272 過去の惨劇
「ヴェーヌさんたち、大丈夫かな……」
揺れの激しい馬車の中で、私はふと呟いた。
現在、私たちは襲撃を受ける可能性のある村へと向かっている。
馬車を牽く輝動二輪はビッツさんが操縦し、可能な限りの速度で急いでいた。
あの人たちが相当に強いってことはわかってる。
けど、相手は短期間のうちに三〇〇人近い人を殺したとんでもない集団だ。
ケイオスと戦った疲れも癒えていないって言ってたし、考えたら少し心配になってくる。
「心配ないよ。星輝士の中でも、特に四番星以上の強さは圧倒的なんだから」
ジュストくんは自信を持ってそう答えた。
ヴェーヌさんに会って余裕が出たのか、かなり落ち着いているように見える。
そういえば、あの人ってジュストくんのお師匠さまよりも星輝士のランクが高いんだっけ。
「アイゼンに住んでいた頃に、一度だけあの人が戦う姿を見たことがある。ヴェーヌ様は防御に特化した輝攻戦士なんだ。普通の人間が相手なら何百人いようが負けないよ」
何百人って、それはすごいな。
輝攻戦士が一騎当千って言われるのは、あくまでたとえ話だと思ってたけど……
本当なら私たちが心配する必要なんてないのかもしれない。
輝士の国で四番目に強い人だしね。
「あっちのことは任せて、こっちは自分たちのことに集中しよう。それより僕はルーのことが心配だよ。あんな惨状を見た後じゃ、まともに戦えないだろ」
「た、戦えるよ」
確かに、あの時の光景を思い出すとまだ気持ち悪い。
けど、あんな酷いことをするやつら、絶対に放っておけないよ。
相手が人間だからって……
ううん、人間だからこそ、力づくでも止めなくちゃいけない。
それきり、私は無駄なおしゃべりを止めた。
しばらくの間、輝動二輪を全開でとばすビッツさんの背中を眺める。
「ん……」
十分くらい経った頃、ダイがようやく目を覚ました。
「大丈夫……?」
私はボーっとした様子の彼の顔を覗き込む。
またさっきみたいに取り乱したらどうしよう。
「あ、おれ……」
「大丈夫か?」
目の焦点が合っていない。
そんな彼を心配してか、ジュストくんが問いかける。
「いったいどうしたんだ? 村の惨状は確かにひどいものだったけれど、あの時の君の態度はちょっと普通じゃなかったぞ」
「あ、ああ。取り乱して悪かったよ。ちょっと昔を思い出しちまってな」
「昔? 以前にもこんなことがあったのか?」
「よしなよ、ジュストくん」
今のダイにそれを聞くのは良くない。
私は彼の追及をやめさせようと思った。
「いいんだ、ルー子」
ダイは弱々しげに首を横に振った。
こんな彼の表情を見るのは初めてだった。
「迷惑かけた詫びもあるし、ちゃんと話すよ」
そして、ダイは自分の過去を語り始めた。
※
ダイは『東国』と呼ばれる、私たちの住むミドワルトから遠く離れた地で生まれ育った。
「ミドワルトのことなんかもちろん知らなかったし、自分たちの住む小さな村と、それを取り囲む山林だけが世界の全てだった。近くには
それが崩れ去ったのは、ダイが八歳になった時。
「村の大人たちがある日、突然おかしくなって……家に火をつけて、武器を取って、村人同士で殺し合いを始めたんだ。昨日まで普通にしてた人たちが、バケモノみたいな顔で暴れまわって……」
ダイは以前に、流行病で村が全滅したって言っていた。
私はそれをてっきり、酷い伝染病か何かだと思っていたんだけど……
「殺し合いってどういうこと? 人がおかしくなっちゃうような、そんな病気ってあるの?」
「その病気は何故か大人だけしか罹らなかった。けど、おかしくなった大人たちは、正気だった子供たちにも容赦なく手をかけた。仲が良かった友だちもみんな、知っている大人の手で殺された……!」
感情を抑えるように歯を食いしばるダイ。
私にはそんな彼にかける言葉が見当たらなかった。
「オレは途中で気絶しちゃったけど、姉ちゃんが必死になって連れ出してくれて、おかげで命だけは助かった。けど無事だったのはオレと姉ちゃんの二人だけ。他はみんな死んだ。友達も、父さんや、母さんも……山の中で一晩を越して、ひょっとしたら全部夢だったんじゃないかって思って村に戻った。けど全部現実だった。建物はすべて焼け焦げて、あちこちに死体が転がってた」
その時の光景は今もダイの目に焼きついているんだろう。
昨日の惨劇を見て、その時の記憶を思い出してしまったんだ。
何とか生き延びたとは言え、当時八歳の子どもが見るにはあまりに辛い。
思い出して取り乱してしまったとしても、誰が責められるもんか。
「それで、君はこの先も戦えるのか?」
話し終わってダイが黙り込むと、ジュストくんがそう尋ねた。
「君の事情はわかった。しかし、敵を前にして昨日みたいにパニックを起こされたんじゃたまらないぞ」
「ちょっと、ジュストくん」
私は彼の冷たい言葉に軽い不快感を覚えた。
いくらジュストくんでも、そんな言い方ってないと思う。
ダイが辛い思いをして話したんだから、まずは慰めの言葉ひとつくらいかけてあげてもいいのに。
「ルー、正確な現状分析と戦力の把握は必要だよ」
「だって、ダイはこんなに辛そうなのに」
「戦闘中に昨日のようになってしまったら、危ないのは彼自信なんだよ」
「そうだけどさ……」
彼が言っていることが正論なのはわかる。
けど、なんかそういうのは嫌。
せっかくダイが、辛いのを我慢して正直に語ってくれたんだから……
私が反論の言葉を探していると、
「いや、ジュストの言うとおりだ。昨日は取り乱して悪かった、大丈夫、オレは戦えるよ」
ダイはそう言ってジュストくんを正面から見返す。
けれど、ゼファーソードを握り締める手は震えている。
明らかに強がっている、彼のそんな姿を見るのは心苦しかった。
「……見えたぞ」
再び訪れた静寂を、ビッツさんの声が破る。
心なしか気遣うような声色だった。
私は馬車の外に顔を出した。
行く先に小さな村の明かりが見えた。
※
幸いにも、私たちが辿り着いたリュムの村は襲撃を受けていなかった。
入り口近くで薪の束を運んでいた人が、私たちを見て訝しげな表情をする。
深夜にものすごい勢いで輝動馬車を走らせてやってきたんだから、怪しく思うのも無理もないか。
「夜分遅くに済まぬ。この村に泊まれる所はあるだろうか?」
「あ、ああ。あっちに宿屋があるよ」
ビッツさんが宿屋の場所を聞くと、その人は親切に案内してくれた。
「襲撃があるかもしれないって教えないの?」
「防衛の事を考えると、いきなり事情を話して村中を混乱させるのは良くない」
今はまだ無事とは言え、今夜中に殺人集団がやって来る可能性もある。
私たちはとりあえず今夜の宿を取った上で、村の外に見張りを立てることにした。
「オレが出る」
「やめておいた方がいい。その状態じゃ足手まといになるだけだ」
見張りに立候補したダイを、冷たく突き放すジュストくん。
ダイの手は震えていて、握った剣を今にも落としそうだった。
「くそっ、戦える、オレは戦えるのにっ」
悔しそうに歯噛みするけれど、彼の手の震えは止まらない。
自分では否定していても、心の奥ではショックが後を引いているんだろう。
「ルーは残ってダイを見ていてくれ。すでに敵の先兵が侵入していないとも限らない」
ジュストくんが私に言った。
厳しい言い方をしても、やっぱりダイのことが心配なんだよね。
「気をつけてね」
結局、見張りはジュストくんとビッツさん、それからフレスさんの三人が行くことになった。
私は男性二人にそれぞれ輝力を渡して、ダイと一緒に宿に残ることになった。
こうしておけば、彼らに異常があってもすぐ気付ける。
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