419 ▽少年防衛隊

「カスターニャさん、お疲れっす!」

「お疲れーっす!」


 通路を歩いていると、兵舎内には似つかわしくない少年たちが挨拶をしてくる。

 彼らはみなフォルテとターニャが勧誘した街の学生や若年労働者たちだ。

 通称は『グローリア部隊傘下フィリア少年防衛隊』である。


 その中に混じって、わずかながら憎々しげな目を向けてくる、正規輝士や衛兵たちの姿もあった。


 フィリア市の全兵士数は一二〇人。

 輝士が一五人に、衛兵が一〇五人だ。

 以前はそのうちの三分の二が、この中央宿舎に勤めていた。


 だが、今やそのほとんどが北部兵舎や、街壁上にの見張り塔に異動させられている。

 ここに残っている輝士や衛兵は、雑務を行うための最低限の人員のみ。

 それも、二〇人ほどしかいない。


 少年防衛隊の人数は、切り捨てた人員を差し引いても、五〇人を超える。

 今や完全に兵舎内の人員割合は逆転していた。


 道場から移って来た少年たちはもちろんデスク業務など行わない。

 兵舎内を私物化し、我が物顔で居座っているだけだ。

 時おり、思い出したように街の見回りをする。


 こんな現状に、正規の衛兵たちが良い顔をしないのは当然だろう。

 だが、縦割り社会に慣れた彼らは、上役であるレガンテには逆らえない。 

 もちろん、現在彼の代理である、フォルテやターニャに対しても同様である。


 前団長であったジャッカの不審死。

 その後も、二名の輝士が謎の変死を遂げている。

 どちらも面と向かってフォルテに刃向かった直後の事だった。


 残った輝士たちは異変に気づいて逆らうことをやめた。

 衛兵たちはそれに従い、口を噤むしかできない。


 自然、治安維持という本来の仕事にも支障をきたすことになる。

 ここ数日、フィリア市の治安は悪化の一途を辿っていた。

 少年防衛隊がまともに働いていない証拠でもある。


 ターニャは兵舎から出た。

 正面入口の側で、殴り合いをしている男たちが目に入った。


「っしゃあ、やれやれ! ぶん殴れ!」

「負けんなよー? オメーが勝つ方に賭けてんだからな」


 本来は止める立場にある防衛隊の少年たちも、面白がって囃し立てているだけ。

 横目でちらりとその光景を眺めながら、ターニャは小型輝動二輪に跨がった。


 フォルテのいる隠れ家へと向かうために。




   ※


「なあ、いいだろ? せっかくわざわざ来てやったんだからさぁ」

「えーっ。そりゃ、私も別にいやじゃないけどぉ……」

「んじゃさ、欲しがってた銀のブレスレット、買ってやるよ」

「えっ、マジで?」

「マジマジ。金なんか兵舎の金庫から、いくらでもちょろまかせるんだからさ」


 フォルテはニヤニヤ笑いながら、ラーナの服に手をかけた。


 ラーナは少年防衛隊に所属する少女である。

 元はルニーナ街のパン屋で働いていた、普通の勤労少女だった。

 低賃金で働く生活に嫌気が差し、ターニャの誘いに乗って同志になったのである。


 貴金属をちらつかせれば簡単に体を許す。

 頭の弱い女だということはすでに調査済みだ。


「そんじゃあ、一回だけだよ?」


 頭は悪くても、体は極上。

 顔もまあ平均以上と言っていいだろう。


 フォルテにはターニャという恋人がいるが、ラーナのことは以前から狙っていたのだ。


 浮気は男の甲斐性。

 嫉妬深い恋人の目を盗み、隠れ小屋に連れ込むまでは苦労した。

 今回こそは、ターニャに見つかる前にさっさと終わらせたいものだ。


「んっ……」


 フォルテがラーナを組み伏せ、まさに唇を重ねたその瞬間。

 勢いよくドアが開き、夕暮れの光が二人を包んだ。


「きゃっ!?」


 驚き声を上げるラーナ。

 フォルテは大きくため息を吐いた。

 ゆっくりと起き上がり、ドアの方を向く。


「やあ、ターニャ……」

「ここにいたんだね、フォルテ君」


 そこに立っていたのは、張り付かせたような笑顔を浮かべるターニャだった。


「衛兵のなんとかって人が探してたよ。予算のことで話があるんだってさ」

「そ、そうか」


 フォルテはシャツのボタンを留め、彼女の横を通り過ぎる。


「知らせてくれてありがとう」

「どういたしまして」


 ターニャはフォルテの方を見ない。

 彼女の視線は半裸で横たわり、何が起きているのかわからない様子のラーナに注がれていた。


 その表情を想像するのも恐ろしい。

 フォルテは黙って隠れ家から立ち去った。


 この場所もバレちゃったかあ。

 次に浮気するときは、もっと見つかりにくい場所を探さないと。


 それにしても、もったいない。

 あんなに美味しそうな体をしていたのに。

 一度も抱けないまま、ラーナとはもう会えなくなるなんて。


 ま、仕方ないか。

 フォルテは未練を断ち切る。

 彼女のことはこれっきり忘れることにした。




   ※


 本当にもう、フォルテ君ってば浮気性なんだから。


 背後から彼の気配が消えた。

 目の前のラーナは慌てて服を着始める。


「あ、えっと……それじゃ私もこれで」

「どこに行くの?」


 ターニャはゆっくりと彼女に近づいていく。


「そ、そろそろ家に帰らなきゃ。カスターニャ副隊長も暗くなると危ないから、早めに――」

「人の彼氏を寝取ろうとしておきながら、どこに逃げようって言うの!?」

「ぎゃあっ!?」


 指先がラーナの顔に触れる。

 彼女は体を仰け反らせ、床を転げ回った。


 肉が焼けるにおいが鼻につく。

 ターニャの人差し指が白く発光していた。

 強力な攻撃用輝術である閃熱フラルと同等の性質を持つ術である。


 効果は一瞬。

 射程もゼロに等しい。

 だが、直接触れれば、人間の皮膚など簡単に溶かしてしまう。


「ちっ、違うんですっ! フォルテ隊長の方から誘ってきたんですっ!」

「は?」


 這いつくばって逃げようとするラーナ。

 彼女の足を掴み、アキレス腱を切断する。


「ぎゃあああっ!」

「フォルテ君は私を愛しているのよ? 彼が自分から不貞を働くわけがないじゃない」

「違っ、本当にっ」

「どうせ権力欲しさでフォルテ君に取り入るつもりだったんでしょう? せっかく私が仲間に誘ってやったのに、恩を忘れて男漁りとか、とんだ女狐だわ。それともフォルテ君があまりに素敵すぎて、あんたのゆるーいそこが我慢できなかったのかしら?」


 呆れた声で言いながら、事務的にもう片方のアキレス腱も焼き切る。


「ぎゃあああああーっ!」


 ラーナの絶叫を聞いてもターニャは顔色一つ変えない。


「いたいよぉ、熱いよぉ……許して、カスターニャ副隊長、お願いっ……」

「そーんなにそこが疼いてしかたないなら、壊れるまでぶち込んであげるわあ。お望み通り、とびっきり硬くて、太くて、熱いのをね!」

「いやあああああっ!」




   ※


 ゆるして……

 ゆるして……

 ゆるして……


 うわごとのように呟く異形の肉の塊。

 それは数時間前までの面影など欠片も残っていない、少女のなれの果ての姿だった。


 すべての服をはぎ取られ、体には至る所に火傷と凍傷の痕がある。


 特に酷いのは顔と腰から下。

 もはや、人としての原形を留めていない。

 たとえ彼女の親が見ても、ラーナだとは判別できないだろう。


「うーん。イグ系統はずいぶん慣れたけど、グラ系統はまだちょっと苦手かなあ」


 肉の焼ける悪臭の漂う部屋で、ターニャは拷問を兼ねた輝術練習の成果をそう評した。


「これはまた……派手にやったものね」


 背後のドアが開き、知っている声が聞こえた。

 彼女の接近は少し前から遠輝眼スピーア・オクルスで気づいていたので、別に驚きはしない。


 ターニャはくるりと振り帰り、貴族会で培った作り物の笑顔を浮かべた。


「お久しぶりです、レティさん」

「久しぶり。あなた、ちょっと見ない間にずいぶんと変わったわね」

「おかげさまで」


 丁寧にお辞儀までしてみせる。

 ある程度の数の少年少女たちを集めて力を分け与えた後、レティはあまり彼女たちの前には姿を表さなくなくなった。


 裏で何をやっているかは知らないが、別にどうでもいい。

 ターニャは彼女には本当に感謝している。


「輝鋼札は性格まで変える効果はないはずなんだけどね」

「なら、これが本当の私なんですよ。できることが増えれば、やりたいことも変わります」

「そんなものかね。私にはよくわからないわ」

「そんなものなんですよ。人間なんてね」

「う……あ……」


 小さなうめき声を耳にし、ターニャは足を振り上げ体を半回転させた。

 つま先から踵までが閃熱フラルの光で覆われる。


 その状態のまま、回し蹴りがラーナの横っ面に炸裂。

 彼女の頭の上半分を溶かしながら、また元の位置に戻った。


 苦しむ少女の命を無残に奪ったターニャは、スカートの裾を持ち上げて一礼する。


閃熱断蹴フラル・ギリョッティーナと名付けました。いかがでしょうか?」

「素晴らしいわ」

「ありがとう」


 レティに褒めてもったターニャは素直に喜んだ。

 背後では少女の残骸が、頭部の切断面から中身をこぼし、崩れていく。


 人を殺すのは今日が初めてじゃない。

 こんなふうにフォルテ君を誘惑しようとした雌を退治するのは、これで四回目だ。


「これなら十分、役に立ってくれそうね。決行の日は近いわよ」

「その時を楽しみにしているわ」

「けど、本当によかったのかしら? いくら我々と同等の力を得たとは言え、あなたはこの世界のヒト。肝心なところで日常が恋しくなったとか言い出さないかしら」


 レティが不思議なことを言うので、ターニャは悪魔的な笑みを浮かべながら答えてあげた。


「どうでもいいんですよ、そんなこと。あなたが何者だろうと、何を企んでいようと関係ないわ。こんな素敵な力をもらった恩返しはちゃんとしますよ。日常が恋しくなるですって? フォルテ君さえ側にいるなら、こんな街の一つくらい喜んであなたにくれてやります」

「……さっきの言葉を訂正するわ。あなたはもうヒトじゃない」

「いいえ、私は人間ですよ。あなたと違ってね」

「ふふっ、そうかしらね」


 すでに夕日は沈み、月の光が窓から差し込んでいた。

 死臭の漂い始めた狭く暗い部屋の中で、二人の魔女は声を上げて笑った。

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