201 高速機動戦闘
「
まっすぐに突進してくるカーディナルを、私は火の矢で牽制した。
「この前より威力が弱いね。何か狙ってるつもりなのかな」
カーディナルは青く光る大剣でいとも容易くそれを切り払う。
うう、そんなこと言ったって、精神集中する前にかかってくるんだもん!
ともかく、このままじゃ話にならない。
「
手の中から生まれた火の蝶が、右側から弧を描いて襲いかかる。
「これも、前のほうが速かったよ」
カーディナルは再び剣を振り上げて火の蝶を斬ろうとする。
瞬間、私は腕を振り上げた。
「あまい!」
剣とぶつかる直前、火蝶の軌道を変える。
そのまま旋回してカーディナルの背後に周り、無防備な背中に襲いかかる。
「甘いのはそっち」
そのくらい読んでいたとでも言いたげに、くるりと体を反転させるカーディナル。
彼女の持つ大剣が今度こそ火蝶を切り裂く、瞬間。
――今だっ!
「
火蝶は自ら二つに分裂し、それぞれが再び蝶の形をとる。
小さな火蝶が左右からカーディナルを挟撃する。
「へえ、器用なことができるんだね」
動じることもなく、カーディナルは一匹ずつ火蝶をなぎ払う。
彼女が私を向いたときには、すでに、
――私はつよい以下略――
精神集中は終わった。
心臓が高鳴り、我を忘れる一歩手前で力を抑える。
「
私の周囲に、複数の火蝶が現れる。
掌からじゃなく、体を淡く包む光から生まれ出た、十匹の火蝶。
一つあたりは小さく威力も低く、コントロール性能も悪い。
けど、全部合わせた攻撃力は数倍じゃきかない!
「いけえっ!」
合図を送ると、火蝶たちは一斉に突撃を開始した。
ある一匹は直線に、ある一匹は右側から、ある一匹は背後に。
カーディナルの周囲すべてから襲いかかる。
「へえ、新技か」
カーディナルが大剣を振るう。
正面の火蝶が薙ぎ払われた。
けれど、同時に彼女の剣の青い光も消滅する。
「……けど、甘い!」
カーディナルは剣を捨て、両手から電撃を迸らせる。
黄金色の光が全方位から迫っていた火蝶をすべてを吹き飛ばした。
うわあ、これで倒せるとは思ってなかったけど、こんな簡単に破られるなんて……
攻撃を防いだカーディナルが好戦的な笑みを私に向けた。
「今度はこっちの番だ、
かわいらしい掛け声と共に、一筋の黄金色の光が放たれる。
その一撃は離れた距離にいる私を一瞬で黒焦げに――
するわけないでしょっ!
「当たらないよっ!」
「えっ」
私は一瞬のうちに大きく横に移動した。
カーディナルの顔に、初めて驚愕の色が浮かぶ。
「
そう、これは使い切りの輝術じゃない。
背中から左右二対の葉形の輝力を放出して機動力に変えている。
要は輝攻戦士と同じ要領だ。
慣れるまでは難しかったけど、コツさえ覚えれば簡単。
自分自身の輝力を使っているため、途切れることもなく方向転換も可能。
おまんじゅうさんの言葉を参考にして練習した、相手の攻撃を食らわないことを第一にした戦法だ。
「
安全な距離から援護するだけの輝術師じゃない。
絶えず動き回り。
適度な距離を取って。
コントロール性の高い輝術で牽制。
これでひとりでもカーディナルと戦える!
剣での戦いも得意とするカーディナルには絶対に近づいちゃだめだ。
小技で牽制しながら、隙を狙って高威力の輝術を確実に当てる!
「
再び十匹の火蝶を周囲に展開。
今度は一匹ずつ時間差で射出する。
「ちっ……
ひとつずつ対処するのは面倒だと思ったのか、カーディナルは氷の盾を張った。
火蝶の大群と氷の盾が衝突。
ものすごい水蒸気が立ち上がる。
それを隠れ蓑にしつつ、私は迂回して彼女の背後に移動する。
背中を取った!
「
動きは止めず、右から左へと移動しながら高威力の輝術を撃つ。
超高熱の閃光がカーディナルの背中に襲いかかる。
剣の間合いに入らないように距離をとっていたため、狙いが僅かに逸れた。
彼女の腕に多少減衰された閃光が突き刺さる。
「うぐっ!」
右腕を貫かれたカーディナルが叫び声を上げる。
やった、初めてまともに攻撃が当たった!
「はぁ、はぁ」
けれど、高速移動で輝力を放出し続けた私も、さすがに息が上がってきた。
大きく距離を離し、呼吸を整える。
その間に、カーディナルの腕の傷は塞がっていた。
うう……その超回復、ズルくない?
「……少しは効いたかな?」
「驚いたよ。まさか数日でここまで成長するとはね」
私もこんなに上手くいったことに自分でビックリしている。
訓練をすればするほど、力は上がっていくのを感じる。
やっぱり私ってば天才なのかな?
なんてうぬぼれちゃったりして。
「おまえは危険だね。遊びはやめて、この場で始末しておいた方がいいかも」
「やってみなさい、簡単に倒せると思わないことね!」
「調子に乗るんじゃないよ。おまえみたいなタイプの輝術師とは、以前にも戦ったことがある。対処法もわかっているんだからね」
……え?
「ああ、そういえば、見た目もあいつによく似ているね。名前は、ええと、確か……」
「プリマヴェーラ?」
「そうそう、そんな名前だった」
そうか、知ってても不思議じゃないんだ。
こいつは魔動乱の頃に五英雄に倒されたって話だから。
「あ。ひょっとしておまえ、あいつの娘か? 懐かしいな。ねえ、あいつは元気にしてる?」
「む、娘じゃないけど……死んじゃったらしいし、会ったこともないよ」
「そっか、死んじゃったのか」
なんでそんな残念そうな……悲しそうな顔をするのよ。
調子が狂っちゃうじゃない
「それじゃあ、グレイロードって知ってる?」
「あ、うん。私の先生だけど」
「先生? あ、ひょっとして、おまえに輝術を教えたのってあいつなの? そっか、なるほど。納得」
「あのさ、いま私たちって戦ってるんだよね? お喋りしてる場合じゃなくない?」
「いや、なんか懐かしくなっちゃって」
どうしてケイオスなのに、そんな人間みたいなこと言うんだろう。
っていうか、私もなんで素直に話し込んでるんだ。
「あなたが先生やプリマヴェーラさまの知り合いだからって、頼めば人を襲うのは止めてくれるの?」
「無理だね。わたしは自分が生きるために輝力が必要なんだから」
「だったら、仲良くお話なんかしてる場合じゃないんじゃないよね」
「よかったらおまえだけは見逃してあげてもいいけど?」
「私は仲間や街の人を元に戻さなきゃいけないから、あなたを見逃す気はないよ」
「じゃ、仕方ないか」
カーディナルはニヤリと笑い、掌を前に突き出した。
彼女の前方に青白い光の球体を発生する。
「これ以上力を無駄にはできない。悪いけど、一発で終わらせるから」
遠目でもわかるほどの密度で輝力を結集させている。
アレをまともに食らったら、ひとたまりもないだろう。
「避けても無駄だよ。こいつは狙った相手に当たるまで追尾し、着弾すれば周囲数十メートルを完全に吹き飛ばす」
「そんなのを撃ったら自分も巻き込まれるんじゃ……」
「もちろん、そんなマヌケなことはしない」
カーディナルが上空に舞い上がった。
すでに光の球体は彼女の顔より大きくなっており、両手で包むように抱えている。
自分から空に上がったのは、正面から打ち合うためか。
避けることもできない、防ぐことも無理。
オマケに相手は空中にいるとなれば、選択肢は一つしかない。
上空に浮かぶカーディナルに向けて右腕を突き出す。
「おまえも全力で撃ってこい。どっちが強いか比べよう」
「望むところっ!」
私が叫び返すと同時に、カーディナルが青白い光体を放り投げた。
「
「
それを私が撃ち挙げたオレンジ色の光球が正面から迎え撃つ。
空中で激突する二つの光球。
両者は空中で激突。
大爆発を起こした。
華やかな爆光となって空に咲く大輪の花火。
カーディナルの放った術も、空一面に蜘蛛の巣のような模様を形作る。
一種、芸術的な光景だった。
天が崩れおちるかのような轟音が鳴り響く。
目を灼く光の奔流。
私は思わず視線を下に向けた。
やがて光が収まり、元の静寂と暗闇が戻ってくる。
再び見上げた空にカーディナルは――
いなかった。
「っ!」
しまった、と思った時にはもう遅かった。
背中に激痛が走った。
「よそ見しちゃダメ。一瞬の油断が命取り」
声はすぐ真後ろから聞こえた。
カーディナルが私の背後で大剣を振り抜いていた。
どうやら背中を斬られたみたいだ。
あの技なら、あの距離からでも一瞬で距離を詰められるってわかっていたはずなのに。
まぶしさに目が眩んだのが命取りだった。
正面から術の撃ち合いを誘うように挑発したのも、このためだったんだ。
「これが経験の差ってやつかな」
「ううう……」
背中が焼けるように痛い。
涙があふれてくる。
立っていることができない。
私はその場で膝をついた。
「何のためにわたしが攻撃を予告したり、わざわざ空中に移動したと思う?」
私に正面から大技を撃たせ、隙を作り出すため。
答える声は出てこなかった。
かわりに痛みを訴える、苦悶の叫びが喉から絞り出される。
「おまえの底知れない輝力容量や輝術のセンスには正直驚いたよ。けど、戦いの駆け引きなんてものは一朝一夕で身につくものじゃない」
そっか……
でも、正直すごいな。
やっぱり、勝てなかった。
伝説のケイオスは私が思っていた以上に強かった。
「それじゃ、これからおまえを殺すけど……いいかな?」
それはヤダな。
まだ死にたくないもん。
「……何が面白いの?」
いつしか、涙も嗚咽も止まっていた自分に気づく。
カーディナルが眉をしかめる。
私がこの状況で笑っているのが不服なようだ。
「そんなに死ぬのが嬉しいの?」
「ううん。すごくヤダ」
「じゃあ、何で笑ってるんだよ」
なんでって、そりゃもちろん。
「そろそろかと思って」
「何が――」
カーディナルは問いかけを中断し、その場で後ろに跳び下がった。
その一瞬後。
彼女がいた場所に、飛び込んでくる人影があった。
流星のように空を切り裂いて飛来した一条の光。
さすがにあの大爆発を見れば、すぐわかるよね。
合図すればすぐ来てくれるって約束したもん。
「……遅いよ。もうちょっとでコロされちゃうところだった」
「ゴメン、道に迷ってた」
やっぱり。
昼間ならともかく、夜は慣れてる道でも違って見えるからね。
でも、許してあげる。
彼が約束を破ったり、私が危険な目に合うようなことをするはずないもん。
これでピンチを助けてもらうの、何回目だっけ?
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