270 村を滅ぼした者

 焚き火の炎を見つめていた。


 口を開く元気もない。

 混乱した頭を整理するので精一杯だった。


 畜産業が盛んだったという小さな村は、無残な姿に変わり果てていた。


 むせ返るような血の匂い。

 物言わぬ骸となった人たち。

 あの光景は、しばらく頭から離れそうにない。


「ルー、食べる?」


 ジュストくんが缶詰の携帯食を差し出す。

 私は首を振ってそれを断った。

 いま食べたら吐きそうだ。


「キツイとは思うけど、凶悪なエヴィルが近くにいる可能性があるんだ。体力はつけておいた方がいいと思うよ」


 ジュストくんは缶詰を開けて、中身のお豆を食べた。

 だからって彼が平然としているわけでもない。

 自分で言ったとおり体力をつけるため、目を瞑って喉に流し込むように中身をかきこんでいる。


 いま、私たちはアグリキの村から少し離れた所にいる。

 死臭の届かない辺りまで離れて馬車を止め、そこで夜明けを待つことにした。


 現在、ビッツさんとフレスさんの二人が村の調査に行っている。

 夜中に死体が転がる村を調べるなんて、考えただけでゾッとする。

 私は止めようとしたけど、ビッツさんは少しでも情報を集めておきたいと言って、勇敢にも村へと戻って行った。


 フレスさんも強い意志でそれに同行した。

 聖職者の端くれとして、可能な限りは死んだ人を弔ってあげたいって。


 はあ……

 ショックで駄目になってしまった自分が恥ずかしい。

 こんな状況でこそ強くいられるフレスさんのことを本当に尊敬する。


 ジュストくんが食事を取る横で、私は黙ったまま燃え盛る焚き火に視線を落とし、ただ時間が過ぎるのを待った。


「ダイ、大丈夫かな」


 私は馬車の中で寝ているダイのことを考えた。

 村の惨状を前にした時の彼はどう見ても普通じゃなかった。


 そりゃ、あんな光景を見れば誰だって正常じゃいられないと思う。

 にしても、あの強いダイがあんな風に取り乱しすなんて。

 あの時は私たちの言葉も届いていないみたいだった。

 そして散々に騒いだ後、ぷっつりと糸が切れるように気絶してしまった。


「今は無理に起こさない方が良い。目を覚ましたら話を聞いてみよう」

「うん」




   ※


 やがて、調査に出ていた二人が戻ってきた。


「村の人たちは鋭利な刃物のようなもので殺害されていました」


 フレスさんが村で見てきたことを報告する。

 私は夕方に見たが脳裏に浮かび、思わず口元を押さえた。


「刃物のような、ではない。間違いなく刃物だ」

「どういうことです?」


 ビッツさんが付け加えると、ジュストくんは怪訝な顔で聞き返した。


「えっと、事前情報の通り、村にはたくさんの牛馬がいました。中には焼かれて真っ黒焦げになっているのもいましたけど、何頭かは怪我もなく普通に生き残っています」

「村が全滅したのに、家畜が無事だって?」

「その通りだ。しかし生きている人間はひとりもいなかった」

「とすると、やっぱりエヴィルの仕業なのか……」


 エヴィルは人間だけを襲う習性があって、その他の動物には見向きもしない。

 これはエヴィルが人間を殺して輝力を奪うのが目的だからだ。


 だからジュストくんがエヴィルの仕業だと考えるのは自然なこと。

 けれど、フレスさんは首を横に振った。


「ううん。エヴィルの仕業だとしたら、おかしなことがあるの」

「おかしな事って、何がだ?」

「それは……」


 彼女が言い淀んでいると、ビッツさんが言葉の続きを口にした。


「結界は正常に働いていた。エヴィルが村内に侵入した形跡は全く見られなかった」

「バカな!」


 ジュストくんが叫ぶ。

 そんなことはあり得ないと。


 どんな小さな町や村でも、人が住んでいる以上は、必ず魔除けの結界が張られている。

 結界の内部には基本的にエヴィルは入ることができない。

 だから村が全滅するような大惨事はそうそう起こることがない。

 それこそ、結界を力任せに破ってしまうほどの大群が攻めてこない限りは……


「村の周囲には、エヴィルの大規模な行動の痕跡は一切見当たりませんでした」

「ケイオスの仕業という可能性は? カーディナルのように人間に取り憑いて、村の内に侵入したのかも知れない」

「その線もかなり薄いな。さっきも言ったが、死体はほとんどが鋭利な刃物で傷つけられていた。ケイオスの仕業だとしたら、わざわざ人間の武器を使って非効率な殺戮を行うだろうか?」

「炎は篝火が燃え移っただけのようで、攻撃的な輝術が使われた形跡はありませんでした」


 何? 何が言いたいの、二人は……


「それじゃ、つまり……」

「あの惨状は、人間の手で行われたものだ」

「そんなはずない!」


 私は思わず叫んでいた。

 みんなの視線が私に集中する。


「だ、だって。見たでしょ? あんな酷いこと、人間にできるわけないよ。村中の人を、あんな風に見境なく殺すなんて……」


 人間にあんな残酷なことができるはずない

 私はそう主張した。

 けれど、


「人間だからといって、綺麗な心の持ち主ばかりではない」

「私もそう思いたいです。けど、状況があまりに不自然すぎるんですよ。エヴィルの仕業だと考えるよりは、人間のしわざだと考えた方がよっぽど自然なくらいに」


 ビッツさんとフレスさんがそれぞれの意見で反論する。

 私は現場をよく見ていないから、それ以上何も言えなかった。

 実際に調査に行った二人がここまで言うなら、きっとエヴィルの仕業じゃないんだろう。


 けど、信じられない。

 あんな、あんな酷いことができる人間がいるなんて……


 小さいとはいえ、一つの村。

 たぶん、五十人以上の人が住んでいたと思う。

 それを皆殺しなんて、まともな神経じゃできっこないよ。


「ただし、人間の仕業だとしても不自然な部分はあるのだ」


 ビッツさんが難しい顔で言う。

 フレスさんはその後を続けた。


「例えば、金目の物はほとんどが手付かずで放置してありました。このため盗賊による襲撃という線はかなり薄いと思われます」

「あまりの残虐さゆえ、個人に対する恨みという可能性も考えたが……」

「それだと村内皆殺しという異常性に説明がつきません」

「つまり、あれだけのことをした動機が全く見当たらないのだ」


 二人が交互に説明する。

 私はその話を聞いて戦慄した。

 あれだけの人を殺しておいて、その理由すらわからないなんて。


「いったい、あの村に何が起こったんだ……」


 ジュストくんが誰にともなく問いかける。

 もちろん、答えられる人はいなかった。

 空気が重く、誰も口を開かない。


 ふと、ジュストくんが顔を上げた。

 

「どうしたの?」

「誰かいる」


 彼の言葉を受けて、全員に緊張が走る。

 ジュストくんとビッツさんはそれぞれ武器を手に取った。

 二人はいつでも飛び出せるよう体勢を整える。


「人間?」

「多分。それも複数……近づいて来ているのは一人だけど、それもかなり巧妙に気配を消している。相当訓練された人間だよ」


 近づいているのがエヴィルなら私がすぐに気づくはず。

 人間だとすれば、相手はよほどの凄腕か。


「噂をすれば、でしょうか」


 村を壊滅させた人間。

 まだ近くにいてもおかしくない。


 不自然に停めてあった私たちの馬車を見て、怪しんで近づいてきたんだろうか?

 村の惨状を見たから、口封じとして。


「先に仕掛けるか?」


 ビッツさんが火槍に弾丸を込めながら言う。


「敵とは限りません。まずは隠れて様子を見ましょう」

「わかった」


 ジュストくんの提案に従い、私たちは焚き火を消して、近くの草影に身を潜めることにした。


 私はいつでも輝力を送れるようジュストくんの隣に。

 ビッツさんは火槍を構えて後方待機。

 フレスさんは馬車の陰に隠れた。


 近づいてくる何者かの姿が見えた。

 ある程度の距離をとった場所で足を止める。

 暗くてシルエットしか見えないけど、熊のような大男だった。


 かなり離れた場所にいるのに、相当な威圧感がある。

 これだけの相手が、ジュストくん意外には全く気づかれずに接近していたなんて。


「ほ、出てこいよ。お前ら」


 大男が言った。

 私たちが隠れているのに気づいている。

 その目線はまっすぐに私たちの方を向いていた。

 いったい、何者――


「ヴェーヌ様!?」


 ジュストくんが突然立ち上がって叫んだ。

 な、なに? どうしたの?


「ほ、ザトゥル殿のところの少年じゃないか。ってことはあんたら、噂のフェイントライツご一行様か?」


 え、どういうこと?

 この大男、ジュストくんの知り合い?


「誰なんだ?」


 ビッツさんが油断なく火槍を構えたまま問いかける。

 ジュストくんの表情はすでに安心きっていて、質問に対してこう答えた。


「大丈夫、この方は敵じゃありません。星帝十三輝士シュテルンリッター四番星のヴェーヌ様です」


 星帝十三輝士シュテルンリッターといえば、シュタール帝国の偉い輝士さま。

 しかも四番星って言ったら、ジュストくんの師匠のザトゥルさんよりも偉い人じゃないの。

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