431 ▽夢だけを見た少年の結末
市庁舎前の小競り合いは、すでに終わっていた。
不良少年たちが引いたわけではない。
彼らは今も市庁舎の前に居座っている。
ただし、呆然と目の前の光景を眺めながら。
市庁舎の中からテロリストの少年たちが次々と出てくる。
まるで幽鬼のような青白い顔で、バリケードの隙間から這い出るのだ。
あいつらは特殊な力を持ってる。
だから、まともに殴り合ってはいけない。
そうインヴェの姉御からきつく言われている。
だが、いまのあいつらから感じられるのは、そういう直接的な恐ろしさではない。
少年たちの顔には、まるで生気が感じられないのだ。
言ってみれば、幽霊を前にしているような不気味さがある。
少年たちは外に出てくると、整然と並んで、同じ動きで行進を初める。
彼らは不良少年たちの事など、もはや眼中にないようだ。
真横を通り過ぎていく少年たちの行進を眺めながら、さっきまで盗まれた輝動二輪の恨みに燃えていたモフォークくんは思った。
怖ぇよ。
輝動二輪なんかもうくれてやる。
こいつらには、これ以上関わり合いたくねえ。
※
「くふ、くふふふっ」
レティはお城デパート(と呼ばれる戦乱の時代の城砦を模した大型複合商業施設)の屋上から、眼下の光景を眺めていた。
青白い顔で隊列を組み、集団で移動する少年たち。
時間はかかったが、ようやく『呪い』は第二段階に進んだ。
ターニャとフォルテ。
最初の二人と、それ以降の駒では用途が違う。
他のザコ達は最初から、操り人形になることが決まっていたのだ。
タイミングが重要だった。
早すぎてもダメだし、遅すぎてもダメ。
まずは市庁舎を占拠することで王都の注意をフィリア市に向ける。
多数のエヴィルを周辺からかき集め街を囲ませた、このタイミングこそが最良なのだ。
それまではレガンテにも、ターニャにも気取られるわけにはいかなかった。
レティの真の目的――操り人形を使って、街の結界を破壊させることを。
彼らが目指すのは街の地理的な中心部。
小高い丘の上にある神殿だ。
そこに安置されている中輝鋼石を破壊すれば、このフィリア市を守る結界は消える。
後に残るのは申し訳程度の街壁と貧弱な輝士団のみ。
街の周りで今かと待っている
たくさんのヒトが死ぬだろう。
たくさんの技術が失われるだろう。
それを思うだけで、レティのケイオスとしてのプライドが満たされていく。
もちろん、最後まで気は抜けない。
市民や生き残りの衛兵隊は障害にすらなり得ない。
市庁舎前で抵抗をしていた変な集団も、少しだけ
一番の問題は最大の協力者であったレガンテだ。
こちらがハッキリと裏切った今、やつは最大の脅威になりうる。
あの男がライバルである女輝士と決着をつけるまでには、すべてを終わらせたい。
レティは頬を紅潮させ考える。
あと、やっておくべきことは何かしら。
そうね……操り人形たちの足をちょっとだけ
※
「くそっ! クソクソッ、チクショウっ! あのクソ女、絶対にぶっ殺すっ!」
ターニャが随分と荒れている。
意味もなく窓を殴りながら、市役所の廊下を駆ける。
無理もないな……
と、隣を走るフォルテは思った。
二人は誰にも負けない力を手に入れたつもりだったのだから。
生まれてからずっと、自分たち若者を束縛してきた大人たち。
その鎖を断ちきれる力を手に入れたと思っていた。
実際、衛兵たちには負けなかった。
輝士だって殺した。
なのに、あのベレッツァって人には、彼らの力は全く通じなかった。
二人がかりで戦ったのに、まるっきり子供扱いされてしまった。
この国で一番強い天輝士ってのは、やっぱりメチャクチャ強いんだなあ……
「なあ、ターニャ。とりあえず落ち着こうぜ」
もちろん悔しい気持ちはフォルテにもある。
でも、塞ぎ込んだり怒鳴り散らしたって何も変わらない。
だったら今は、自分たちができることを、精一杯やりたいと思う。
「フォルテ君……」
「あいつのことはレガンテさんに任せてさ、おれたちはおれたちの敵を探そうぜ。いつまでもイライラしてばっかりじゃ、やれることも見失っちゃうぞ」
自分たちはまだ若い。
今は敵わなくても、これからもっと頑張ればいい。
そうすれば、いつか天輝士にだって勝てるようになるはずだ。
フォルテは無邪気にそう思っていた。
「うん……そうだね。フォルテ君の言うとおりだよ、取り乱してごめん」
「なあに。おれが冷静なのは、ターニャがおれの分も怒ってくれたからだよ」
「うん、うん。ありがとう、フォルテ君!」
わかってくれたようでよかった。
フォルテは彼女を唯一無二のパートナーだと信じている。
こんなにかわいくて、優しくて、浮気性な自分を見損なわずにいてくれる。
頭も良いし、冷静なときは本当に頼りになる。
何よりターニャは一緒にこの腐った社会をぶっ潰そうと誓い合った仲間だ。
レガンテさんが新しい国を建てて、自分が大臣になった暁には彼女を奥さんにして、めいっぱい贅沢させてあげよう。
「さて、それじゃまずは輝動二輪を誰かに盛って来させて……って、他の連中どこいった?」
「そう言えば、誰も見かけないね」
フォルテたちは一階に降りて来た。
しかし、ここまでに仲間の姿をひとりも見ていない。
正面玄関で無駄な抵抗をする不良少年たちと小競り合いをしていたはずだが……
「ターニャ、探せる?」
「うん。やってみるね」
ターニャは目を閉じた。
彼女の使う
街の中なら室内だろうがどこでも覗けるし、見つけたい人の波長? さえ知っていれば、自動的に居場所を感知できるらしい。
「いたよ。みんなで並んで中央通りを南に向かってる」
「なんだそりゃ。どうしたんだよ一体」
「レティさんの命令じゃないかな」
「なるほど」
同志たちに命令を出せる人物は少ない。
自分たち以外では、レガンテさんかレティさんくらいだ。
もしかしたら、この市役所を放棄して別の拠点を探そうとしているのかもしれない。
「それじゃ追いかけるか。それとも、先にジルたちを探す?」
「うーん」
ターニャは少し考るそぶりを見せ、
「フォルテ君、悪いけど先にみんなと合流してくれる? ひとりなら私と一緒より早く行けるでしょう」
「いいけど、ターニャはどうするんだ?」
「私は一度レティさんの所に行ってみるよ」
「わかった」
彼女の考えと自分たちの行動に齟齬があっちゃダメだもんな。
レガンテさんは今ごろ戦闘中だろうし、大局的な判断はまだフォルテたちにはできない。
「それじゃ、また後で」
「うん」
笑顔で頷くターニャ。
その笑顔がちょっと怖く見えたのは……
まあ、本当でも気のせいでもどっちでもいいか。
彼女が何を考えていようと構わない。
フォルテにとって悪いようにはしないだろう。
なにせ、ターニャは素敵なおれの恋人なんだからからな。
「
空を飛ぶ輝術にはまだ慣れていないのだろう。
ターニャはふわふわと不安定な感じで飛んで行った。
いいな、あの術。
あんな風に自由に空を飛ぶのも楽しそうだ。
おれも覚えられるかな、こんど教えてもらおうっと。
※
フォルテは市役所前に停めてあった小型輝動二輪に跨った。
本当なら全力で走った方が速い。
だけど、さっきの戦いでけっこう消耗してるから、できれば体力は温存しておきたい。
仲間たちは中央通りを歩いて南下してるみたいだから、小型輝動二輪をかっ飛ばせば、十分に追いつけるだろう。
そう思って、アクセルを捻ろうとした時。
道の向こうから、別の小型輝動二輪がやって来るのが見えた。
「ちょっと聞きたいんだが、市役所ってのはどこだ?」
そいつはフォルテの目の前で停まった。
深海のように深い青髪の、陰気そうな男である。
その容貌とは裏腹に、やたらと立派な銀色の鎧を纏っていた。
乗っているのは輝士団正式採用者、
フォルテはすぐに相手の正体に気づいた。
こいつは王都の輝士、つまりベレッツァの仲間だ。
「そいつは教えられないね」
フォルテは市役所を背にして立ち塞がった。
この中ではレガンテさんがベレッツァと戦っている。
レガンテさんが負けるとは微塵も思っていないが、この男が加勢に加われば不利になるのは間違いないだろう。
「ここを通りたきゃ、おれを倒してからにしな!」
陰気な輝士はフォルテから視線を外し、市役所に目を向ける。
「なるほど。丁寧な説明ありがとう」
輝士が輝動二輪から降りる。
そのままフォルテを無視して市役所に向かおうとする。
ふざけた態度を取るので、輝攻戦士の機動力でもって、素早く前に回り込んでやった。
「おっと、ここは通さないって言ってるだろ」
今の動きを見れば、おれが只者じゃないってことはわかるだろ?
ただの通りすがりのガキだと思って舐めるんじゃないぞ。
くくく……謝るなら今のうちだ。
「急いでいるんだ。見逃してやるから、どっか行ってくれ」
……なんでビビらない?
その上、この不遜な物言いはなんだ。
フォルテはだんだんと腹が立ってきた。
「おいおい。おれはこう見えて、レガンテさんの腹心の部下だぜ。この建物を占拠したのも、おれが仲間たちを指揮してやらせたんだ。新しい国王の手を患わせないようにな」
「そうか。事件が終わったら牢獄で反省してくれ」
陰気な輝士はどこまでもフォルテを邪険に扱う。
そのまま目も合わせようともせず、横を通り過ぎようとした。
「おいこら、待てよ!」
すれ違いざま輝士の肩を掴む。
瞬間、輝士の体がぴくりと震えた。
くくく……やっぱりビビっているんだな。
フォルテは気分が良くなってニヤリと笑った。
「通さないって言ってるだろ。マジで殺しちまうぞ?」
「……ケイオスの残滓」
「あ?」
「小僧。三秒やるから、その手を離して今すぐ消えろ」
この期に及んで、まだ状況を弁えていない。
不遜な態度を取る青髪の輝士。
さすがに我慢も限界だった。
「あーもう、どうしようもないな、おまえ。一発ぶん殴られなきゃわからないってんなら――」
おどし文句を口にしながら拳を振り上げる。
ところが、急に声が出なくなった。
痛っ。
そう感じた次の瞬間には、フォルテの首は胴体から離れていた。
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