に駆け寄った。


 真っ白く染まった髪。

 彼女を抱き起こしたジルは、思わずうめき声を上げた。


 まるで一気に何十年も歳を取ってしまったよう。

 ターニャの顔は老婆のごとく老け込んでいた。


 それでも、彼女は呼吸をしている。


「ターニャっ」


 力を入れれば折れてしまいそうな体。

 ジルはやせ細ったターニャを抱きしめる。

 その口から、彼女のものとは思えないしわがれた声が漏れた。


「じ……る……」

「うんっ」


 ジルは目を開いて応える。


「……ぃ」

「な、なに?」


 よく聞き取れなかった。

 彼女の口元に耳を寄せて、もう一度尋ねる。

 空気の漏れるような小さな音だったが、確かにその声はジルの耳に届いた。


「おまえだけは、ぜったい、ゆるさない……」


 そして、ターニャは気を失った。

 ジルは愕然とし、腕の中の変わり果てた親友を見ていた。


 やがて、涙が止めどなく溢れ出す。


「うっ、ううっ」


 いったいどうして、彼女をここまで傷つけてしまったのだろう。

 なんでこんなに憎まれなくちゃいけなかったのか。

 最後までジルはわからなかった。


 だが、確かなことが一つある。

 たとえ嫌われても、自分はターニャのことを友達と思っている。


 ほんの少し前まで仲良く過ごしていた。

 その時間、そのすべてが偽りだとは思いたくない。

 これから自分は、彼女のために何ができるのかを考えよう。

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