180 吸血鬼被害者
エレベーターとかいう部屋に乗り込み、28と書かれた丸いボタンを押す。
途端に床が動き出した。
「ひあっ」
「わあっ」
足元がふらつく奇妙な感覚。
思わずフレスさんと手を取り合って、軽い悲鳴を上げてしまった。
ドアが開くと、乗り込む前とは違う廊下があった。
横にある大きな窓を覗くと、遙か眼下にアイゼンの町並みが広がっている。
本当に、あっという間にこんな高い所まで昇ってきちゃったんだ……
二十八階は大きなフロアが一室あるだけだった。
エレベーターから出た右側には大きなドアがある。
代表してジュストくんがノックすると、中から「誰だ?」という声が聞こえてきた。
「輝術診療所のヘンネさんの紹介です」
ドアがゆっくりと開かれた。
中から出てきたのは、白いあごひげを生やしたお爺さん。
白衣を着ているけど、医者というよりは博士って感じの雰囲気。
部屋の中はよくわからない研究品や本で乱雑に散らかっていた。
お爺さんはジュストくんに背負われているビッツさんを見ると、怪訝な顔で低く呟いた。
「吸血鬼被害者だな」
「は、はい。あの」
「待っていろ。今すぐベッドを用意する……ライン、ライン!」
お爺さんが呼ぶと、奥から「はーい」と応える声が聞こえてきた。
しばらくすると、緑色の長い髪を背中で結び、メガネをかけた女の人……いや、男……?
とにかく、性別不明の綺麗な顔をした若い人がやってきた。
「呼びましたか?」
見た目どおりに声も中途半端に高く、ますます男か女かわからなくさせる。
「患者だ。奥のベッドにお連れしろ」
「はい」
メガネの助手さんはビッツさんの顔を真剣な表情でのぞき込み、お爺さんと同じく即座に断言した。
「吸血鬼被害者ですね」
「見りゃわかる。さっさと運べ」
「じゃあ、その人をこちらに」
「あ、いや。僕が運びます。おぶさせてください」
ジュストくんはそう言ったけど、助手さんはしゃがみ込んでにこやかに背中を向けた。
「大丈夫。ここから先はボクの仕事ですから」
ボクって言った。
やっぱり男の人?
「というか、研究室に一般の人を入れるわけにはいきませんので」
ジュストくんは言われたとおりにビッツさんを背中から降ろし、メガネの助手さんに背負わせた。
意外にも彼はパワフルで、軽々とビッツさんを持ち上げる。
そのまま部屋の奥の扉に消えて行った。
「あの男はワシらが責任を持って預かる。あんたたちは安心して待っていてくれ」
「待っているって……どれくらいですか? 本当にビッツさんは治るんですか?」
部屋の中に戻っていこうとした博士みたいなお爺さんを呼びとめて質問する。
「もちろん治る。あれは輝力欠乏症といって、奪われた輝力を回復させてやればいいだけだ。ただし、特殊な
「どれくらい掛かるんですか?」
お金はともかく、時間は気になるところだ。
あまりかかるようなら、先にあのケイオスを探し出す必要もあるかもしれない。
「そうだな……個人差もあるが、並の人間なら半年って所か」
「半年!?」
そんなに待っていられない。
それだけでも十分に大変なのに、博士はさらにショックなことを伝えた。
「それと治療費だが、一日につき二万エン。もちろん完治するまで毎日いただくからな」
毎日二万エンって……仮に半年で治るとして……
あわわわ、そんな大金どこにもないよ。
「嫌なら他をあたるんだな。と言っても、この症状を治せる設備がある都市は国内に二箇所しかない。どちらにしても治療費は同じような物じゃぞ」
ビッツさんは救いたい、けど……
「お金ならは払えるはずです。治療をお願いします」
私が困っていると、ジュストくんが助け船を出してくれた。
あ、そっか。
よく考えたらビッツさんはクイントの王子さまだから、治療費くらいは払えるよね。
何も私たちがお金の心配する必要はないんだ。
「それは結構。では、預かるぞ」
「あ、その前に、聞きたいことがあるんですけど」
「何かね?」
「吸血鬼ってなんですか?」
私は気になったことを尋ねた。
吸血鬼って、それって一体なんのことなんだろう。
「ビッツさんはケイオスにやられてああなったんです。同じようになった人は他にもいるんですか? 専門の
博士はボサボサの髪を掻き、服についたフケを払う。
お医者さんのクセに不潔だな。
あ、博士だから医者じゃないのかな?
「最初の質問から答えよう」
心なしかうんざりしたような博士の声。
話をするのが面倒なのかな。
「吸血鬼っていうのは、物語に出てくる怪物の名前だよ」
「物語の怪物?」
「なんて言ったか忘れたが、児童向けの小説に登場する怪物だ。そいつは人の血を吸って、相手をダメにしちまう。その本で血を吸われた犠牲者と同じような症状になるから、吸血鬼被害者って通称がついたのさ」
「じゃあ、同じようなことは昔からあったんですか?」
「基本的には誰にでも起こりうる。輝力を使い果たした人間は決まってこうなっちまうんだよ」
「輝力を使い果たすってどういうことですか? 普通の人は輝力なんか持っていないでしょ?」
「輝力は生き物なら誰でも持っているぞ。生命力の源だからな。お前さんのような何の取り柄もなさそうな人間でも、微量な輝力を持っているんじゃよ」
博士は私を指差して言った。
私は一応普通の人より多く輝力を持ってるんだけどね。
っていうか何のとりえもなさそうとか失礼だな。
「輝力欠乏症は未熟な輝攻戦士や輝術師が時たまやるのさ。自分の力量も弁えずに消耗しつづけ、元から少ない自分の輝力も使い果たしちまう。もちろん普通はそんなヘマはやらん。力を使い果たす前に意識を失うはずじゃ」
「けどビッツさんは――」
「話は最後まで聞かんか!」
怒鳴られた!
「じゃがな、最近は妙なんじゃ。やけに吸血鬼被害者が多く運ばれてくる。以前はよほどのマヌケが何年かに一回やっちまう程度だったんじゃが」
「他にもいるんですか?」
「この二週間、おまえさんらのお仲間で一〇人めじゃ」
一〇人!?
それは、もしかして。
「最初はアイゼンの外からやって来た。旅の商人が仲間を看てくれと言ってきたのが始まりじゃったな。それからも立て続けに吸血鬼被害者がこの街に運ばれて来て、ついに六日前、アイゼン内で初の被害者が見つかった」
カーディナルだ。
アイツに『食べられた』人間が、ビッツさんと同じように輝力を奪われている。
しかも聞く限り、カーディナルはすでにこの街に入り込んでいる!
「吸血鬼被害者を受け入れたのが原因じゃと、伝染病かなにかと勘違いした大臣が怒ってしまってな。それから街の出入り審査も厳しくなった。お前さんらが中に入れたのは幸運だったな」
なるほど、それで門番の人は神経質になっていたんだ。
「幸か不幸か、外から来た患者を追い返したという話は聞いていないが……」
「それは、吸血鬼がアイゼンの中に入り込んだからですか?」
思わず呟いてしまって、また怒鳴られるかと思って身構えた。
が、博士は私の言葉に頷いてくれた。
「城の人間もそう考えておる。すでに輝士団は都市内にケイオスが入り込んでいるつもりで動いておるよ」
「都市内の治安維持に、輝士団が?」
ジュストくんが不思議そうに聞き返した。
「衛兵ではどうにもならない話じゃからな。昼夜を問わず街中に監視の目を光らせておるよ。……だが、未だ吸血鬼は見つかっておらん」
「それじゃあ、今も……?」
「最初にアイゼンで犠牲者が見つかって以来、毎日一人ずつここに運ばれてきているよ」
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