331 空間使い

「我は『空間使い』ダサヨアッタと申します。以後、お見知りおきを」


 そのケイオスは私たちの目の前に降り立った。


 空間使い?

 まさか……


「あなたがエヴィルを召還して、アンデュスを襲わせていたの?」

「いかにも、その通りでございます」


 私の質問にダサヨアッタはあっさりと答えた。


「悪い議員たちと裏で手を組んでいたのね!」

「それは違います。我はあの方と違い、ヒトと馴れ合うのは性に合いませぬので。あくまでヒトではなく同志に対して手を貸しているだけに過ぎません」


 よくわかんないけど、こいつの他にもボスみたいなのがいるって事?


「なにが目的で、こんなことをっ」

「答える必要はありません。それよりも……」


 ダサヨアッタはヴォルモーントさんを指差した。


「そこの女」


 ヴォルモーントさんは黙ってケイオスを睨み返す。


「ヒトの世界で最強と呼ばれる戦士でございますね」

「バケモノの質問に答える義務はないわ」

「ククク……貴女の息の根を止めれば、これ以上なき成果と言えるでしょう。喜びなさい。貴女が獣ども相手に取る無益な独り相撲も、今日で終わりとなるでしょう」


 ヴォルモーントさんが眉をひそめる。

 ダサヨアッタはニヤリと笑い「無益な、ね……」と繰り返した。


「教えて差し上げましょうか? 貴女は騙されていたのですよ。ヒトの権力者どもは貴女の親を人質にとり、貴女をこの街に縛りつけようとしているのです。我が同志の思惑通りにね!」


 こいつが言っていること。

 それはカーディが見破った嘘と同じことだ。


 ヴォルモーントさんがちらりと私に目を向ける。

 少し迷ったけど、私は小さく首を縦に振った。


 なんでこいつが議員たちの嘘をバラしたのか、その理由はよくわからない。

 ヴォルモーントさんはお母さんを助けるため孤独な戦いを続けてきた。

 それが無駄だと知ってしまった時、彼女は――


「知ってるよ」

「何?」

「母さんを治療している機械マキナがハリボテだってことなら、とっくに知ってるって言ったの。このまま治療を続けてても、絶対に元気にならないって事もね」


 あまりにも意外なことを言った。


 お母さんがまともな治療を受けていないことも。

 助かる見込みがないことも。

 知ってるって言った。


「強がりを言うんじゃありませんよ。ならばなぜ、貴女はヒトの権力者に従うのです」

「……母さんの傍にいられるから」


 ヴォルモーンとさんはふと、寂しげな表情を見せた。

 次に顔を上げた時、彼女の目には強烈な殺気が宿っていた。


「次々とエヴィルを送り込んでくれたおかげで、この街から離れられない理由ができた。おかげでずーっと母さんの傍にいられた」


 それが本音なのか、強がりなのかはわからない。

 ただ一つ確かなのは、ヴォルモーントさんは今にも爆発しそうなくらいに怒ってるってこと。


「むしろこっちが聞きたい。なんでアンタはそれをバラした? このまま黙っていれば望みどおりアタシはしばらくこの街に縛り付けられていたのに」

「……フン、予定が変わったのですよ」


 思い通りの反応が得られなかったのが気に入らなかったのか、ダサヨアッタは不愉快そうに顔をしかめる。


「同志はこの街を我に任せて次の作戦に移りました。それを機に我はヒトの権力者との協力などという不愉快な関係を終わりとし、貴女方をまとめて始末するため総攻撃をかけることにしたのですよ」


 それって、予定が変わったって言うか……


「あなた、そいつに見捨てられただけじゃん」


 私がはっきり告げると、ダサヨアッタは青い顔を赤く……もとい、紫色に染めた。


「黙れ黙れ! 我は見捨てられてなどおらぬ! その証拠に同志は私に統率する千の兵隊を残して行った。これはつまり私に全権を譲ったも同然!」


 途端に乱暴な言葉遣いになって怒りを露わにするダサヨアッタ。

 もしかしたら、見捨てられたっていう自覚はあったのかもしれない。

 大声を出して多少は気が紛れたのか肩で息をした後に落ち着きを取り戻す。


「……多少の犠牲は払いましたが、貴女方はもはや力を使い果たしたことでしょう。あとは我がこの手でトドメを刺すのみ」


 ダサヨアッタが右手を掲げた。

 その掌から闇が生まれ周囲に拡がって行く。


「何かの術かっ!」

「ククク、そう構えることはありません」


 次の瞬間、周囲のすべてが闇に包まれてしまった。

 ただ、隣に居るヴォルモーントさんの姿はよく見える。

 真っ暗闇というよりは、背景が黒一色の空間って感じだ。


「囲まれているわね」


 ヴォルモーントさんが言うとおり、いつの間にか周囲を無数のエヴィルが取り囲んでいた。

 と言うより、私たちの方がエヴィル大群の真っ只中に呼び込まれたって言う方が正しいかもしれない。


「我は空間使い。我がテリトリーたる異次元空間に貴様らを招待しました」


 ククク、と笑い声だけが響く。

 辺りにダサヨアッタの姿は見えない。


「この場所と通常空間は次元そのものが隔絶されております。この中で起こした行動が現実世界に影響を与えることはありませんし、現実世界からこちらに干渉することも不可能です。つまり貴女方は誰の助けも借りることができないまま、ここで朽ち果てるしかないというわけでございます」

「ここから出る方法は?」


 冷静に尋ねるヴォルモーントさん。

 彼女の態度にダサヨアッタの声が再び苛立つ。


「脱出する術などありません! 貴女方はここで死ぬのです!」


 目が慣れてくれば、外と変わらないように視界が利くことに気づく。

 周囲を取り囲むエヴィルの数は、少なく見ても五〇〇から一〇〇〇以上。

 しかもラルウァやクインタウロスなんかの強力なエヴィルも多く混じっている。


 これはたしかに、絶体絶命かも――


「ねえ、アナタ」

「はいっ!」


 ヴォルモーントさんが話しかけてきた。

 私は思わず背筋を正して返事をする。


「あのケイオスを倒したら、ここから出られると思う?」

「えっ、あ、うーん……その可能性は高いんじゃないでしょうか」


 空間使いなんて名乗るくらいだし、この空間はあいつが術で作ったものなんだと思う。

 それに、もし出口のない世界に相手を一方的に閉じ込めることができるなら、わざわざ大勢のエヴィルに襲わせる必要もない。


「ククク……この期に及んで、我を倒すつもりですか? 確かに我はこの空間の中に存在する。しかし、一〇〇〇を越える家畜共の中に紛れた我を、果たして見つけ出すことができるでしょうか? もうおわかりでしょう、貴女方はここで終わりなのです。せいぜい絶望の叫びを上げて――」


 ダサヨアッタのそんな声は、ヴォルモーントさんが拳に乗せて放った爆炎のような赤い光と、それを受けてエヴィルの群れが吹き飛ぶ音にかき消された。


「もういいわ。お喋りしてる時間がもったいないの」

「な、なんだとっ!?」

「ここのエヴィルもアンタも、全部倒してここを出る。それだけのことよ」


 ヴォルモーントさんの声に罠に嵌められた悲痛さは欠片もない。

 っていうか、この空間内なら彼女は周りを気にせず全力を出し放題だ。


 体はたしかに疲弊している。

 けど、戦えないなんて思ったら大間違い。

 彼女の輝力は有り余っているのがはっきりとわかる。


 むしろ、彼女は喜びを感じているようにすら見える。

 さっきまでの細々とした戦いの鬱憤を晴らすため、思いっきり暴れられることに。


「さあ、行くわよ!」


 最強の輝攻戦士が、いま全力を出す。

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