427 ▽変わり果てた親友

 ターニャはフォルテの後ろに回り、首元に腕を巻き付けた。


「ね、フォルテ君。私じょうずだったあ?」

「うん、すっごく良かったよ」

「きゃは。嬉しいなあ」

「う、嘘だっ!」


 ジルは思わず叫んだ。

 変わり果てた親友の姿に驚いただけじゃない。

 あのお淑やかなターニャが、あんなことをしていたなんて……

 そんなジルをあざ笑うように目の前の二人は顔を寄せ合って、クスクスと笑う。


「ね、言ったとおりでしょお。目の前でヤッてみせたらジルはぜったいショックを受けるってえ」

「本当だったな。どうせなら最後までやる?」

「もうっ、フォルテ君ってばあ。それもいいけどお、どうせなら邪魔者を排除してから、ゆっくりと……ね?」


 ターニャは甘い声でそんな事を囁いた後、打って変わって憎しみのこもった瞳をジルに向けた。


「さあフォルテ君。いっつも私たちを見下して笑っていた、あいつらを殺しましょう。二人の未来のために」


 直後、ターニャの姿がかき消えた。

 ゾッとするほど強烈な殺気が背中に突き刺さる。

 彼女はジルを通り越して、ナータの背後に立っていた。


 左手はナータの喉元に。

 右手は同じく腕を掴んでいる


「ターニャ……!」

「気安く呼ばないでくれる? それより、あんたの相手はそっち」


 ジルが前を向くと、眼前にフォルテが迫っていた。


「ひゃっはあ!」


 繰り出された拳をジルは身を捻って避ける。

 相変わらず、型もなにもない、デタラメなパンチだ。

 だが、そのスピードは彼女の知っているフォルテとは段違いだった。


「くっ……」

「遅えっ!」


 床を踏みしめ、反撃を試みる。

 それ以上の速さでフォルテは追撃をする。


 強烈な後ろ回し蹴りからの連続蹴り

 ジルは初撃をグローブをつけた方の手で払った。

 しかし、連続して繰り出される蹴撃までは防げない。

 恐ろしく勢いのある蹴りが、ガードの上からジルを吹き飛ばす。


「ぐっ……!」


 地面に激突する直前、空中で体勢を立て直し着地する。

 が、踏ん張りがきかずに片膝をついてしまった。


「ああ、楽しいなあ。ムカつく相手を圧倒的な力で支配するってのは、こんなにも楽しいんだなあ。ジルぅ……」


 歪んだ笑顔を貼り付けたフォルテが、ゆっくりとジルの方へと近づいてくる。




   ※


 ナータは背後を取られていた。

 喉元を押さえられ、武器も奪われてしまった。

 身動きが取れないまま、フォルテとかいう気持ち悪い男と戦うジルを見ていることしかできない。


 ターニャが耳元でささやく。


「動かないでねえ。ちょっとでも抵抗するそぶりを見せたら、ザクっとやっちゃうからあ」


 当てられたナイフに力が込められる。

 彼女に奪われた光の棒は、すでに柄だけの状態に戻っていた。


「見てたよお。なんだかわからないけど、これは危険だから預からせてもらうねえ」


 同じ友達グループにいながら、あまり仲は良くなかった。

 だが、かつてのターニャはこんなにも醜く、嫌悪感を催す女ではなかったはずだ。


「あんた、操られてるの? それともそれがあんたの本性?」

「はあ? 決まってるじゃなあい、これが本当のわ・た・しぃ。お前やジルに馬鹿にされていた時の、か弱くてお淑やかなターニャちゃんじゃないのよお」


 馬鹿にしていた覚えはない。

 ジルはいつも彼女のことを気にかけていた。

 こいつは普段の笑顔の裏で、そんなことを思っていたのか。


「よくわかったわ。あんた、最初から頭が腐ってたのね」

「なんとでも言えばあ? 何を言おうと、オマエは親友がボコボコにされるのを、黙って見ていることしかできないんだからねえ」


 ジルとフォルテの戦闘は続いている。

 しかし、それは闘いと呼べるようなものではなくなっていた。


 ほぼ一方的に、フォルテがジルをいたぶるだけである。

 ジルのとんでもない強さは、ナータもよく知っている。

 だが、フォルテの動きはあまりにも人間離れしていた。

 まるで噂に聞く輝攻戦士のようだ。


「あんたたち、そんな力をどこで手に入れたの?」

「そんなこと教えるわけないでしょお? と……あらあ?」」


 フォルテの拳がジルの腹にまともに打ち込まれた。


「があっ……」

「ひゃっほー! クリーンヒットぉ!」


 ジルの身体が派手に吹き飛ばされる。

 そのまま受け身も取れず、壁に叩きつけられた。


 蹲って苦しむかつての親友の姿をターニャは嬉々として眺めていた。


「きゃは、今のはきれいに入ったねえ! ほらほらあ、死んじゃったかなあ? お前の友達、死んじゃったかなあ!?」


 醜い女だ。

 ナータは歯ぎしりした。

 下手に動けば殺されるかもしれない。

 だが、いつまでも調子に乗られるのは耐えられない。

 理性ではわかっていても、我慢の限界に達するのは遠くない。


「なんだよ、ガッカリだな。もうちょっと手応えあると思ったんだけど」

「げほっ、ごほっ……」


 フォルテはつまらなそうに首を慣らしながら、壁際で咽いでいるジルに近づいていく。


「こんなんじゃ十年来の恨みを晴らした気分にならないぜ。なあジル、もっと抵抗してくれよ」

「くっ、うああ……」

「ちっ。マジで終わりなのかよ」

「フォルテ君が強すぎるんだよお」

「お、そっか?」


 ターニャに褒められ、フォルテは気持ち悪いニヤケ顔を浮かべた。


「ま、それならそれでいいんだけさ。けど、フォルツァ先輩には悪いこと言っちゃったな。ジルがこの程度なら、あの人の方がぜんぜん手強かったぜ」

「な……ん……」


 ジルは怒りの籠もった目でフォルテを睨みあげる。


「お? くくくっ。まだやるか? だったら良いこと教えてやるよ。お前の大好きな兄さん、フォルツァ先輩を病院送りにしたのは、この、おれっ!」

「貴様ぁっ!」


 激昂するジル。

 しかし。


「キャハハハッ! ダメだよおフォルテ君、嘘ついちゃあ! ジルのお兄ちゃんを火だるまにして、大火傷を負わせたのは、私なんだからさあ!」

「な……」


 ジルは気力を振り絞ってなんとか立ち上がった。

 が、楽しそうに叫ぶターニャの言葉に愕然としてしまう。


「あーあ、余計なこと言うなよ。せっかくジルがやる気を出してくれそうだったのに、これ以上心を折ったらマジで立ち直れなくなっちゃうだろ……なんてな、あははは!」

「キャハハッ! ごめんねえフォルテくぅん! お詫びにい、あとでたっぷりえっちなサービスしてあげるねえ! キャハッ! キャハハハハ!」

「あっはははははっ!」


 何が楽しいのか、狂ったように笑う二人。

 自分の友達が苦しむのがそんなに面白いのか。


「ちっ、死ねよクソ女」

「キャハハ……は、あ?」


 ナータの呟きが聞こえたのか、ターニャは笑い声を止めた。


「ねえ、いまお前、なんて言ったあ?」

「死ねって言ったんだよ。このあばずれの雌豚」

「あはっ」


 ターニャは笑った表情のまま、目を大きく見開いた。

 髪を掴まれ、強引に振り向かされる。

 平手で頬を叩かれた。

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