426 ▽醜悪

 ジルは素早く廊下の左右を見回した。

 どうやら、この付近に敵はいないようだ。

 安全を確認し、窓からを顔を出して相棒を呼ぶ。


「ほら、ナータも早く来いよ」

「できるか、あほっ!」


 文句を言いつつも、ナータもジルと同じように助走をつけてジャンプを試みた。

 ドアノブを踏み台にした所までは良かったが、足をつけた瞬間に回転。

 そのまま足を踏み外して、彼女の身体は壁に叩きつけられた。


「ほごっ!?」

「おい、時間がないんだから、ふざけてんなよ!」

「ふざけとらんわっ!」


 どうやらナータは自力で上がることができないようだ。

 ジルは身を乗り出して彼女を引っ張り上げようとする。


「ほら、掴まれ」

「ううっ」


 ナータは倒れた輝動二輪を起こし、スタンドを立ててその上に乗った。

 彼女が伸ばした腕を掴むと、ジルは気合を入れて引っ張り上げた。


「うっ……お前、以外と重いな」

「なんでこういうときだけ普通の反応なの!? その馬鹿力ですぱっと持ち上げなさいよ!」


 そうは言っても、片手で人の体重を支えるのは、いくらジルでもキツイ。

 窓の縁で体を支えながらじゃ、力も入れられない。


「うわっ、なんだお前っ!」


 と、近くのドアが開いた。

 防衛隊の少年に見つかってしまう。


「衛兵……じゃないな。正面で騒いでるやつらの仲間かっ!」


 少年は指を鳴らして近づいてくる。

 グローブをしている方の手はナータを掴んでいる。

 背後から迫ってくる敵相手に満足な対処などできない。

 侵入早々のピンチだったが……


「よっ、と」

「お?」


 あまりにも無警戒に近寄ってきたので、ジルは両足でその男の体を挟んだ。

 そして、その少年を支えに、一気にナータを引き上げる。


「うおっ!」

「ぎゃあっ」


 少年とナータが同時に叫んだ。

 ジルは体を反転させ、ナータを室内に、少年を窓枠へと叩きつけた。


「ほいっ」

「うぎゃっ」


 ふらつく少年を殴りつけ、そのまま窓から外に落とす。


「ふう、どうにか侵入できたな」

「あ、あんたね……」


 勢いよく廊下に転がされたナータは腰をさすりながら、恨めしげな目をジルに向けていた。




   ※


 ジルとナータは身を隠しながら市役所内を移動していた。


 遠くからは、うっすらと怒号と罵声が聞こえてくる。

 ほとんどの少年は正面入り口側の部屋にいるようだ。


 廊下を歩く人影はほとんどない。

 たまに見張りも立っているが……


「せいっ!」

「うっ」


 ジルが死角から近づいて襲撃し、素早く昏倒させる。


「死ね!」


 倒れた相手はナータが光の棒で殴ってとどめを刺す。

 決して騒ぎを大きくするなく、二人は上の階を目指していた。


 が。


「でさ、どこに向かってるのよ」


 階段の影から上階の様子を探っていると、ナータがそんなことを尋ねてきた。


「そりゃお前、ターニャがいるところだよ」

「だから、それはどこなのよ」


 ぶっちゃけ知らない。

 ジルはとにかく上を目指せば見つかるだろうくらいに思っていた。


 だが、よく考えたらそうとは限らないのではないか?

 表で騒いでいる不良たちの対処に出向いているかもしれない。


「一番奥にいるとばかり思ってたけど……」

「それ、なんの根拠もないわよね?」

「誰かに聞けばいいさ」


 とりあえず、見張りの少年がぼーっと突っ立っていたので、こっそり近づいてぶん殴る。


「うわっ――」


 突然の襲撃に少年は目を見開いた。

 大声を出される前にナータが光の棒で気絶させる。

 そしてジルは彼の背後に回り、首を絞めつつ尋問をする。


「カスターニャって女の子を知ってるな。どこにいる」

「だ、大臣の所にいると思う」

「大臣? そいつがこの事件の首謀者なのか」

「違う。大臣は道場一番の古株で、国王陛下に変わって、俺たちを仕切ってる人だ」

「そいつの名前と居場所は?」

「フォルテさんだ。居場所は――」


 最後まで聞く前に、ジルは男を絞め落とした。


「なにやってんのよあんた!?」

「悪い。ついイラっとして力が入りすぎた」


 一番効きたくない名前。

 ジルは怒りを抑えきれなかった。

 やはり、あいつがターニャを唆したのか。


 フォルテは、小さい頃からジルの実家の道場に通っていた。

 幼なじみでもあり、中等学校までは机を並べた学友でもある。


 だが、ジルは彼のことを信用していない。

 ほとんどの同級生はアイツの外面しか知らないのだ。


 実は初等学校の時、寝込みを襲われそうになったことがある。

 もちろん、途中で気付いてボコボコにした。

 その後すぐに彼は道場を辞めた。


 中等学校に入る頃には互いに忘れたふりをして、表面上は普通に付き合えるような関係に戻っていたが、あいつが心の中にどす黒い情欲を秘めていることをジルは知っている。


 あの日……

 衛兵から逃れるためとはいえ、ターニャをあいつに預けたのが間違いだったのだ。


「行くぞ! あのバカをぶっ殺す!」

「だからそいつはどこにいるのよ!」


 声を張り上げるジルとに、突っ込みを入れるナータ。

 そんな二人に声をかける人物がいた。


「大臣なら市長室にいるよ。この階の一番奥の部屋だ」


 腕を組んで壁により掛かっているのは金髪の少年である。


「これ以上あんたらに暴れて欲しくないらしくてね。俺が案内を頼まれた」

「……どうやら、最初から侵入には気付かれてたみたいね」


 いくら表で騒ぎを起こして注意を引いているとは言え、テロリストに占拠された建物にしては守りが薄すぎると思っていたのだ。


 以前にも部下を使ってジルを呼び寄せようとしたことがあった。

 誘っているのか、あいつらは。

 自分たちの所に来いと。


「そういうことだ。さあ、案内してやるから、おとなしく着いて来」

「うるさい」


 キザったらしく親指を立て、通路の奥を指し示す金髪少年。

 ナータは不用心に後ろを見せた彼の後頭部を光の棒で殴りつける。

 蹴飛ばし、踏みつけ、首筋を叩くと、そのまま少年は動かなくなった。


「お前、ひどいな……」

「場所がわかれば案内なんていらないでしょ」


 それはそうなんだが。

 まあいっか、どうせこいつらクズだし。

 ジルたちは気絶した金髪少年を踏みつけ、通路の奥を目指した。




   ※


 その部屋の扉には『市長室』と書かれた札が下がっていた。

 ジルとナータは顔を見合わせ、勢いよくドアを蹴破る。


「うっ……」


 そこで彼女たちが目にしたもの。

 それは、あまりにも醜悪な光景だった。


「あっ、あーっ。あ、ジル……ちょっとまって。もう少しだから……あーっ」


 ソファに深く腰掛けたフォルテ。

 彼の足元には半裸の少女が跪いていた。

 何をやっているのか大体わかるが、想像もしたくない。


「なっ、なななっ」


 ナータは顔を真っ赤にして震えている。

 ジルだってこんな醜い光景は一秒だって見たくない。

 だが、嫌悪感に勝る強い怒りが、彼女の足を室内に向かわせた。


「うっ……あっ!」


 フォルテが毛布を押さえつけ、気持ちの悪い声を上げる。


「はあはあ……ふふっ、ようこそ大臣室へ」

「なあ、楽しいか?」


 恍惚とした表情を浮かべ、歓迎の言葉を述べるフォルテ。

 そんなかつての幼馴染にジルは冷たい視線を返した。


「力で言うことを聞かせて女を弄ぶのが、そんなに楽しいのかって聞いてんだ!」

「そんなの楽しいに決まってるだろ……あ、もういいよ」


 少女がフォルテから離れる。

 フォルテは腰を浮かせて服装を正した。

 服の隙間から気持ちの悪いものが見え、ジルはさらに不快な気持ちになる。


「つーか、別におれがやってって命令したわけじゃないぜ」

「どうでもいい。それよりターニャはどこだ」


 やはりこいつは最低の男だ。

 頭の緩い取り巻き女なんてどうでもいい。

 淑やかで清純なターニャを、こんなやつの側に置いておきたくない。


「何言ってんだ、ターニャならここにいるだろ?」

「…………は?」


 フォルテの言っている意味がわからず、ジルは顔をしかめた。

 膝をついていた少女がゆっくりと立ち上がる。

 彼女はこちらを振り向いた。


 髪の長さは以前より短い。

 トレードマークの三つ編みも切り落とされている。

 化粧っ気の多い容姿は、ジルの知っている彼女よりも、ずっと大人びて見えた。


 喉を鳴らし、口元を手で隠しながら、妖艶に微笑む女。


「んっ……ふふ、久しぶりね。ジル」


 それは間違いなく、ジルの親友。

 ターニャだった。

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