434 ▽ローカルプリンセス

 ミチィの報告は一瞬前のセラァの予測を即座に覆すものだった。

 ろくに頭も働かないはずの敵が、まさか輝動二輪で突っ込んでくるとは。


「敵の数は!?」

「一騎だけだ! おっきな輝動二輪だぞ!」


 セラァは階段を降りて一階に向かう。

 窓ひとつない二階と違って一階は壁面がない。

 いくつもの柱が建物を支えている、ピロティ構造だ。


 正門を見ると、確かに砂埃をあげながら接近してくる一台の輝動二輪があった。


「……む?」


 すでに輝動二輪は中庭にまで入り込んでいる。

 騎乗の人物を確認し、セラァは眉を寄せた。


「あれ、ナタリオンとジルジルだぞ?」


 後ろにいるミチィが不思議そうに呟いた。

 どうやら見間違いではないらしい。


 ジルとナータ。

 南フィリア学園の同級生である。


 とは言え、神殿を死守するという役目がある以上、慎重に行動しなければ。

 彼女たちが洗脳されテロリストの手先になった可能性もある。

 ……あまり考えたくない仮定であるが。


「とにかく、話をしてみよう」

「だ、大丈夫か?」

「信じるしかないだろう。彼女たちは友達なのだから」


 もし二人が敵なら、ここまで侵入された時点でアウトだ。

 義勇軍は外敵を相手にするのに必死で内側にまで気を向ける余裕はない。

 ジルやナータを相手に本気でケンカしたら、自分ごときでは手も足も出ないだろう。


 内心の不安を顔に出さず、セラァは神殿の外に出た。

 輝動二輪が彼女の目の前で停止する。




   ※


「セラァ、なんでここに!?」


 ジルは神殿に辿り着くなり、中から出て来た人物を見て驚いた。

 メガネをかけた中性的な少女は南フィリア学園の同級生。

 バスケ部チームメイトのセラァである。


 後ろには同じくチームメイトのミチィ。

 こんな場所にいる必然性が全くない二人である。


「やあジル、どうやら君はおかしくなっていないようだね。安心したよ」

「アタシらはな。ただ、ターニャが……」

「ふむ。そちらも色々と事情がありそうだ。まずは互いの事情を話し合って状況把握に努めたいと思うのだが、宜しいか?」


 相変わらず大仰な喋り方をする少女である。

 ジルは頷いてリアシートから降りた。

 その途端、車体が大きく傾く。


「うわっ! ナータ、大丈夫か?」

「ぜえ、ぜえ……だ、大丈夫じゃない、わよっ」


 ジルは車体を支えやり、なんとか彼女が倒れるのを防いだ。


 ナータは防壁の向こうからの攻撃を巧みに避け、正門が開いた一瞬の隙を狙い、うつろな顔をした少年たちを撥ね飛ばしつつ、神殿内部に飛び込んでくれた。


 彼女の輝動二輪操縦技術は相当なものである。

 ただでさえ体格に合わない大型車だし、ジルを乗せているため重量も増す。

 彼女の細腕にはかなりの負担がかかっているだろう。

 無茶をさせたのは本当に申し訳ないと思う。


「さて、まずはこちらの事情から説明しよう。最初の質問に答えるが、僕がここにいるのは君の兄君に頼まれたからなのだよ」


 こちらの慌て具合を無視してセラァは淡々と説明を始めた。


「おに……兄貴に?」

「そうだ。フォルツァさんとは病院でたまたま会ったのだが、彼は少年たちによる神殿への襲撃を予測していた。必死に防衛を訴えていたが、衛兵隊は動いてくれなかったらしい」

「そっか、目を覚ましたのか」


 面会謝絶で会えなかった兄の回復を知り、ジルはほっと胸をなで下ろした。

 衛兵隊としてテロリストどもの初動に対処したフォルツァ。

 兄はそこで何かに気付いたのかもしれない。


「フォルツァさんは衛兵隊が動かせないのなら自ら行くと主張していたが、どう見てもまともに動けるような体ではなかった――ああ、安心してくれ。医者が言うには後遺症が残るほどではないらしい。街の女性ならば誰もが振り向く端正な容姿に些かの衰えもなかった」

「う、うん」


 その報告は嬉しいが、なんとなく釈然としない気分のジルである。


「そんな彼を放っておく訳にいかないと思い、ならばと僕たちが名乗りを上げたのさ。丘の上のこの神殿は天然の要害でもあり、防御側の数さえいれば敵の侵攻を防ぐのは難しくないからね。君の兄君にはゆっくりと療養に専念してもらっているよ」

「なんとなく事情はわかったけど……あんな人数、どうやって集めたんだ?」


 防壁の上からは、絶え間ない投石や熱湯攻撃が繰り返されている。

 表に顔を出しているのは三十人ほどだが、後ろにはサポートの人員もたくさんいた。


 おかげで、テロリストの少年たちは神殿に近寄れない。

 ジルたちが無事に突破して来れたのも奇跡のようなものだ。


「ふむ、それを説明するのは少し……ああ丁度いい。実践してご覧に入れよう」


 そう言いながら、セラァはメガネを外した。

 背後から足音が聞こえたので、ジルは後ろを振り向いた。


 神殿と正門の間には大きな広場がある。

 そこを三人の男が足早に突っ切ってきた。


「すっ、すみません姫! 取り逃がした賊がこちらに向かわれませんでしたでしょうか!?」

「御身にもしもの事があっては我ら一生の不覚!」

「こうなればこの命を賭してでも賊と差し違える所存です!」


 なにやら気持ち悪いくらい必死な男たちである。

 メガネを外したセラァは普段より大聞く目を見開いて、


「ご安心ください、彼女たちはわたくしの仲間です!」


 普段からは想像もできないようなかわいらしい声を出した。


「そっ、そうなのですか?」


 男の一人が驚いた表情になり、輝動二輪に跨がったままグッタリしているナータに目を向ける。


「はい、とても頼りになる友人です。わたくしのピンチを聞きつけ集まってくれたのです」

「なんと……そうとは知らず、我らは姫のご学友に危害を加えようと……」

「いいえ、伝達を怠ったわたくしの失態です。あなた方が気に病む必要はありません。責めるならどうか、わたくしを責めてください!」

「そんな、姫はなにも悪くありません!」

「勝手に持ち場を離れて申し訳ありませんでした!」


 三人はそろって頭を下げる。

 腰を九十度曲げた見事な礼だった。

 セラァは優しく微笑み、彼らの前で片膝をついた。


「いいのです。わたくしを心配して来てくださったのでしょう? あなた方の優しさ、わたくしの心に深く染み入りました」

「なんともったいないお言葉……!」

「怪我をした人はいませんか? 危険を感じたら、無理をせず神殿に避難してくださいね」

「なあに、ご指示通りのローテーションで上手くやっております」

「尻尾を巻いて逃げ出すようなやつはいませんよ。どうか姫は安心して待っていてください」

「ありがとう。よろしく頼みましたよ」


 男たちは来たとき以上に張り切って正門の方へ戻っていった。

 彼らが遠ざかると、セラァは再びメガネをかけて普段通りの声色に戻る。


「とまあ、こんな具合だ」

「いやいやいや、なんだよ今の! お前って実は王女様だったりするのか!?」

「ははは。ジルは夢見がちでかわいいなあ。彼らは単なる僕のファンだよ」

「ファン?」

「まあ、深く突っ込まないでくれ。一つだけ言えるのは、男なんてちょっと甘い声を出せば、簡単に騙されてくれるチョロい生き物だってことさ」

「お、おう」


 友人の意外すぎる一面に頭がクラクラする。

 とりあえずは気にしないでおこう。


「ああ、ちなみにジルの兄君は違ったぞ。彼は僕ごときの誘惑には微塵も靡かない立派な男性だった」

「おい兄貴に手を出したらマジで殺すからな」

「ふふ、怖い怖い」


 ほとんど表情を変えないで笑うセラァ。

 まあ、彼女のおかげで助かっているのだから文句は言うまい。


「さて、次は君が説明をする番だ」

「ああ」


 ジルはかいつまんでこれまでの事情を話した。


 ターニャの様子がおかしかったこと。

 ナータと二人で市役所に乗り込んだこと。

 ナータからの又聞きだが、ベラが助けに来てくれたらしいこと。

 ターニャが空を飛んでこちらの方角へ向かっているのを目撃したこと。


「なるほど、そちらも随分大変だったんだな」


 セラァはふんふんと頷く。

 一通りの状況把握は終わった。

 ジルは周囲を見回し、ため息を吐く。


「ターニャは来てないんだな」


 とすると、別の場所へ向かっていたのか。

 それともやはり単なる見間違いだったのか。


 苦労して神殿内部に入ったというのに、勘が外れたのはがっかりである。


「いや、それはむしろ幸運だった。君の話が本当なら、彼女が来ていたら間違いなく義勇軍は全滅していたことだろう。僕を慕う者たちが物言わぬ肉塊になるのはあまり気分が良い光景ではない」

「とんでもないことを真顔で言うなよ」

「だが事実だ。集まってくれた市民たちは、別に特種な戦闘訓練を受けているわけではない。今は地の利を活かして迎撃に徹しているからなんとか保っているが、敵に強力な輝術師が加われば、あっという間に戦線は瓦解してしまうだろう」


 セラァの言うとおりである。

 彼らがやっているのは、あくまで嫌がらせ程度の足止めでしかない。


 まともに頭も働かない腕力と耐久力だけの猛獣のような少年集団。

 そんなのが相手だからなんとか近寄せず耐えているだけだ。

 ターニャの攻撃輝術に対処する術はないだろう。


「心配せずとも君の話を聞く限り、間もなくここにも輝士団がやってくるだろう。それまであと少しだけ籠城していればこちらの勝ちだ」

「そう上手くはいかないのよお、残念ながらねえ」


 全員が一斉に空を見た。

 この場の誰にとっても聞き覚えのある声である。

 ジルやナータはもちろん、セラァやミチィにとってもだ。

 なぜなら彼女は、去年まで同じクラスで学んでいた少女なのだから。


「ターニャ……!」

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