307 宝石の価値

 翌日、輝動馬車の中。


「うーん、うーん」

「く……」


 私とジュストくんは体も動かせないくらいヘトヘトになっていました。

 ジュストくんは輝力酔いで、私は疲労で。


「お二人とも、無茶しすぎですよ」

「加減をしらないから無茶するんだよ。まだまだ二人とも子どもだね」


 カーディさん、私に限って言えばその無茶をさせたのはあなたです。

 っていうか見た目が子どもなのはそっちだ。


 はう、文句を言いたいけど疲れすぎてて口に出せないよお。

 絶対に元気になったら全力で抱きしめてやる。


 ……あ。

 ばしばし。

 私は馬車の床を叩いた。


「なんですか? 水が欲しいんですか?」


 フレスさんが荷物からコップを取り出す。

 いや、そうじゃなくてね。


「え、えびる」

「敵が近づいてきてるんだそうだ」


 何とか口に出せた私の言葉を、カーディが正確に理解してくれた。


「ええっ、本当ですかっ?」


 容器の中の水を移し替えながら、ラインさんが嫌そうな表情で言った。


「数は十八。動物型が十二体、植物型が六体。それと不定形が二体だ」


 あれ、カーディもエヴィルが近づくのわかるんだ。

 しかも私より正確じゃない。

 もしかして無理して喋る必要はなかったんじゃ……


「え、エヴィルだって……?」


 ジュストくんが体を起こす。

 けれど、すぐに力尽きて膝をついてしまう。


「無理しない。そんなんで戦えるわけないんだから」


 私も絶対無理です。

 っていうか、どうしよう。

 フラフラになるくらい修行した後、エヴィルに襲われることを想定してなかったぞ。


 カーディは夜にならないと戦えないし……

 ひょっとしてピンチ?


「メガネ、田舎娘、アンビッツ、迎撃準備」

「もうとっくに済んでいる」


 ビッツさんは馬車を牽く輝動二輪を停止させた。

 火槍を手に取り、すでに外で待ち構えている。

 どうやら私たちの話は聞いていたらしい。


「私も、いつでも行けます」

「こっちも大丈夫です」


 フレスさん、ラインさんもすでに準備は万端だ。


「あと三十秒くらいで接触するよ。準備ができたら早く外に出な」


 カーディに促され、二人は外に出て行った。




   ※


 戦闘終了。

 三人が見事にやってつけてくれました。


「やはり、己の力不足を実感するな。あの程度の相手にこのザマとは……」


 ビッツさんが苦々しく呟いた。

 私がこんな状態だから、彼は今回輝攻戦士化ができなかった。

 今の戦いでエヴィルの攻撃を食らって、軽い負傷をしてしまったみたい。


「そんなことないですよ。あの数の敵に囲まれて、この程度で済んだんですから」


 フレスさんが水霊治癒アク・ヒーリングの術で治療をする。


「むしろ前衛の責任を果たせなかったボクの責任です……すみません」

 

 ビッツさんの火槍の威力はとても高く、遠距離からでもエヴィルにダメージを与えることができる。

 ただし弾込めに時間が掛かるので、前面に立って戦ってくれる人の存在は必須。

 今回はラインさんが討ち漏らした敵に思わぬ攻撃を食らっちゃったみたい。


 輝術師にして鞭使いのラインさんは、元々が前衛で戦うタイプの人じゃない。

 それでも自分自身は攻撃を食らうことなく、ほとんどの敵をやっつけてくれた。


 たった三人で二十近いエヴィルの集団を倒したんだから、三人とも決して弱くなんかない。

 私かジュストくんが戦えてれば、何も問題なかったんだけどね……


「セアンス共和国に入ってからエヴィルに遭遇する回数が多くなりましたね」


 数日前から、私たちは大国であるセアンス共和国の領内に入っている。

 この国を北西方向に突っ切れば、後は船で新代エインシャント神国まで一直線だ。


 もう、私たちの旅も終盤に差し掛かってる。


「西側はエヴィルの巣窟が多いからね。それだけ危険も多いし、これからはもっと過酷になるよ」


 カーディは果物ナイフでりんごの皮を剥きながら言った。

 幼少モードの彼女はもちろん今の戦いに参加してない。


 そっか、もっと辛くなるのか……

 あと少しだから、何事もなく済むと良いなあ。


 さて、戦闘を休ませてもらっちゃったんだし、いつまでも寝てられないぞ。


「よいしょっ……と」

「もう起きて大丈夫なんですか?」

「うん、ありがとう」


 私は体を起こして壁により掛かった。

 ラインさんに少し飲み水をわけてもらう。

 休んだおかげで、何とか普通に喋れるくらいには回復した。

 もちろん、まだ戦うのは無理。


「しばらく野宿が続いたから、そろそろどこかで休息を取りたいね。敵に会いそうなルートは極力避けて行こう」

「了解した」


 治療が済むと、ビッツさんは輝動二輪の操縦に戻った。

 ゆっくりと、私たちを乗せた馬車が動き出す。

 景色が前から後ろへと流れていく。


「ところで、これどうします?」


 ラインさんが収集した十八個のエヴィルストーンを専用リュックに詰める。

 けれど、もう中身がパンパンで入りきらないみたい。


 エヴィルストーンは、エヴィルを倒すたびに出てくる宝石だ。

 これまで何度もエヴィルと戦ってきたから、かなり大量に集まってる。

 

 元がエヴィルだったと考えると、ちょっと気味悪い。

 けど、加工して火槍の弾丸にするとかの使い道があるんだよね。

 使う分より溜まる数の方が多いから、溜まっていく一方なんだけど。


「邪魔だったら、使う分だけ残して売ればいいじゃないか」

「と言っても、この量を引き取ってもらうには、よほど大きな街じゃないと……」

「あれ、エヴィルストーンって売れるんですか?」


 私が質問すると、ラインさんは丁寧に答えてくれた


「かなり高値で売れますよ。武具を輝鋼精錬したり、輝術用具を加工する時にも使いますので、需要はかなり多いんです。宝石としての価値もありますしね」


 それをカーディが補足する。


「セアンスの輝工都市アジールは世界一物価が高いし、これだけの量を売れば、ヒトの人生七回分は遊んで暮らせるだろうね」


 ふーん。

 これまでなんとなく集めてたけど、そんなに価値があるものなんだ。


 ………………え?


「あの、私の聞き間違いかな。どれだけ遊んで暮らせるって?」

「一般の輝工都市アジール民の生活なら、五〇〇年は働かなくても食べるのに困らないね。小国の城くらいなら、二つくらい召使いごと買い取ってもおつりが来るよ」

「ま、まじでかっ」


 はうわっ。

 しょ、衝撃の事実っ。


「輝士団や王宮輝術師が手に入れたエヴィルストーンは国の財源になってしまいますから、民間にはなかなか出回らないんですよ。だから、危険を冒してまで冒険者になる人が後を立たないんですね」


 そう言って、ラインさんはにこやかに微笑む。

 し、知らなかったぞ、エヴィルストーンにそんな価値があったなんて。


 じゃあなに、私たちって億万長者?

 ……もし、このエヴィルストーンが私のモノになれば。

 世界なんて救わなくても、フィリア市に戻って贅沢し放題……


「いったい何を考えているのかな?」


 気がつくと、カーディが真顔で私にナイフを突きつけていた。


「欲に目が眩んでエヴィルストーンを盗んで逃げようなんて思ってるなら、八つ裂きに」

「思ってない! そこまで思ってない!」


 いや、確かに魅力的だけど、お金で仲間を裏切るなんてしないから!


「それならいいけど。ヒトって欲ですぐおかしくなるから……」

「お金なんかよりカーディの可愛さが私には魅力!」

「暑苦しいから近寄るな」


 どさくさに紛れて抱きしめようとした私をカーディが嫌そうな顔で押しのけ、


「って言うか、刺さってる! ナイフ刺さってるから!」

「あ、ごめん。持ってるの忘れてた」

「危ないから刃物を振り回しちゃいけません!」


 私はお腹に刺さった刃を抜き、カーディの手からナイフを奪う。

 あう、血が、力が……


「あうう、血が抜けるぅ……」


 どくどく溢れる血が服を汚す。

 床に赤い血溜りが拡がっていく。

 見ているだけで意識が朦朧としてきたよ……


「メガネ、治療してあげて」

「カーディのばかぁ」


 何事もなかったかのようにカーディは剥いたりんごを自分で食べ始めていた。

 ラインさんは私たちのやり取りを引きつった顔で見ていたけれど、流石にシャレにならないと思ったのか、慌てて私に治癒の術をかけてくれた。


「あの、痛みは感じないっていっても、不死身になったわけじゃないので……」

「私はわかってる。カーディに言って」


 この前の事件で、私はすごい大怪我をした。

 怪我自体はもう治ったんだけど、治療の時に使ったクスリのせいで、体が痛みに対してかなり鈍感になっちゃったみたい。

 最初はキモチ悪かったけれど、慣れると案外便利だったりして。


 その分、カーディの突っ込みが文字通り殺人的にエスカレートしてるけど。

 油断してると普通にころされそうだから油断はできない。

 いつも治療してくれるラインさんには感謝してますよ。

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