305 ケイオス戦・一騎討ち

「来るよ、エヴィル!」


 複数の影が空から舞い降りる。

 大地に穴を穿つ勢いで飛来したのは、妖魔の群れだった。


 昆虫のような触角。

 ナイフのように鋭く尖った爪

 背中に生えるコウモリのような翅。

 そして全身紫色ながら人間のような手足。


 妖魔型エヴィル、ラルウァの集団が私たちの行く手に立ち塞がった。


「散開!」


 ラルウァは輝術のような力を使う強敵だ。

 私たちは即座にバラバラに散って、戦闘態勢に入る。


「やああっ!」


 輝攻戦士化したジュストくんが、敵集団の中に突っ込んでいく。

 光を引いて飛ぶその姿はまるで流星のよう。


 すれ違い様に三体のラルウァを両断。

 黄色いエヴィルストーンが地面に転がった。


「援護する!」


 乾いた破裂音が響く。

 ビッツさんの改良型火槍が弾丸を発射した音だ。


「せいっ!」


 残念ながら、弾丸は敵に当たらなかった。

 ビッツさんが狙っていたラルウァは、その前にジュストくんの手で真っ二つにされたから。

 標的を失った弾丸ははるか彼方に消えていく。


「ふっ……」

「また来ます!」


 フレスさんの声。

 振り向くと、反対側にさらに四体のラルウァが降りて来た。

 ビッツさんが腰に下げたもう一丁の火槍を構える。

 それと同時にラインさんが前に出る。


「消え去れ!」

「やっ!」


 ビッツさんの火槍から放たれた弾丸と、腰から取り外したラインさんの鞭が、同時に同じラルウァの額を打った。


「ちぃっ!」


 ビッツさんが腹立たしげに舌を打つ。

 二人の同時攻撃を受けても、妖魔は倒れない。

 その後ろから、残りの三体が攻撃を仕掛けてくる。


 三体は横一列に並ぶ。

 裂けんばかりに大きく口を開く。

 妖魔は三つ同時に青白い炎の球を吐き出した。

 あれをまともに食らったら、輝攻戦士でもヤバい!


閃熱陣盾フラル・スクード!」


 私は前に出て防御の術を使った。

 伸ばした指の先に閃熱の防御壁が出現する。

 ラルウァが吐き出した青い炎を正面から受け止める。


 やがて、青い炎は掻き消えた。

 防御成功!


「フレス!」

「はいっ」


 ビッツさんが次の弾丸を込めながら叫ぶ。

 名前を呼ぶ声だけで、フレスさんは彼の言いたいことを理解する。


輝強化シャイナップ!」


 ビッツさんとラインさん、二人の体を濃い光が包む。

 強化の術を受け、二人の力は一時的に増幅される。


「頼むぞ!」


 構えた火槍の銃口に翅を持った小人が降りる。

 引き金を引くと、妖精は弾丸と同化し閃光のような尾を引いて飛んでいく。

 さっきは表面を抉る程度だった弾丸が、今度は妖魔の腹部に小さな風穴を開けた。


「ボクもいきます!」


 ラインさんの鞭が別のラルウァの首に巻きついた。

 そのまま力任せに引っ張り、締め上げる。


「やあああっ!」


 そこへジュストくんが反対側から一気に飛び込んできた。

 神速の剣さばきで、二人の攻撃で弱ったラルウァ二体を斬り裂いた。


 長距離移動と連続攻撃は負担が大きい。

 ジュストくんの纏った輝粒子が一時的に消えた。

 その隙に、残った最後のラルウァが彼へ襲い掛かる。


「なんの!」


 ジュストくんは左手に装備した小さな盾でラルウァの爪を受け止めた。

 輝力コントロールによって少量の輝力を残していた盾は、妖魔の攻撃を難なく弾き返す。


 あっさりと攻撃を止められて怯むラルウァ。

 私はそれにトドメを刺すべく高威力の輝術を使う。


閃熱白蝶弾フラル・ビアンファルハ!」


 減衰することのない白い蝶が直線軌道で弱った妖魔に向かう。

 それは射程に入ると同時に閃熱の光に変わった。

 超高熱の光がラルウァの胸を貫く。


 戦場には合計七つのエヴィルストーンが転がり、後には静寂だけが残った。




   ※


「エヴィルの攻撃も激しくなってきましたね、おそらくこの『迷いの森』のボスも近くに――」


 エヴィルストーンを拾いに行こうとしたラインさんが足を止める。


 大地が激しく揺れている。

 これは、ただの地震じゃない。


「来る!」


 ジュストくんが叫んだ。


 けど、出現位置は予想外。

 大地が割れ、地面に亀裂が走る。

 その中から一体のエヴィルが飛び出してきた。


「フウルルルゥ……」


 姿形はさっきのラルウァによく似ている。


 違うのは、人間のように長い髪が生えていること。

 頭から生えた角はまるで牛のように大きいこと。

 そして、やたらと殺気立った邪悪な赤い瞳。


「我はケイオスなり……地上のヒト共よ、調子に乗るのもここまでだ」


 異界からやってきた知恵持つ魔物、ケイオス。


 こいつはこの地域のエヴィルを統括している親玉みたいな存在だ。

 その戦闘力は並のエヴィルを遙かに上回る。

 大きく裂けた地面がその力の強大さを物語っている。


 だけど、私たちはこれまでに何度もケイオスと戦っている。

 どんなに相手が強くても、力を合わせて戦えば勝てないことはない。


 ただ、今回は。


「ジュスティツァ、わかってるね」


 ラインさんの口から女の子の声が聞こえる。

 彼の体に寄生している黒衣の妖将ことカーディの声だ。


 カーディも人間の定義ではケイオスだけど、今は他のエヴィルたちと敵対している。

 単純に仲間と呼べるかどうかはともかく、私たちはこれまでに何度も助けられていた。


「わかってる」


 ジュストくんが頷き返す。


「みんなも、頼む」

「ああ、任せたぞ」

「気をつけてください」


 ジュストくんがケイオスに向けて一歩を踏み出す。

 ビッツさんとラインさんは後ろに下がる。


「危なくなったら、すぐに助けに入るからね」


 作戦開始前の約束。

 けど、やっぱり心配だよ。

 たった一人でケイオスと戦うなんてさ。


「どういうつもりだ、ヒトのオスよ」


 ケイオスが眉間にしわを寄せてジュストくんを睨む。

 ジュストくんは低い声で、


「僕ひとりでは不服か?」


 と言い返した。

 ケイオスの顔にみるみると怒りの色が浮かぶ。


「いいだろう。望みどおり、一人ずつ血祭りに上げてくれるわ!」


 ケイオスが雄叫びを上げる。

 ビリビリと震える空気が私たちに恐怖を与える。


「フレス!」

「もう、これが最後だからね――攻性輝強化シャイナップ・ストライク


 ジュストくんが叫んだ直後、フレスさんが彼に強化の術をかける。

 体を覆っていた輝粒子の密度が格段に上がる。

 液体状になって強く輝く。


「いくぞっ!」


 ケイオスが出てきたら、ジュストくんが一対一で戦う。

 つい最近までなら、無茶もいいところのこの提案。


 ジュストくんは剣士として一流だし、輝攻戦士の力も相当なもの。

 けれど個人差はあるにせよ、ケイオスには普通の輝攻戦士じゃ敵わない。


 これまでに戦ったケイオスも、みんなで力を合わせて何とか倒してきた。

 力及ばずカーディの力を借りたことも何度もある。

 だけど――


「死ねぃっ!」


 紫色の翼を翻し、ケイオスが宙を舞う。

 掲げた拳に輝力が集まる。

 強力な一撃が来る。


「巻き込まれるぞ!」

「ルーチェさん、早く! そこは危険です」


 三人は背中を向けて一目散に端って逃げる。

 ラインさんが走りながら私に呼びかける。

 けど、私は逃げるつもりはない。

 しっかり見てなくちゃ。


 ジュストくんが飛んだ。

 足に輝力を集中して地面を蹴る。

 一気に上昇し、上空に留まるケイオスに接近する。


「バカめ、くたばりに来たか!」


 ケイオスが輝力を溜めた拳を突き出した。

 これじゃ正面から攻撃をくらいに行くようなものだ。


「うおおおおおおっ!」


 ただし、それはあくまで直線の動きしかできない場合。

 ジュストくんは全身から輝力を放出させ、強引に進路を変えた。


 そのままケイオスの真後ろへと回り込む。


「なんだと!?」


 二重輝攻戦士デュアルストライクナイトになったジュストくんは、普通の輝攻戦士よりも遙かに柔軟な飛翔能力を持っている。

 短時間なら自由自在に空中戦をすることだって可能なくらいだ。


「貴様っ!」


 バックを取られたケイオスは溜めた輝力を拡散させた。

 至近距離で高威力の技を撃って巻き込まれるのを恐れたのかもしれない。


 ケイオスは振り返り、ジュストくんに殴りかかる。

 けれど、その動作は明らかに襲い。

 いや、遅く見える。

 それくらいジュストくんの動きは異常に速い。


「はあああああっ!」


 稲光のような剣閃が煌いた。

 かと思うと、ジュストくんは目にも留まらぬ速さで連撃を繰り出していく。

 遥か上空で輝力が嵐となって吹き荒れ、ケイオスは抵抗することもできずに切り刻まれていく。


「うごおおおおおおっ!?」

「やあっ!」


 渾身の突きがケイオスの首元に突き刺さった。

 名前すら聞かなかったケイオスは目を見開きながら霧消する。

 そして、大きな緑色のエヴィルストーンに変化して地面に落ちてきた。


 本当に、たった一人でケイオスを倒しちゃった。

 彼はゆっくりと下降し、すとんと地面に降り立った。

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