238 ▽集合地点の二人
「二人とも、無事かしら……」
活気のあるストリートの雑踏の中。
旅人用の青い簡略法衣に身を包んだ少女が独り言のように呟いた。
フレスである。
彼女はちらりと後ろを振り返った。
そして不満げに頬を膨らませ、よそ見をしながら歩いている軽装の少年にもう一度言い聞かせる。
「ねえジュスト、心配だよね!」
「えっ。ああ、何が?」
どうやら上の空だったようだ。
こんな状況だというのに、なんて無神経なだろう。
フレスは彼に対し、他の仲間の前ではあまり見せないような勢いでまくし立てる。
「ルーチェさんとダイさんが心配だよね、って言ったんだよ。私たちは運良く岸に流れ着いたけど二人は近くで見つからなかったじゃない。仲間が行方不明なのに、よくそんなふうに気楽でいられるよね!」
「僕だって心配だけど、信じて待つしかないじゃないか」
船がドラゴンに襲われて転覆した後。
フレスとジュストは運良く近くの浜辺に流された。
目が覚めてお互いの無事を確認した後、他の二人の姿を探して半日ほど捜索したが、結局は見つからず終い。
日が暮れる前にとりあえず休める場所を探そうと、海岸伝いに歩いていたら、この町にたどり着いたのである。
さらに幸運なことに、この町こそが集合地点であるトラントの町であった。
ここで待っていれば、少なくとも一人で山道を辿ったビッツとは合流できるだろう。
ルーチェたちも町の名前は知っているはずだから、溺れてさえいなければそのうちやってくると思う。
「あの二人ならきっと無事だよ。ダイはサバイバル能力に長けてるし、ルーは輝術で空も飛べるしね」
気楽に言うジュスト。
フレスはどうしても彼のように楽観できなかった。
「そうは言うけどさ、仲間なんだからもっと……」
「はいはい。フレスは昔っから心配性なんだから」
ジュストにもう一度文句を言おうとすると、頭を撫でられた。
子ども扱いで誤魔化そうとしているようで癪に障る。
「気安く触らないで」
「文句言ってないで、とりあえず腹ごなししようぜ。このままじゃ僕たちが倒れちゃうぞ」
言われて初めて、お腹がぺこぺこなのを自覚する。
朝からずっと捜索していたので、半日ほどなにも食べていない。
そろそろ日も暮れ始めているから、今晩泊まる宿も探さなくてはならない。
ジュストはまるで知っている場所を歩いているかのようにスタスタと先を行くが、どこかに向かっていると思えば武具店の前で立ち止まって商品を眺めたりと、行動に落ち着きがない。
「ご飯食べに行くんじゃなかったの?」
「いや、新しい装備も買わなきゃと思って。泳ぐのに邪魔だったから
「それこそ後でもいいじゃない」
ジュストは極度の方向音痴ですぐ迷子になる。
この上で彼まではぐれたら致命的なので目も離せない。
世話が焼けると思いながらも、彼の腕を掴んですぐ隣を歩く。
「ほら、食堂を探すよ」
「なんだよ。そっちこそベタベタすんなよ気持ち悪い」
「べ、ベタベタなんてしてない! ジュストがすぐどっか行っちゃうから、仕方なく……」
「あのさ、ちょっと前から気になってることがあるんだけど」
「な、なに?」
「フレスって僕のこと好きなの?」
「はぁ!?」
信じられないほど無神経な質問に、つい大声を上げてしまう。
「なな、なんでそうなるの」
「いや、前に村で二人っきりになったとき、そんな雰囲気だったから」
「やめて! あれは違うの、そんなんじゃないの!」
確かに、そんな風に思っていた時期もあった。
だが今になって思えば、あれは一時の気の迷いに過ぎない。
最愛の姉を失い、その責任を感じて村を飛び出したジュスト。
そんな彼に対する罪悪感もあったし、久しぶりの再会で変な感傷を持っただけだ。
フレスも年頃の十七歳。
多感な時期の感情の揺れを、知識だけの恋愛感情と重ねてしまっただけだ。
そもそも、村にはジュスト以外に適齢期の男性がいなかったことも、勘違いに拍車をかけた。
そう、いわゆるチュニー病を発症していただけだ。
少なくとも、今はそう思うことで納得している。
男はジュストだけじゃない。
そう、アイゼンで学んだ上での結論である。
「だよなあ、よかった」
「そう、なんだけど……そこで安心されるのは、少し腹立つんだけど」
「だって、フレスから好かれるとか気持ち悪いし」
「ちょっ……」
いくら何でも、それは失礼すぎるだろう。
そりゃ、小さい頃はそんな関係じゃなかったけど……
これでも今は一人前の大人としてしっかりやってるんだからね。
表面上は。
「……どうせ二人になるなら、ダイさんかルーチェさんと一緒がよかった」
「はいはい、嫌になったらいつでも村に帰ってね。っと、ちょうどいいからあの店に入ろう」
気心の知れた幼なじみ同士とはいえ、あんまりな扱いである。
こんなやつを好きだと勘違いしていたとか、思い出すだけで腹立たしい。
外面を取り繕っているのは彼も一緒のようだ。
この口の悪さ、ルーチェさんに教えてやろうかしら。
言い争ったら余計にお腹が減った。
フレスを置いてさっさと近くの店に入っていくジュスト。
追いかけて店内に入ったところで、何故か立ち止まっていた彼の背中にぶつかる。
「痛いよ、何で止まってるの」
「やっぱり別の店にしようか」
彼の肩越しに店内の様子を伺う。
夕食時のためそれなりに混雑している。
だが、席が埋まっているわけでもなさそうだ。
店の奥からは美味しそうな匂いが漂ってくる。
その中に嫌いな物でも混じっていたのだろうか?
入る店を決めたのは自分なのに、あんまり勝手な事ばかり言わないで欲しい。
「もういいよ。歩くの疲れたし、早く座ろうよ」
「仕方ないなあ……」
文句を言いつつ、彼は入り口近くのテーブル席に座ろうとする。
確かに早く座りたいとは言ったが、別にこんな場所でなくてもいいだろうに。
「そこだと人が通るし、せっかく空いてるんだから向こうの席にしようよ」
フレスはジュストを引っ張り、奥の窓際のテーブルに連れて行った。
※
ウエイトレスさんのおすすめメニューを適当に注文。
料理が運ばれてくるのを待ちながら、フレスは窓の外の景色を眺めた。
窓からは夕日に赤く照らされた海がよく見える。
村にいたときは絶対に見られなかったような雄大な景色である。
トラントの町は大きな入り江の奥部に三日月状に拡がった細長い町である。
遠くにはぼんやりと向こうの岸が見えた。
フレスたちが船に乗った港町もその辺りにあるはずだ。
陸に近い所を進んでしていたとはいえ、この近くに流されたのは僥倖と言う他ない。
「ルーチェさんたちが流されたとしたら、あの辺かな」
「うん」
「離ればなれになっても連絡を取る輝術とかも覚えておかなきゃダメだね」
「うん」
ジュストは話を聞いているのかわからないような生返事ばかりをする。
彼の視線は外ではなく、壁に立てかけた自分の剣に向いていた。
流石に海に放り出されても剣は手放さなかったようだ。
しかし流されている途中であちこちをぶつけたらしく、ボロボロに刃こぼれしている。
オマケに鞘もなくなってしまったので、即席で作った木の長箱から柄だけが出ている不格好な状態だ。
ドラゴンに船が襲撃されて海に放り出されたとき、ジュストは近くにいたフレスをとっさに抱えて、近くの木片に引き上げてくれた。
だから、こう見えても彼には感謝している。
仲間を守るため、輝士にとって武器が大切なのもわかっている。
でも、もしジュストがあの時に剣を捨てていれば。
空いたもう片方の手で、ルーチェも救えたのではないか?
そう思うとなんだか複雑な気分で、素直にお礼を言う気持ちにはなれなかった。
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