429 ▽魔剣の能力

 容姿よし、器量よし、運動良し。

 性格……ちょっと厳しい。


 ナータが剣闘部に入ったきっかけは、彼女に負けたくなかったからだ。


 他人の評価なんて基本的に興味ないが、ナータも自分が周りの生徒達から「あの人と同じくらいすごい」なんて言われていることは知っている。


 でも、自分ではそう思わない。

 だって彼女とあたしじゃ全然違う。


 剣闘の勝負では一度も勝ったことない。

 卒業後も、彼女は十九歳にして王宮で輝士勤め。

 しかも、王国で最高の輝士の称号まで手にしてしまった。


 彼女はルーチェからの信頼も厚い。

 でも、ナータは彼女を恨めしく思ったことなんて(初期を除いて)ない。

 むしろ彼女がいてくれたからこそ、自分もここまで成長することができたと思っている。


 ナータにとって数少ない心から尊敬できる女性。

 こんな大ピンチにも駆けつけてくれた。

 それだけでもう大丈夫と思える。


 だよね、ベラお姉様。


「怪我はないか?」

「う、うん。それよりジルが……」


 ベラは血を流して倒れているジルを見た。

 その横ではフォルテが呆然と突っ立っている。


「こいつをやるから、彼女を連れて脱出しろ」


 跨がっていた輝動二輪から降り、ベラは言う。


 輝士団正式採用車のRC900ロッソコリーニョではない。

 市販車では最高のスペックを持つ大型輝動二輪BP750ベルサリオンペサーレである。

 以前にナータが無断拝借し、放置しておいたらそのまま回収されてしまった、モフォークくんの愛機と同じものだ。


「ってこれ、どうしたんですか?」

「保管庫にあったのを借りてきた。市民の放置車両らしいから、あまり乱暴に扱うなよ」


 それってやっぱりモフォークくんのBPっぽい。

 よかったわね、廃棄されてなかったわよ。

 ……って、それよりも。


「ここ建物の五階なんだけど」

「がんばれ。お前なら二人乗りで階段を降りるくらいできるだろう」

「自分の常識でものを語らないでくれませんかねえ。っていうか、お姉様はどうやって窓から入ってきたの? まさか飛んできたとか言わないでしょうね」

「うむ。がんばった」


 どうしよう、常識が違いすぎて話にならない。

 まあ、それはひとまず置いておくとして。


「待ってお姉様。私も戦うわ」


 ナータはかぶりを振り、手にした光の棒の柄を握り締めた。


 こいつらは普通じゃない。

 いくらベラでも二人同時に相手するのは無茶だ。

 微力ながらも、自分がいれば多少の役には立つと思う。


 だが、ベラは冷たく言い放った。


「ダメだ。お前は脱出しろ」

「あたしだってこのまま引き下がれな――」

「足手まといだ。早く行け」


 覗き込んだベラの顔は、ナータの知っている部活の先輩ではなかった。

 その険しい横顔は、戦場に立つ輝士の表情である。


「……っ!」


 実は、もうわかっていた。

 輝攻戦士に匹敵する力をもつ男。

 無詠唱で四階層レベルの輝術を使える女。

 多少腕が立つだけの普通の学生が、まともに戦えるような相手じゃないって。


 それでも、意地とか怒りとか、あとは友達を救いたいって気持ちで必死になった。

 けど、これはハッキリ言って自分たちの手に負えるような状況ではないのだ。


「クッ……」


 悔しさに歯を食いしばる。

 そんな彼女を横目にベラは倒れているジルの元へ向かった。

 すぐ側にフォルテがいるにも関わらず、ほとんど注意を向けることもない……ように見える。


「フォルテ君!」


 ターニャが叫ぶ。

 フォルテはハッとしてベラに食って掛かった。


「ま、待てよ! そいつは勝手に連れて行かせな――」

火晶盾イグ・クリスタッロ


 フォルテの眼前に真っ赤な壁が出現する。

 まるで巨大なルビーのような、高密度の火の盾であった。


 ベラは歩きながら小声で輝言を呟いていた。

 彼女は決して無防備に近寄っていたわけではない。

 フォルテが手を出した瞬間に迎撃するつもりだったのだ。


「うおっ!?」


 フォルテが二の足を踏んでいる間に、ベラはジルを担ぎ上げ、ナータのところに戻ってきた。


「頼んだぞ」


 すでにナータは輝動二輪に跨がっていた。

 ベラは気絶したままのジルを後部座席に乗せる。

 懐から取り出したロープで二人の体を縛って固定した。


「用意の良いことで」

「いつ何があるかわからないからな」


 二人は顔を見合わせ、フッと笑い合う。


「後は任せておけ」

「うん……あ、でも」

「なんだ?」

「できたらそいつは殺さないであげて。こいつが悲しむから」


 ナータはターニャを指さして言った。


「わかった。約束しよう」

「ありがとね、お姉様」


 珍しく素直に礼を言った。

 ナータはアクセルを吹かして機体を発進させる。

 狭いドアを抜けて廊下に出ると、急角度で曲がり、階段の方へ向かう。


 大丈夫。

 あいつらのことは、ベラお姉様に任せておけば心配ないわ。




   ※


「ぐぐぐっ……」


 ナータが殺さないで欲しいと言った、ミディアムヘアの少女。

 彼女はベラも見覚えがある。

 確かルーチェの友人で、ターニャという名前だ。

 ターニャは険しい表情で必死に両腕を縛った拘束を解こうとしていた。


解除キャンセラ

「っ!」

「ターニャ!」


 ベラが呟くと、急に自由を取り戻したターニャは前のめりに倒れそうになる。

 水色髪の少年は文字通りに飛んで駆けつけ、そんな彼女の身体を支えた。

 輝攻戦士に準ずる力を持っているというのは本当らしい。


「大丈夫か?」

「はあ、はあ……へ、平気よ。それより」


 ターニャは憎しみのこもった目でベラを睨み付ける。


「いきなり出てきて、ずいぶんなことをやってくれたわねえ。せっかく長年の怨敵を葬るチャンスだったのにい」

「無理しない方が良いぞ。無理に動こうとしたせいで、かなり体を痛めているだろう」


 ナータとジルはベラの乗ってきた輝動二輪に乗って逃亡した。

 ターニャはそれを黙って見過ごしたわけではない。

 拘束されていて動けなかったのだ。


 ベラが突入と同時に放った、風鎖縛ウェン・カテナーレ

 暴徒鎮圧の用の拘束輝術で自由を奪っていたのである。


 この術は三階層にしては詠唱が異常に長く、射程も非常に短いため、よほどの不意打ちでなければまず当たらない。


 本来は倒した相手を拘束するために使用する術であるが、ベラは念のため突入前に輝言を唱えていた。

 まさか相手も窓から飛び込んでくるとは思っていなかっただろう。

 不意打ちでの拘束は見事に成功したわけだ。

 もっとも拘束中は常に輝力を消費し続けるので、あまり長く使えないのが欠点なのだが。


「まあいいわあ。お前を殺してからゆっくりと追いかければいいだけだものねえ」


 クククッ、と余裕の笑みを浮かべるターニャ。

 そんな彼女に向かってベラは言った。


「ルーチェの友達の……ターニャとか言ったな」

「なにかしらあ、ベレッツァ先輩い?」

「その間延びした喋り方、痛々しいからやめた方が良いぞ」

「ぐっ!?」


 格好つけてたつもりなのだろうか?

 指摘されたターニャの表情は憎悪に歪む。


「もういいっ、フォルテ君! こいつ殺すよ!」

「あ、ああ」


 フォルテという水色髪の少年は戸惑いつつ、拳を握り締めて構えを取った。

 拳法の型のつもりか。

 随分と雑な構えだ。


「敵は南フィリア学園の生ける伝説か……相手にとって不足なしだなっ!」


 語尾を強め、地面を蹴る。

 フォルテは一瞬でベラとの距離を詰める。

 その瞬発力、速さ、いずれも輝攻戦士と比べて遜色ない。


 しかしフォルテは何故かベラの手前で足を止めた。


「こいつを喰らいやが――ぶっ!?」


 隙だらけの少年を魔剣ディアベルの柄で殴りつける。


「なんで止まった……?」

「こ、このっ!」


 怒りに顔を歪めつつ、フォルテは垂直にジャンプする。

 ベラは即座に彼の横っ面を打った。


「ごばっ!」


 不様に吹き飛んで顔から床に着地するフォルテ。

 あんな見え見えの飛び後ろ回し蹴りが実戦で使えると思っているのか?


「もうっ、フォルテ君どいてっ!」


 ターニャが苛立たしげに叫び、腕を振り上げる。

 彼女の前方で炎が膨れあがった。


 かなり強力な輝術だ。

 あれでは、少年も巻き込むのではないか。

 いや……少年が逃げるまで律儀に待っているようだ。


 ベラは意識を集中させ、剣を振る。

 魔剣が刀身の何倍もの大きさの炎を吹く。

 切っ先を割れた窓に向けると、炎の大部分は外に飛び出していく。


「なっ……」


 ターニャはベラが自分と同じ術を使ったことに驚いている。

 もちろん、いくらベラでも、無詠唱でこれだけの術を使うことはできない。


「っ……火炎狂風イグ・ティフォーネっ!」


 ターニャが輝術を唱えた。

 膨大な炎が視界を埋め尽くす。

 ベラは慌てずに魔剣ディアベルを掲げた。

 炎はまるで川の流れの如く、すべて赤黒の刀身に吸い込まれていく。


「残念だが、私に輝術は効かないぞ」


 輝術吸収。

 魔剣ディアベルの能力である。

 放たれた敵の問答無用で無効化し、さらに任意で解き放つことができる。


 ファーゼブル王家に伝わる伝説の魔剣。

 その真髄は、輝術師殺し。


 強力な輝術を使う相手にこそ、その真の力を発揮する。

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