172 星帝十三輝士 ‒Stern Ritter‒

「ちょ、まさか」

「面白そうだから、ちょっと見てくるわ」


 ダイは嬉々として店を飛び出して行った。

 あのお子様、人には寄り道してる暇はないとか言っておきながら!


「行っちゃったね。どうしようか」


 止める間もなかったので、私はジュストくんに意見を求めた。


「野次馬する趣味はないけど、乱闘になりそうなら止めた方がいいかもね」


 始めてダイに会った時を思い出して不安になる。

 通行の邪魔だっていう理由で、荒くれ者をぶちのめすような子だったなあ……


 小さな騒ぎをオオゴトにしないとも限らない。

 仲間として止めてあげなきゃダメだろうなあ、相手の人のために。


「ここのお会計は済ませておきますから、どうぞ行ってきてください」


 フレスさんはケンカに興味はないみたい。

 我関せずって感じで優雅に紅茶を啜っている。


「わかった。じゃあ、後で迎えに来るから」

「はい」


 ここ支払いは任せ、私たちはケンカを……

 というか、主にダイを止めるために店を出た。




   ※


 店外に出ると、人だかりが見えた。

 おかげで騒ぎの場所は一目瞭然だ。


 けど、ケンカをしているような雰囲気じゃなかった。

 怒声も殴りあいの音も聞こえてこないし、ただ人が集まっているだけって感じ。

 野次馬の中にダイの姿を見つけたので、近寄って声をかけてみた。


「どうしたの。ケンカやってなかったの?」

「終わってた」


 野次馬の中心に目を向ける。

 そこにはフードを目深に被った背の高い人が立っていた。

 その足元では、必死に地面に頭をつけて謝ってる別の男がいる。


「暴れ者のシュッツが平謝りなんて……」

「やっぱ本物は違うぜ」

「酔っていたとはいえ自分からチョッカイ出して、逆にコテンパンにされたんじゃ格好つかねえよな」


 周りの人の話から察するに、どうやら謝っている若い方が村で有名な暴れ者らしい。

 すぐ近くの酒場のドアが壊れている。

 それだけ見ると単なる酔っ払いのケンカのようだけど、何か様子がおかしかった。


「す、すいませんでした。頼むから、どうかご勘弁を……」

「今回は見逃してやる。これに懲りたら、今後は見境なしにケンカを売るのは控えることだな」


 フードの人は暴れ者さんに説教すると、今度は野次馬の方を向いて言った。


「騒がせてすまなかったな」


 その言葉を合図に、集まった人たちはちらほらと解散し始めた。

 中にはフードの人に話しかけようとする人もいたけれど、適当にあしらわれ、すぐに興味をなくして去って行く。


「なんでぇ、つまんねえの」


 ダイはずいぶんと不服そう。

 やっぱりケンカに参加したかったのかこいつ。

 ひょっとしたら勝った人にケンカを売ろうとか思ってないでしょうね?


 と思ったけど、そこまで見境ないばかじゃないみたい。

 まあ、大きな事件にならなくてよかったね。

 私たちも宿に戻ろうよ、とジュストくんに言おうとしたとき。


「ザトゥルさん?」


 彼がフードの人を呼び止めた。

 振り返った長身の人がフードを外す。

 精悍な顔つきの初老の男性だった。


「ジュストか?」

「やっぱり。お久しぶりです」


 あれ、知り合い?

 あ、ひょっとして、この人がさっき話してた……


 ジュストくんがお世話になった、すごい輝士さん。




   ※


星帝十三輝士シュテルンリッターっていうのは、シュタール帝国国内で選ばれた輝攻戦士にだけ与えられる特別な称号なんだ。通称は星輝士せいきし。上から順番に何番星って呼び方をする。つまり五番星のザトゥルさんは、この国で五番目に強い輝士ってこと」


 騒ぎのあった酒場前から離れ、私たちはザトゥルさんと一緒に喫茶店に入った。

 そのテラス席でジュストくんがザトゥルさんの紹介をしてくれる。


「お世辞を言っても何もやらんぞ」

「お世辞なんかじゃないですよ。それより元気そうでなによりです。正義感の強さも相変わらずですね」

「お前も変わっていないな。あの頃のままだ」

「これでもかなり強くなったんですよ、昔とは違いますから」

「ふ。毎日ボロボロになるまで挑んできたあの頃から、どれだけ変わったものかな」


 必死に頑張る小さい頃のジュストくんの姿を想像し、私は思わずにやにやしてしまった。


「感謝してますよ。あの修行の日々のおかげで、在学中は実技で苦労することはありませんでしたから」

「剣術修行はサボってないだろうな?」

「もちろん。一日たりとも欠かしたことはありませんよ」


 嬉しそうにしゃべるジュストくんはなんだか可愛い。

 ザトゥルさんも、実の子と会話しているように穏やかな表情をしている。

 本当にお父さん代わりみたいな人なんだなあ。


「ところで、ザトゥルさんはここで何をしているんですか?」

「残存エヴィルが活性化を始めてから南方の国境警備を担当していた。その任務が昨日で終わったので、帝都に戻る途中だったのだ」

「南方って、死霊峡のある?」

「ああ。あそこは一応どこの国にも属していないことになっているが、その監視の役目は古くからシュタール帝国が行っているからな」


 死霊峡っていうのは、エヴィルの巣窟の一つらしい。


「南方国境から帝都だと、この辺りを通るのは遠回りじゃないですか?」

「この近辺でケイオスが出没するという噂があってな。真偽を確かめるために立ち寄った」


 ジュストくんの表情に緊張が走る。

 一瞬で場の穏やかな気分は吹き飛んだ。


「ケイオスが……?」

「噂が本当なら放ってはおけないからな」


 ケイオスっていうのは、エヴィルの中でも最も強い、上位エヴィルのことだ。

 人間の言葉を喋り、物事を考える知能がある。

 私が以前に見たのは半ば封印されていて身動きもできなかったけれど、本当は大国の輝士団でさえ苦戦するほど恐ろしい相手らしい。


「四番星以上の星輝士は現在すべて国外に出払っている。ケイオスが国内に入り込んでいるなら、俺が調査するしかないだろう」

「ケイオス……」


 私はジュストくんの方を見た。

 ジュストくんも強く頷いた。

 どうやら考えていることは一緒みたい。


「そのケイオス退治、僕たちにも手伝わせてください」


 言いながら、ジュストくんはバッグから一枚のカードを取り出した。

 グレイロード先生からもらった白の生徒の証だ。


「僕たちは大賢者様から修行をしてもらいました。特にルーは聖少女様の再来って言われるくらいの輝術師で、以前にケイオスに相当する敵を一人で倒したこともあります」


 いやまあ、そこまで凄くはないんですけどね。

 あの時は混乱してほとんど無意識だったし、仲間も傷つけちゃったからあまり思い出したくない。


「ほう、その娘が」


 ザトゥルさんが私のことをジッと見つめた。

 こ、こんにちは。


「お前たちの言い分はわかった。大賢者に師事したというのも嘘ではないだろう」


 ザトゥルさんの視線がジュストくんに戻る。

 彼はきっぱりと言った。


「しかし、力を借りる必要はない」

「そんな! 邪魔はしません、彼女はもちろん、僕も力になれると思いますし……」


 協力を断られても、ジュストくんは食い下がる。

 ザトゥルさんの答えは変わらない。


「お前たちの力量を疑っているわけではない」

「では何故!」

「手助けの必要がないと言っているんだ。なあジュスト、この俺がケイオス一匹ごときに後れを取ると思うか?」

「うっ……」


 そう言われてしまえば、ジュストくんも反論できない。

 文句を言えば、尊敬する人の実力を疑うことになる。


「ねえ。やっぱりザトゥルさんはお仕事なんだし、邪魔しちゃ悪いよ」


 私は彼の袖を引っ張ってそう言った。

 そんなにすごい人なら、ここは無理に手伝う必要も無い。

 それよりも、ジュストくんがお父さん代わりの人とケンカするのは見たくない。


「そう……だね」


 わかってくれたようでよかった。

 もしかしたら、彼はザトゥルさんの前で良いところを見せたかったのかもしれない。


「なあ、そろそろ宿に行かねーか? 腹減っちまったよ」


 今まで会話に参加せずにお茶を飲んでいたダイが唐突に提案した。

 そういえば、ビッツさんも待ってるだろうな。


「じゃあザトゥルさん、僕たちはこれで」

「ああ」


 ジュストくんが挨拶して席を立つ。

 そんな彼にザトゥルさんが言った。


「調査の協力は不要だが、俺は明日までこの村にいるから暇があったら尋ねて来い。お前がどれだけ成長したのか確かめてやろう」


 ジュストくんは困ったように苦笑いしていた。

 剣のお師匠様は結構厳しい人なのかもしれない。


「さ、じゃあ私たちも……」


 宿に向おう。

 あ、その前にフレスさんと合流しなきゃ。

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