365 ▽選別トーナメント準決勝
レガンテは構えた剣を引き、相手の目を真っ直ぐに見据えた。
青い髪の輝士アビッソ。
ただ者ではないと思っていたが、まさか元ロイヤルガードだったとはな。
正体が判明したとはいえ、何を考えているのかわからない、不気味なやつには違いない。
もっとも、レガンテとて他人に易々と本心を明かして生きてはいない。
現在の立場を失うことを覚悟して天輝士を目指す者たち。
皆、何かしらの思惑があって当然だ。
「始め!」
審判の声が響く。
同時にレガンテは後ろに飛んだ。
相手は輝攻戦士。
一瞬の油断が命取りになる。
間合いは常に保っておかなければならない。
予想していた試合開始と同時の奇襲はなかった。
レガンテが下がっても、アビッソは元の位置から動かない。
切っ先をこちらに向けたまま、考えの読めない視線を向けてくる。
そう言えば、慎重な戦い方をするやつだった。
先ほど切り札の一つを見せたことも響いているのかもしれない。
初手の読み合いは互いに様子見を選択。
ならば、こちらから仕掛けてやる。
レガンテは輝言を唱えた。
眼前に燃え盛る炎が生まれる。
それは渦を巻きながら一点に集中。
炎はやがて、レガンテの掌の上で高密度の球体になった。
「
輝言を唱え終わると同時に、レガンテはその火球をアビッソ目掛けて投げつけた。
青髪の剣士は横に飛んで避ける。
動きの遅い火球を避けるのは難しくない。
しかし彼は大げさに地面を転がり、火球の着弾点から十分な距離を取った。
地面に落ちた火球が大きく弾ける。
炎は半径数メートルの範囲で激しく燃え上がる。
アビッソはギリギリの所でその効果範囲から逃れていた。
まだ輝攻戦士化していなかったので、あわよくばと思ったが……
やつは一目見てこちらの術の性質を理解した。
やはり、侮れる相手ではない。
アビッソは即座に起き上がり、剣を構え駆けてくる。
術を唱えた直後は体の動きが鈍る。
レガンテは右腕に意識を集中。
強引に防御の構えを取った。
二人の剣が激突する。
一手目を防いだことで体が軽くなった。
両手で柄を握り直し、こちらからも攻撃に移る。
二度、三度と、刃のぶつかり合う音が闘技場に響いた。
数度の鍔迫り合いを経て、剣士としての彼我の技量はほぼ互角と見抜く。
レガンテは再び輝言を唱える。
こちらの動きを警戒してか、アビッソの動きが鈍った。
その一瞬の隙を見逃さず、レガンテはアビッソの左足に剣の鞘を引っ掛ける。
「ち……」
輝言はフェイクだ。
アビッソの体勢は崩れた。
そのチャンスにレガンテは渾身の一撃を繰り出す。
しかし、攻撃はあえなく宙を斬った。
「やっと本気を出す気になったか」
「ああ。侮って悪かったな」
アビッソの周囲に淡く輝く輝粒子が舞っている。
やつが輝攻戦士になったこの瞬間からが、本当の勝負だ。
※
「すごいな……」
闘う二人の姿を見ながら、ベラは知らずの内に呟いていた。
剣士としての腕前はどちらも超一流である。
剣闘の二国大会でもこれほどの使い手は見たことがない。
さらに、二人にはそれぞれ奥の手がある。
アビッソは輝攻戦士化。
レガンテは輝術。
互いにカードを切った二人。
それ以降の動きは、試合開始直後と比べてまるで別物だった。
まず、アビッソが輝攻戦士化したことによって、戦闘スピードが段違いになった。
神速の動き、と行っても過言ではないだろう。
青髪の剣士は決して足を止めない。
傍から見ているベラも目で追うのが精一杯だ。
少しでも油断すれば、即座に前後左右から敵を襲う。
それを生身で防ぐレガンテも相当な技量の持ち主だ。
高レベルの戦闘において、輝術師は『流読み』という技術で直感を強化する。
使い手の技量次第では飛来する矢も止まって見える、対輝攻戦士には必須の能力である。
とはいえ、動きが見えたからと言って、簡単に攻撃を防げるものでもない。
アビッソの猛攻に耐え続けているのはレガンテ自身の戦闘センスだろう。
「想像以上の使い手だな」
「どちらが、ですか」
「あのレガンテという青年だ」
真剣な顔で感心の意を示すブランド。
ベラも祖父と同意見だった。
生身での輝攻戦士打倒。
それは輝攻戦士でない者にとっての永遠のテーマだろう。
小国の輝士や民間の格闘家など、そのために人生を賭け技を磨く者は多くいる。
だが古今東西、全くの生身で輝攻戦士を破った者がいるという話をベラは聞いたことがない。
もちろん、高位の輝術師の中には輝攻戦士を上回る戦闘力を持つ者もいる。
だが、それらの輝術師は輝攻戦士と同様、己の肉体を強化している。
輝術で強化された体は生身とは言い難いだろう。
この試合、絶対優位なのはアビッソの方で間違いない。
全力で攻めれば、一瞬で勝負が決まってもおかしくないはずだ。
いまいち攻めきれないのは、レガンテが隠している『何か』を警戒してのことだろう。
どうやらレガンテという男、すごいのは純粋な戦闘能力だけではない。
彼は何よりも戦いにおける駆け引きというものを心得ている。
格上相手にでも競り勝てる男なのだ。
どちらが勝ち上がって来ても不思議ではない。
果たして、自分は決勝であの二人に勝てるのか?
「いや」
勝たなければならない。
なんとしてでも天輝士になる。
それも、今期中でなければならない。
次の選別会を待っている時間の余裕など、ないのだから――
ぞくり。
「っ!?」
ベラの思考が唐突に遮られた。
背筋に冷たいモノが走る。
なんだ、この感覚は?
「ん、何の音だ?」
小さな音楽が鳴っている。
美しいがどこか物悲しく、不安を煽る音色だ。
その音はヴェルデの腕に巻かれた小さな時計から鳴っていた。
「おやおや、ずいぶんと可愛らしい趣味だな」
「いえ、これは……」
ブランドが茶化すが、ヴェルデは真剣な表情で腕時計を睨んでいる。
その腕時計から風の吹き抜ける音が二度鳴った。
続いて、切羽詰った声が聞こえてくる。
『こ、国境監視員より報告! 北東山岳地帯より、残存エヴィルの襲来です!』
これは腕時計ではない。
どうやら小型の風話機のようだ。
見慣れない技術に驚いたが、それ以上に内容は重大だった。
国境北東部といえばエヴィルの巣窟のひとつ、魔霊山がある方角だ。
ここ数年、残存エヴィルが活発に行動したという報告は聞いたことがない。
まさか、今の感覚は……
『残存エヴィルの
「ヴェルデ君、それは?」
「近年導入された個別風話回線です。この声は王都外壁の監視所から直接伝わっています」
平時の使用は厳しく制限され、無断で使用すれば罰則もありうる、文字通りの非常回線であるとヴェルデは付け加える。
「今のような報告は、本来なら情報部を通して伝わるはずでは?」
「選別会の運営を優先しての非常措置でしょう。各部隊の指揮官クラスにも今頃、同様の報告が届いているはずです」
ヴェルデの言うとおりだ。
にわかに会場内がざわつきはじめた始めた。
おそらく、彼の言う指揮官クラスの輝士たちも同じ報告を受けたのだろう。
「ちょっと行って参ります。まだ情報は不明瞭ですが、どうもただ事ではなさそうだ」
「私も参ります」
ベラは剣を手に取って立ち上がった。
しかし、ヴェルデに制止される。
「準決勝が終われば君の出番がやってくる。決勝の相手が不在では選別会が成り立たないだろう」
「今はそんな場合ではないでしょう。エヴィルが王都を狙っているのですよ!」
「選別会は国を挙げた大イベントだ。失敗すれば歴史の汚点になる」
「ですが……」
「過敏に心配せずとも、国内に残存エヴィルが入り込むなど稀にあることだ。すでに必要な人員も動いている」
違う、これはそんな気楽なものじゃない。
ベラはハッキリと予感していた。
ついに来たのだ、この時が。
歴史の汚点?
そんなことより、もっと大変なことが起きる。
ベラの中に流れる『彼女の輝力』がはっきりとそう告げているのだ。
「ベラ」
祖父が肩に手を置く。
先々代天輝士の厳格な瞳がベラを見ていた。
「確かなのだな?」
「間違いありません」
祖父は瞳を閉じ、小さく息を吐く。
懐から何かの鍵を取り出した。
「俺が現役時代に使っていた輝動二輪の鍵だ。整備はさせている、ちゃんと動くはずだ」
「おじいさま……」
「お前なら乗りこなせる。出撃許可は俺の権限で与えよう」
「先々代。一体、何を仰っているのですか?」
「最終選考に残った者は一時的に現在の所属から外れる。必要に応じて上役からの命令を受けられる」
第三の選別に残った輝士は、その間のみ所属を持たない一兵士として扱われる。
これは非常時に各部隊同士の無用な諍いを極力排除するための方便である。
「知っての通り、俺は満足に動けん体だ。国の危機は後進の戦士に任せるしかない」
ブランドの体は病に冒されている。
日常生活は送れても、激しく運動すればすぐに体力が尽きてしまう。
歴代五指に入る天輝士と呼ばれながらも早々に引退したのは、この病が原因である。
「戦力は一人でも多い方が良いだろう。多くの輝士が休暇中ゆえ、敵の規模によっては一刻を争う」
「そう簡単に街壁は破られませんよ。部隊を整えるだけの時間的余裕はあります」
「だが、エヴィルが街壁に近づけば市民は不安に思うだろう」
選別会のため今日は非番の輝士は多い。
兵を集合させ部隊を整えるには、かなり時間がかかるだろう。
その間にエヴィルが王都に辿り着けば、都市にも影響が出るかもしれない。
「だとしても、彼女の手を借りる必要はありません。せっかくここまで勝ち残ったのに、試合を放棄すれば、数年に一度のチャンスを逃すことになるのですよ?」
天輝士はファーゼブル全輝士の憧れである。
その栄誉を得るのはベラの大望である。
だが、それがどうした。
「国家の一大事に保身を優先する者に、輝士の資格はありません」
ベラは鍵を握り締め、観客席を後にした。
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