413 ▽怖いものは何もない

「すっげーよ! レガンテさん、修行の成果はばっちりだったよ!」


 初めての実戦が終了してからというもの、フォルテはずっと興奮しっぱなしである。

 兵舎に戻ってからも、前を歩くレガンテに話しかけ続けている。

 ターニャはそんな彼の横で嬉しそうに微笑んでいた。


「どうだ、自信はついたか」

「ついたついた! 正直に言って最初はビビってたんだけど、今回の戦いではっきりわかったよ! おれもエヴィルと戦えるんだ!」


 三〇体のキュオンのうち、半数以上はレガンテが一人で退治した。

 だが、フォルテも七体を自分の手で倒している。

 ターニャが単独で止めを刺したのは五体。

 初陣にしては上出来の戦果である。


 あの恐ろしいエヴィルと戦って勝ったのだ。

 強さを求めるフォルテにとって、これ以上ない素晴らしい経験になったと言えるだろう。


「自信を持つのは良いが、慢心はするなよ。勝ち続けるためには毎日の修行に怠りがないようにな」

「わかってるって。おれももっと頑張って、レガンテさんの片腕って言えるような――」


 ふと、前を歩くレガンテの足が止まった。

 フォルテはぶつかりそうになった体を止めて前を覗く。

 彼ら三人の前に、甲冑に身を包んだ輝士が立ち塞がっていた


「君たちの戦いぶり、とくと拝見させていただいたよ。いや、まったく、見事なものだった」


 誰だ?

 偉そうな喋り方が耳につく。

 良い気分に水を差されたことに、フォルテは腹を立てた。


「ターニャ、このおっさん誰だか知ってる?」

「フィリア市輝士団の元団長、昨日までここのトップだった人よ。名前は忘れたけど」

「なんだ、レガンテさんが来て降格された人か」


 ピクリ、と元団長の眉が跳ね上がった。

 どうやら怒ったようだが、フォルテは気にしなかった。


 輝士団本隊は随分と出陣に手間取ったらしい。

 戦闘が終わってから戦場に到着した彼らの姿は帰り際に見た。

 凱旋するフォルテたちを呆然と見送る輝士団は、マヌケ以外の何者にも見えなかった。


「ふ、ふん。礼儀がなっていない部下だな。いったいどのような教育をしているのか」


 頬を引きつらせながら悪態を吐く元団長。

 フォルテはそんな幼稚な態度に苛立ちを露わにした。


「あのな、おっさん――」


 戦闘後の興奮はまだ続いている。

 こんなやつに楯突くことに恐れは全くなかった。

 だがフォルテが文句を言う前に、レガンテが元団長を注意した。


「礼儀を言うのなら、新任の上官に対する欠礼も咎められるべきではないかな。ジャッカ殿」


 ジャッカと呼ばれた男が顔を真っ赤に染める。

 眉間のあたりがピクピクと震えている。


 まともに輝士団を動かせず、後から来て見ているしかできないような男。

 こんな無能野郎がトップだから、レガンテさんがわざわざ中央から派遣されたんだ。


 これからは変えていかなくっちゃならない。

 この街の腑抜けた輝士団を。

 他ならぬこのおれが。

 レガンテの下で。


 フォルテは決意を新たに、撃ちから沸き上がる闘志を燃やした。


「本当に、中央の人間はプライドばかり高くて嫌になるな。いいか? 団長の座は一時的に譲ったが、ここでは俺が先任だ。お前らには現場のやり方ってやつをみっちりと叩きこんでやるからな。もし厳しさに弱音を吐きたくなったらすぐに言え。上とかけ合って役職の重圧から開放してやるから、安心して職務に当たれよ!」


 ジャッカは一気にまくし立てると、ずんずんと足を踏み鳴らしながら去っていった。

 まるで子どものようだとフォルテは思った。


「バカみたい。あんなのが輝士団のトップだったなんて、フィリア市民として情けないわ」


 ターニャが珍しく悪態を吐いたが、フォルテもそれには同感だった。

 常に前線で戦ってきたレガンテさんに向かって、何が弱音だ。

 どっちが追い出される立場かすぐにわからせてやる。


「フォルテ」

「あ、はい!」


 フォルテは慌てて中指を立てていた手を引っ込める。

 さすがに非礼を咎められるかと思ったが、どうやら違っていた。


「いきなり全員は無理だが、道場の生徒も少しずつ兵舎に呼び寄せようと思っている」

「本当ですか?」


 フォルテが稽古をつけている仲間たち。

 あいつらの中には、すでにかなり腕の立つ者もいる。

 やる気も十分にあるし、気の抜けた輝士よりよっぽど役に立つだろう。


 エヴィルが現れてもすぐに動けないような腐った輝士団を変えるには、彼らの協力も必要になってくるはずだ。


「これからの時代には、ああいう古い輝士は邪魔なんだ」

「わかりますよ。本当にさっさと引退しちゃえばいいのに、それか――」

「消えてしまえばいい」


 調子に乗って暴言を吐きそうになったフォルテだったが、思っていたことを先に言われて焦った。


 レガンテは笑っていた。

 悪戯を考えている少年のような不敵な笑みで。


「もっと自信を付けたいとは思わないか?」


 それってどういう意味?

 ……とは、聞き返さなかった。


 自分はフォルテの片腕になると誓ったのだ。

 これくらい理解できないようでは、未来の副団長は務まらない。


 まあ、そう遠い未来でもなさそうだけど。




   ※


 三日後、フィリア市にちょっとした衝撃が走った。

 明け方の路上で、輝士団副団長の変死体が見つかったのだ。


 死体は鋭利な刃で何度も斬りつけられていた。

 ただの通り魔の犯行とは思えない、凄惨な現場だった。


 輝士団の副団長という立場を考えても、まったく抵抗をしなかったとは考えられない。

 反攻現場周辺には、彼が何者かと争ったような形跡が残されていた。

 おそらく複数の相手に不意打ちで斬りつけられたのだろう。

 ……というのが、現場を調べた衛兵の見解だった。


 最後に被害者が目撃されたのは前日のルニーナ街。

 チンピラ風の少年たちと口論しているのを通行人が目撃していた。

 どちらも相当に酔っ払っていたように見えたと、多くの人が証言している。


 被害者は先日まで輝士団の団長を務めていた。

 降格されてからは毎晩のように酒に溺れていたらしい。




   ※


「くくく、あはは、あはははは!」


 道場の二階で、読み慣れない新聞を眺めていたフォルテは、溢れる笑いを止められなかった。

 特に面白いのが「複数の相手に不意打ちで斬りつけられたのだろう」という一節だ。


 どうして、彼がより強い相手と戦って負け、その後でめった切りにされたとは考えないのだろう?

 まあ、普通の人間としては、それほど弱い相手でもなかったけどな。

 戦闘の細かい痕跡はターニャにしっかり消してもらったし。


 街中に輝士団の副団長より強くて凶悪な犯罪者が潜んでいると考えるよりは、干渉無用の隔絶街の住人のせいにして、事件をあやふやにしてしまった方が市民たちも安心だろう。


 自暴自棄になった人間が、くだらないケンカの果てに死亡した。

 ただそれだけの事件である。


 それが現役の輝士とあれば騒ぎにもなるが、やがて忘れられるだろう。

 市民たちは街を護る輝士団一人一人の名前まで覚えていないのだから。


 だが、この一件でフォルテが得たものは大きかった。

 自分の力はエヴィルだけでなく、剣の達人も上回るという自信。

 そして、人を斬る経験と愉悦を知った。


「いやあ、楽しかったなぁ……」


 もう、怖いものは何もない。

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