366 ▽孤軍奮闘
砂をふるうような音が響く。
輝動二輪が甲高い嘶きを上げている。
祖父の愛機『FA750』は、現役時代そのままの姿で厩舎にあった。
「一世代前の機種ですが、まだまだ一線を張れますよ。戦場でのパフォーマンスは新型機にも遅れを取りません」
整備士のお墨付きも受けた。
ベラは二度アクセルを捻る。
不思議と手に馴染む感覚だ。
祖父の思いがベラの心に流れ込んでくる。
「ありがとう」
この整備士は騎手がいない間も、ずっと機体の面倒を見てくれていた。
ベラは彼に深く感謝をしてアクセルを吹かした。
「ファーゼブル王国輝士ベレッツァ、出陣する!」
※
「おい」
敵の攻撃を輝術による牽制と体術で捌きつつ、レガンテは対戦相手に話しかけた。
「気づいているか。大変なことが起こってるようだぞ」
「見くびるな。空気の変化で大体の事は分かる」
アビッソはハッキリと聞こえるように返事した。
それでも攻撃の手を休めないところは流石というべきか。
「どうする、とりあえず決着を着けるか?」
この数分の攻防で、二人の実力がほぼ拮抗しているのはわかった。
だがレガンテは体力の消耗が激しく、アビッソは攻めきれない精神的な焦りが表面に現れている。
レガンテの体力が尽きるか、アビッソが致命的な隙を見せるか。
決着のときは近いだろう。
だが。
「王国の平和を脅かす者は何者であろうとも許さん、が……」
アビッソが足を止めた。
それは大きな隙であったが、レガンテは攻撃をしない。
「試合を放棄するか」
「それは天輝士に選ばれる権利を放棄するということになる」
「あの女輝士は既に行ったようだ」
「そうみたいだな」
「正義感に突き動かされ、大儀を見失う。なんと愚かで素晴らしい事か」
レガンテも、周囲に展開させていた術を全て解除する。
「決着はまた今度だな」
観客席にざわめきが広がる。
何人かは外で起こっていることに気づいているだろう。
王国の危機より目の前の娯楽の方が気になるとは、確かにこの国の輝士は腐りきっている。
それに比べて、アビッソという男はなかなか気概があるようだ。
「じゃあ、行くか」
「勘違いするなよ。馴れ合うつもりはないからな」
俺だってそうさ。
レガンテは胸中に呟いた
対戦相手に背を向け、闘技場出口へ向けて駆け出す。
そのすぐ脇を、低空飛行でアビッソが追い抜いていった。
※
厩舎口から王城を出る。
市内の大通りを西門目指して爆走。
何事かと振り返る市民たちを横目に、ベラは全力で機体を走らせた。
街壁にたどり着いた。
「王宮輝士ベレッツァだ。先遣隊として一足先に駆けつけた」
「ご苦労様です! お気をつけて!」
外の様子はすでに聞いているのだろう。
門番たちは輝士証を見せると、すんなりと外に出してくれた。
都市の外では、街壁を背に武装した見張りの兵たちが不安そうな顔で佇んでいる。
彼らの視線の先には驚くべき光景が広がっていた。
「やはり……」
まだ遠い草原の向こう。
かすかに肉眼で確認できる距離。
そこに、黒くうごめく塊があった。
否、それは一個の物体ではない。
無数の生物の群れ。
エヴィルの大群だった。
「お前たち、何をやっている!」
ベラは手近な兵士に向かって機上から叫んだ。
アレだけの数が一気に攻めて来たら迎撃が間に合わない。
街壁に取り付かれてしまえば、強引に結界を突破される可能性もある。
王都の強大な結界はそう簡単に破られることはない。
とはいえ、街壁を破壊されればどれだけの混乱に陥ることか。
あまりに対応が遅れては、市民の輝士団に対する信用も失われるだろう。
「やつらを都市に近づけるな! 街壁から離れたところで迎え撃つんだ!」
輝士として、市民を守るものとして。
ベラは当然のことを言ったつもりだった。
正式な輝士であるベラには兵たちに命令する権利がある。
指揮権が働いていない今は、自分がこの場を仕切るべきだと思っていた。
しかし、兵士たちから帰ってきた言葉はベラを愕然とさせた。
「無理ですよ、輝士さま!」
「あんなのと戦ったら殺されちまいますって」
「な……」
自分の命を捨て、市民のために闘う。
それが王国に従事する戦士の務めである。
それは輝士であろうと、兵士であろうと、変わりないはずだ。
「何を軟弱なことを! 貴様のその腰の剣は飾りか!」
「剣でエヴィルと闘えるのなんて、輝攻戦士くらいのものですよ!」
面と向かって反論され、ベラは言葉を失った。
輝鋼精錬された武器を持っていても、一般兵がエヴィルと戦うのは命がけだ。
彼らは槍を持って陣形と数を頼りに戦う集団戦法しか学んではいない。
多数で一体のエヴィルを囲んで闘うのが前提の戦術だ。
あるいは、街壁に隠れて安全な位置から矢を放つくらい。
それではあの大軍相手にたいした意味はない。
「輝士団はみんな選別会の警護で出払っちゃってますし、輝術師だって何人もいるわけじゃない。俺たちの仕事は援軍がくるまで見張ってることですよ!」
「……もういい!」
末端の士気のあまりの低さ。
祭りに浮かれて本来の役割を蔑ろにする輝士団。
そして、緊急の際に迅速な動きが出来ない、ガチガチの指揮系統。
いくら太平の世が続いたとはいえ、これが誇り高きファーゼル王国の姿か。
単なるお祭りの商品として与えられる程度の名誉なら……私はいらない。
「私はエヴィルを迎え撃つ。貴様は城に戻って輝士団に伝えろ、さっさと準備を終わらせて戦場に来いとな」
「なっ、無茶です! あの数をたった一人で――」
兵士の弱音は最後まで聞かなかった。
ベラはアクセルをひねり、輝動二輪を走らせる。
あの大群相手に、はたしてどこまで闘えるのか……
輝攻戦士は一騎当千の代名詞とはいえ、それは人間相手のこと。
地平線を埋め尽くすようなエヴィルの大群相手に、そう持つものではない。
輝士団の編成が整う時間を稼げるのはこの場で自分しかいない。
私は今日、命を落とすことになるかもしれない。
だが、ベラの胸に湧き上がるのは、なんとも言えない高揚感だった。
※
「うぉぉぉっ!」
雄叫びを上げながら敵へと突っ込んでいる。
眼前には異界から来た無数の魔獣の群れ。
魔犬キュオンを始めとする魔物たち。
鋼よりも強靭な爪は人の肉を容易く切り裂き、獰猛な牙は骨をも砕くだろう。
しかし、恐れはない。
ベラは機上で輝攻戦士化した。
「せい!」
すれ違い様に先行するキュオンの首を刎ねる。
その勢いのまま次の一団に迫って行く。
機体を大きく振る。
体を傾けて姿勢を低くする。
すれ違いざま、全力で剣を振る。
三度の切り替えしで五体のキュオンを葬った。
今度は巨体で覆いかぶさるような魔蜘アラクネーが躍り出る。
グロテスクな見た目の魔蜘を頭上で両断した直後、唱えていた輝言が完成した。
「――
前方の空間、進行方向で火球が膨張を開始する。
それは等身大サイズにまで膨れ上がり、やがて大爆発を起こした。
十数体のエヴィルが爆発に巻き込まれて四散する。
舞い上がる煙が晴れるのを待たず、ベラは機体を再加速させた。
ハンドルの下、小指ほどの大きさにせり出しているレバーを引く。
ミラー部分が下がり、巨大なランスのようなものが機体前方に突き出た。
可動音が大きくなる。
機体が淡い光に包まれる。
機体はアクセルによる加減速を受け付けなくなり、自立してバランスをとりながら自動運転で前方へと進んでいく。
ベラは機体から跳び下りた。
祖父の輝動二輪は単体でエヴィルの群れに突っ込んでいく。
これは戦闘用輝動二輪に装備されたギミック『特攻キー』である。
輝攻戦士は剣での地上戦でこそ真価を発揮するので、機体に乗りながらでは全力を出せない。
そのため戦場に到着後は輝動二輪そのものを武器と敵陣に突っ込ませるのだ。
やがてエヴィルの群れを貫いた輝動二輪は敵集団の遥か後方で停止する。
エヴィルは
激しい戦闘に巻き込まれて修復不可能に破壊される可能性もあるが、祖父の輝動二輪は数多の戦場で同様の扱いをされながらも、これまで持ちこたえてきた。
地上に降り立ったベラは間髪入れずに輝言を唱え始めた。
エヴィルたちは倒れた同族を気に留めることもない。
目の前に降り立った獲物にのみ注意を向ける。
街壁からはまだかなり離れている。
自分が健在なうちは、魔物たちの意識をひきつけることもできるだろう。
その代わり、一〇〇を超えるエヴィルの大群を、一人で抑えなければならないが。
輝攻戦士とはいえ、四方を囲まれては話にならない。
まずは最優先で防御を固めなくては。
「――
ベラの周囲に光の花びらが舞う。
前方のわずかな隙間を残し、閃熱の欠片が周囲に展開する。
これで左右と後方からの攻撃はある程度阻止することができる。
四方を敵に囲まれたとしても、実際に戦うのは目の前の敵だけで済むのだ。
間抜けにも前方以外から飛び込んで来れば、全身がズタズタになって消滅するだろう。
ただし、術を展開しているだけでも消耗は激しいので、長く戦い続けられるわけではないが……
「はああああっ!」
立ち代りに襲いかかってくる敵を、ベラは次々と斬り捨てていった。
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