328 暴かれた不正

 映水球はいろんな映像や画像を記録しておく媒体メディアだ。

 そして保存した映像は、映水機という機械マキナに入れて再生する。


 フレスさんが映水球を映水機上部の筒の中に放り入れた。

 映水機の中に満たされた水がぐにゃりと歪みはじめる。

 ここではないどこかの場面が映し出される。


「議会の中?」


 ラフな格好をした議長を中心に、産業奨励派の議員たちが長机を囲んで会話してる。

 その中にはさっき病院にいた小太り議員も混じっていた。

 これは……過去の記録映像だ。


『法案を確実に通すには、まだ若干の不安が残るな』

『仕方なかろう。情報漏洩を確実に防ぐことを考えれば、この人数が限界だ』

『我ら産業奨励派は最大派閥とはいえ過半数には届いておらぬからな。確実性を求めるのなら何か別の手を打たねばならぬ』


 これは……


「なっ、止めろ!」

「動かないでください」


 とたんに現実の議員たちが色めきはじめる。

 そのうちのひとりがフレスさんの持つ映水機を奪い取ろうとした。

 ジュストくんが彼女を背中に庇うようにそれを阻む。


『なあに心配するな。細かい調整は私がやっておく。上書オーバーライトの術を使えばいくらでも投票結果は操作できるからな』

『さすがは市民の信頼厚き議長殿。都市のためを思ってあえて不正を行うとは、まったく政治家の鑑のようなお人ですな』


 ひゃっひゃっひゃ、といやらしい笑い声が映像の議会に響く。

 その声が次第に小さくなっていくと同時に、映像は歪み形を失っていく。

 やがて映像は透明な水に戻り、映水機の下部からころりと映水球が転がり落ちた。


「映水球のデータによると、これは八月末日の映像です。警察法が成立する前日ですね。もし不正が行われたのが明らかになれば翌日以降の決議はすべて無効。つまり警察団という組織は最初から存在しなかったと言うことになりますが……」

「デ、デタラメだっ!」


 顔を真っ赤にした議員がフレスさんに食ってかかる。

 この人も映水球に記録されていた映像にいた人だ。


「その映像は作り物だ、私はそんな不正に関わってはいない! そもそもなぜ、貴様がそんなものを持っている!? あの日、あの場には我々の他には誰も居なかったはずだ! そんな記録が残っているはずがない! ……そうかわかった、貴様、虚偽の映像で我々を陥れるつもりだな? そうはさせんぞ。その映像が事実であるという確固たる証拠がない限り、我々は脅しに屈しは――」


 混乱しているのか、この人はほとんど自白してるのに気付いてない。

 語るに落ちる議員の態度に場がしらけた雰囲気に包まれていると、議会の方からやって来た別の人物が彼の言葉を遮った。


「証拠ならあるわ!」


 テュリップさんだ。

 小脇に大きな封筒を抱えている。

 その表情は勝ち誇ったような自信に満ち溢れていた。


「証拠?」

「これよ!」


 彼女が封筒を開け、逆さまにする。

 中からはバラバラといくつかの紙切れが出てきた。


「九月一日の決議における投票用紙よ! 警察法成立が決まった日のね!」

 

 私はしゃがみ込んで、地面にばらまかれた紙のひとつを手にとってみた。

 そのすべてに街門にあったのと同じ、アンデュスの市章の入った判子が押されている。

 紙には『賛成』と『反対』の文字が書かれていて、必ずそのどちらかに○がつけてあった。


「ルーチェさん、数を数えてもらえますか」

「あっ、はいっ」


 私は散らばった紙を拾い上げ、賛成と反対に分けていく。

 後ろでは議員たちが何かぎゃーぎゃー騒いでるけど、ジュストくんが食い止めてくれていた。


「えっと……賛成に○がついた紙が十四枚、反対が十六枚ですね」

「ご覧なさい! 投票結果が正しく発表されていれば、警察法は廃案になっていた! 輝士団は解体されず、警察団の発足はなかったはずよ!」


 高らかに宣言するテュリップさん。

 産業奨励派議員たちは死刑を宣告された犯罪者のように青ざめる。


「さらに、その翌々日にも改竄があったわ! 議長の任期を半年から二年に延ばすか否かを決める投票。反対票がなんと二十五票よ! にも関わらず、任期延長案は可決された! これは完全に議長の不正を裏付ける証拠よ!」


 私投票用紙を頭上に掲げ、嬉しそうにばらまきながら大声を上げるテュリップさん。

 前に会った時とは別人みたいなはしゃぎっぷりだ。

 よっぽどストレスが溜まってたのかな……


「他の派閥の議員たちと話が合わなかったから、調べてみれば出るわ出るわ。この分じゃ現議長が就任してから行われた決議はすべて信用できないわね!」


 フレスさんがちらりと私の方を見て、慈悲深い聖職者さまみたいな笑みを浮かべた。

 こんな大犯罪の証拠がちょっと調べた程度で簡単に見つかるわけがない。

 きっと彼女が裏でいろいろ協力してたんだろうな……


「なんだよ、それじゃ……」

「俺たちは今まで何のために……」


 ざわめきは議員だけじゃなく、警察団の人たちにも広がっていく。


「で、デタラメだっ! おい、レフィランス! この嘘つきどもを議会反逆の罪で逮捕しろっ!」


 レフィランスと呼ばれた警察団の隊長さん。

 彼はゆっくりとテュリップさんの方に歩み寄る。


 この人はたぶん輝攻戦士だ。

 威圧感はかなりのもので、さすがにテュリップさんもたじろぐ、


 レフィランス隊長はテュリップさんから投票用紙を一枚受け取った。

 それをじろじろと眺め「なるほど」と深く頷くと、議員に向き直って懐のサーベルを抜いた。


「投票用紙から書換えを行った輝術の残滓を確認しました。僭越ながら、警察団の発足はなかったものと判断します」

「き、貴様っ!」

「ボザール議員。セアンスアンデュス部隊長の権限において、あなた達産業奨励派議員を不正投票の容疑及び国家攪乱罪で逮捕する!」


 レフィランス警察団隊長……

 もとい、輝士団部隊長は高らかに宣言する。

 待ってましたとばかりに彼の部下たちは産業奨励派議員を次々に捕らえていく。


「やめ、やめろぉ!」

「うるさい! 抵抗するな犯罪者!」


 不正に加担していた議員たちは、あっという間にひとり残らず拘束された。

 縄で縛り上げられた彼らは観念したように仲良くうなだれる。


「確保、完了しました!」

「御苦労」


 部下達の報告を受けたレフィランス部隊長。

 彼は改めてジュストくんの方を向き、びしっと敬礼をした。


「誇り高きファーゼブル王国の輝士殿。先刻の輝士にあるまじき発言の数々、すべて訂正して謝罪する。私はこれから輝士団を率いて市内のエヴィルの殲滅に当たるが、あまりに敵の数が多く人手が足りない。もしよければ貴公の力を貸してもらえないだろうか」


 その言葉を聞いて、ジュストくんは嬉しそうに表情を綻ばせた。


「喜んで!」


 二人の輝士が固く握手を交わす。

 おおー、カッコいい。


「ルー、行こう! 力を貸してくれ!」

「あ、はい!」


 輝士団の人たちが戦ってくれるのはよかったけど、これで解決したわけじゃない。

 街には二〇〇〇体以上のエヴィルが入り込んでいるんだ。

 

 ジュストくんの手に触れ、輝攻戦士化してもらう。


「一番遠い南部繁華街には私が飛んで行くから。ジュストくんとフレスさんは一緒に北部繁華街をお願い。いざって時には二重輝攻戦士デュアルストライクナイトに」

「わかった。ルーはひとりで大丈夫なのか?」

「うん、たぶん」

「こっちが終わったら援護に行きますから、無理はしないで下さいね」

「我々も部隊を四つに分散させ各地域に向かおう。輝攻戦士は私を含めて五人いる。有象無象のエヴィルごときに遅れをとることはないはずだ。部隊の配分は――」


 レフィランス部隊長が素早く部下達に指示を出す。

 輝士たちはテキパキと行動をはじめた。

 さすが、統制は取れている。


「よし、行こう!」


 私たちはそれぞれ南と東へ飛び立った。

 さあ、これからが本当のがんばり時だぞ!


 相手は二〇〇〇体のエヴィル。

 はたして、何とかなるんでしょうか。

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