261 あれから三ヶ月

 ナータへ、お元気ですか?

 最近めっきり寒くなってきたけど、風邪とかひいてないですか?


 ここ最近、ミドワルトではますます残存エヴィルが活性化しています。

 そちらは特に危ないことなどありませんか?


 こうして出す当てのない手紙を書いていると、みんなのこと、とても心配になります。


 私たちはいま、グラース地方の西部にいます。

 グラース地方はシュタールとセアンス、二つの大国にはさまれた小国家群です。


 仲間たちとの旅を始めてもうすぐ五ヶ月。

 ようやくうっすらとゴールが見えてきた感じかな?

 私がフィリア市を飛び出してから、もう半年以上が経つんだね。


 ところで、私たちの噂ってそっちにも届いてる?

 最近知ったんだけど、私たちっていつのまにかかなり有名になってるっぽいんだよね。

フェイントライツ微光』なんてパーティ名で呼ばれてるんだけど、聞いたことあるかな?


 有名になった理由は、たくさんのケイオスをやっつけたから。

 私たちは旅をしながら、立ち寄った町で情報を集めて、その近隣に潜むケイオスと戦って……

 っていうのを繰り返してる。


 シュタール西部からグラース地方に駆けて、すでに六体のケイオスをやっつけてるんだよ。

 司令塔になってるケイオスをやっつけると、その付近のエヴィルの活性化が弱まるみたいなの。

 この前なんて助けた村の人から「あなたがたは五人の英雄の再来だー」なんて言われちゃったんだよ。


 ……なんて、それほど大層なものじゃないけどね。

 いちおう私たちもがんばってるんだよ。


 っていうか、まっすぐ新代エインシャント神国に向かっているつもりが、次から次へといろんな事件に巻き込まれちゃうのはどういうことなんだろう?


 まあ、みんな困ってる人を放っておけない性格だしね。(ただし一人をのぞく)

 大国から輝攻戦士が派遣されない地方では、私たちみたいな冒険者が役に立てることって、いっぱいあるの。


 戦いは大変だけど、修行にもなるから別に嫌じゃない。

 せっかく新代エインシャント神国についても、役立たずじゃ仕方ないしね。

 仲間たちもすごいけど、私もあれからいろんな輝術を使えるようになったんだ。


 そんなこんなで、あっちに行ったりこっちに行ったり。

 辛いこととか苦しいこととか、恥ずかしいこととか、悲しいこととかいろいろあったけど。

 私は今日も元気に旅をしています。


 すぐに帰るって約束、破っちゃってごめんね。

 まだしばらくは帰れそうにないけれど、いつか絶対に戻るから。

 ナータにきかせてあげたいお土産話もいっぱいあるんだ。


 ひょっとしたら、帰る頃にはお互いもう学生じゃないかもしれないね。

 でも、私たちは何があっても変わらず友だちだからね?


 だから、帰ったらまた一緒に遊ぼう。

 平和になったら、ジルさんやターニャたちとも一緒に旅行とかしてみよう。


 この手紙を直接あなたに渡せる日を楽しみにしています。


 愛しのインベルナータさまへ。

 大親友のルーチェより。




   ※


「ルーチェさーん」


 ペンを置いたところで、馬車の外からフレスさんが私を呼ぶ声が聞こえた。

 手紙を書くのに夢中になっているうちに、いつの間にか出発の準備は終わっていたみたい。


「突入前にミーティングをするそうです。ジュストが呼んできてって言ってました」

「あ、ごめん。いま行くね」


 渡す当てのない手紙を鞄にしまい、私はフレスさんについて馬車の外に出た。




   ※


「敵の規模はいま説明した通り。もちろん、これは推測上のデータだから、実際には二割から倍くらいの数が潜んでいる可能性も高い。奥に大物が控えている以上、単独行動は絶対にしないこと」


 鎖の鎧を着たジュストくんが、地面に置いた手書きの地図を見ながらみんなに説明する。

 全員の顔を見回す彼と視線が合い、私が頷くと、彼も強く頷き返してくれた。

 はう……その凜々しいまなざし、ドキッとしちゃう。


「おいルー子、ちゃんと聞いてんのか」

「聞いてるし」


 ぽわぽわしている私を、隣に座るダイがジト目で私を睨んだ。


「この前みたいにはぐれても助けてやらねーぞ」

「大丈夫だってば。というか、あの時はぐれたのは私じゃなくてダイのほうじゃない」


 私は後ろに残っていたビッツさんを援護するために戻ろうとしただけだし。

 左右からエヴィルの大群に挟まれて、仕方なく横道に逃げ込んだら行き止まりになってたのは予想外だったけど……


 さて。

 私たちはいま、この辺一帯のエヴィルが住処にしている洞窟の前にいる。

 元々はスティーヴァ帝国時代の古代遺跡発掘ラッシュで造られたもので、ほとんどの場合、かなり奥深い迷路のような造りになっている。

 こういった洞窟は世界中にあり、エヴィルの住処としてよく利用されていた。


 ここに住み着いたエヴィルは、頻繁に近隣の町村を襲っているらしい。

 すでにエヴィルの大群の襲撃を受け、壊滅してしまった村もあるとのこと。

 そんな噂を聞きつけた私たちが、こうしてエヴィル退治にやってきたってわけ。


 このような小規模なエヴィルの巣窟が発生した場合、その最奥部にはほぼ間違いなくエヴィルたちの頭脳とも言える意思を持った上級エヴィル……つまり、ケイオスが潜んでいる。


 そいつさえやっつければ、指揮系統を失ったエヴィルは散り散りになる。

 この周辺には一時の平和が戻るはずだ。


「けど、わざわざ夜中を選んで攻めなくても……」


 不安そうに呟くフレスさん。

 ここ数ヶ月で冒険にも慣れてきたとはいえ、戦いの前には緊張するみたい。

 とはいえ彼女は私なんかよりもずっといろんなタイプの輝術を使いこなすし、いざ戦闘になると冷静な判断ができて、とても頼りになる人なんだけど。


 そんな彼女を安心させるようにジュストくんが夜を選んだ理由を説明をする。


「夜の方がエヴィルは活性化しているけど、それだけ洞窟内の敵は少なくなっている。少ない人数で確実に最深部にたどり着くには、この方が確実なんだ」

「オレは数が多くても構わないんだけどな」


 真面目に理屈を語るジュストくんに対し、ダイは自分が暴れられれば満足なだけみたい。

 この二人が先行してくれれば、私やフレスさんが危険な目に合うことはほとんどないんだけどね。


「ビッツさん、洞窟内部の構造は頭に入っていますか?」

「もちろんだ。近くの村に詳細な地図が残っていたのが幸いだったな」


 鷹揚に頷くのは、青と金を基調にした吟遊詩人のような衣装を纏ったビッツさん。

 腰には細長い筒状の射撃用武器である『火槍』をぶら下げている。


 彼は本当は某国の王子様だとは信じられないくらいよく働てくれる人。

 今回も輝動二輪で周辺の町を巡って、たくさんの情報を集めてきてくれた。

 頭も良く、リーダシップもあって、私たちのパーティには欠かせない重要な人だ。


「とにかく敵が出てきたらぶっ潰せばいいだけだろ。早く行こうぜ」


 ダイがそう言ってみんなを急かす。 

 こいつだけは作戦もなにもあったもんじゃない。

 

 世にも珍しい真っ黒な髪をしたこのお子様。

 人助けのためというより、自分が戦いたいからエヴィルと戦ってるって感じ。


 とはいえ、剣の腕前はピカイチ。

 一番の年少者で、慎重も私とほとんど同じくらい。

 だけど、私たちのパーティの中で一番多くのエヴィルをやっつけている。


 なんだかんだで頼れる子なんだよね。

 三ヶ月くらい前に他のみんなと離ればなれになって二人きりになった時も、文句を言いつつしっかり守ってくれたし。


「朝が近づけば、それだけ戻ってくるエヴィルも多くなる。ダイの言うとおり準備ができたらすぐに攻め込もう」


 ダイの意見にジュストくんが同意する。

 思えば、半年前に私と彼が出会ったことで、この長い旅は始まった。


 ジュストくんは輝力を操る天才で、誰よりも強い立派な輝士。

 あと、私の大好きな人、きゃ。


「よし、準備はいいね? みんな、行くぞ!」


 ジュストくんの言葉に、全員が頷く。


「よっしゃ、行くぜ」


 楽しそうに先陣を切るダイに続いて、私たちは洞窟内に入っていった。

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