420 ▽ケイオス化した少年たち
残存エヴィルの活性化によって、
馬車本体を牽くのは四台の輝動二輪。
六つの車輪が付いた、総勢で三〇名が乗車できる大型車両である。
仮にエヴィルと遭遇しても、乗客を乗せたまま一気に引き離すだけのパワーを持っている。
フィリア市から王都エテルノへと向かうその車両に、トラヴェスは乗っていた。
トラヴェスは今年で十七になる青年である。
現在はフィリア市南西部の工場で働いて生計を立てている。
彼の恋人は王都エテルノに住んでおり、この半年ほど遠距離恋愛が続いていたが、会いに行ける日が来るのをずっと待っていたのだ。
毎日のストレスから、街でケンカをしたこともあった。
そのせいで、道場とか言うよくわからない場所にも連れて行かれたっけ。
あそこで奇妙なカードに触れて以来、体力が有り余っている。
不思議な力が、身体の奥底から湧いてくる感じなのだ。
だが、トラヴェスはその力を悪用することはなかった。
一緒に道場に通ってたやつらは、その力を利用してなんとか防衛隊とかいう組織を作り、兵舎で衛兵の真似事のようなことをして働いているらしい。
明日からエテルノで暮らす予定のトラヴェスには関係の無いことである。
防衛隊に入るフリをしつつ、こっそりと抜け出してひとりで日常に戻ったのだった。
街壁に近づくに連れ、輝動二輪が速度を増した。
市内の大通りで思い切り加速をつけ、街門へと向っていく。
窓の外から見える景色が、見たこともない速さで後方へと流れていく。
視線を地面に向けると、舗装された道路の模様が灰色の暴れ川みたいに見える。
もし振り落とされたら命はないな……などとトラヴェスは思っていた。
気づけば、街門はすぐ近くに迫っていた。
門を馬車が潜った、その瞬間。
トラヴェスは見えない壁にぶち当たった。
その時点で彼の意識は完全に吹き飛んだ。
見えない壁はトラヴェスをその位置に押し留めたまま、体を椅子から剥がし、馬車の後方へと流していく。
高速で動く馬車の中、まるでトラヴェスだけが流れから取り残されたように。
「きゃあーっ!」
座席に座っていた婦人が絶叫を上げる。
トラヴィスは馬車最後部の壁面にぶち当たった。
そして一瞬にして、巨岩に潰されたような肉塊になった。
車内に血と肉片が飛び散る。
輝動馬車は一瞬の抵抗を受けただけだった。
その強力なエンジンパワーで、そのまま街道を走行し続けた。
車内のパニックと、ミンチになった少年に輝動二輪の御者たちが気づくのは、街道を一キロほど進んだ後のことだった。
※
「どういうことだよ、これはっ!?」
フォルテは常になく焦っていた。
彼は必死の形相でレティに詰め寄っている。
レティはまだレガンテのアパートに一人で暮らしていた。
普段は常に留守にしてるので、今日に限ってここにいたのは偶然ではない。
フォルテが事情を尋ねに来るだろうと考えたターニャが、彼女を呼んでおいたのだ。
「落ち着いてよ、フォルテ君」
「ターニャは平気なのかよ!? 今朝のニュース聞いただろっ、うちの道場のやつが、
言われるまでもない。
今日ここに来るまでも、街中がその話題で持ちきりだった。
市民の期待を背負って、数ヶ月ぶりに運行された連絡馬車。
それが血の惨劇に見舞われた面白い……もとい、痛ましい事件。
「トラヴェスってやつのことは覚えている。おれが道場に連れて行った。そういや最近姿を見かけなかったけど、輝鋼札に触れたところは、この目でしっかりと見た!」
さすがフォルテ君。
私なんか誘ったやつの名前と顔なんていちいち覚えちゃいないのに。
ターニャはそんなどうでもいいことに感心した。
「なあレティさん。あんた、おれたちに何をしたんだ……?」
「力を与えてあげただけよ。特にあなたとターニャには、特別に濃いのをね。そのおかげでガキ共のリーダーでいられるんだから、感謝して欲しいくらいだわ」
「特別ってなんだよ、おれがリーダーなのは、他のやつより才能があるからだろ!?」
そう言えば、そんな説明をしていた気がする。
フォルテ君はまだ信じていたんだね。
自分が特別な人間だって。
……かわいい男。
「ねえ、フォルテ君」
ターニャはフォルテを安心させるよう、彼を背後から抱きしめた。
これ見よがしに胸を背中に押し付けてやる。
少しだけ彼の激情が和らいだ。
「な、なんだよ」
「レティさんはケイオスよ」
ターニャはハッキリと告げた。
本人から直接聞いたわけではない。
しかし、ターニャにはその確信があった。
レティは肯定も否定もせずニヤニヤ笑っている。
「え、ケイ、オス……?」
「そして私たちが手にしたのはケイオスの力。すでに身体の半分は、彼女と同じモノになっているのよ」
「なんだって……!?」
トラヴェスとかいう男が死んだ理由は簡単だ。
高速で移動する馬車の中で結界に引っかかっただけ。
結界と輝動馬車内部の壁に挟まれて、ぐちゃぐちゃに潰れただけの話だ
「でもね、聞いて? 彼女がこんな素敵な力を与えてくれなければ、私たちはずっとつまらない人間のままだったのよ。フォルテ君は毎日仕事に追われ、私は親の言いつけに従って最後まで決められた人生を人形のように送るだけ……そうなるくらいなら私はこれで良かったと思うわ」
「でも、おかげでおれらは、輝鋼札がなきゃ生きられない体になっちまったんだぜ!?」
「縛られる対象が変わっただけよ」
少し前からのことである。
ターニャとフォルテは強烈な頭痛に悩まされるようになった。
定期的に輝鋼札に触れれば痛みは引くが、そうしなければずっと激痛を感じたままなのだ。
おそらく他の人より多くケイオスの力を得た代償なのだろう。
「最後の仕上げを終えたら、輝鋼札はお前たちにやろう」
まだフォルテは納得がいかない様子だったが、レティがそう提案すると、急に大人しくなった。
「どうせ私が作ったものだ。目的さえ達成さえすれば不要になる。より多くの力を自身に与えるなり、部下を増やすなり、好きに使えばいい」
「……あんたの目的って、なんだよ」
「フィリア市のファーゼブル王国からの独立」
代わりに答えたのはターニャだった。
「レガンテさんを新しい君主としてこの街を王国から切り離す。あなたは裏の王として君臨する。そうですよねレティさん?」
これはターニャのでまかせである。
ケイオスが人の社会システムを踏襲したり、穏やかに人間を支配するなどあり得ないことだ。
だが、ターニャの意図するところはレティに正しく通じたようだ。
「その通りよ。あなたを選んだのは偶然だけど、これまでの働きを考えたら大臣の地位を与えてやっても良いと思っている」
「だ、大臣……?」
恐らくフォルテは大臣という役職の重みも、どんな仕事をするのかすら知らないだろう。
王国においては王様の次に偉い人、その程度の認識しかないかもしれない。
だが、その肩書きは彼にとって非常に魅力的に映ったようだ。
欲深く思慮の浅い若者を、その気にさせるには十分なほどに。
「黙っていたのは悪かったわ。けどね、計画漏れを防ぐためには、ギリギリまで秘密にしておきたかったの。私が、いや、私たちだけの王国を作るには万全の準備が――」
「わかったよレティさん。それで、おれは何をすればいんだ?」
ほらね。
フォルテ君は単純で、まっすぐで……
とってもかわいい普通の男の子なんだから。
レティの真の目的なんてどうでもいい。
ターニャはただ、彼と一緒にいられればそれでいい。
そのためなら嘘も吐くし、利用できる者はなんでも利用する。
跡に残るのがたとえ、瓦礫と屍の山であっても。
「そうねえ。それじゃあ、まずは――」
さあ、宴の始まりだ。
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