167 ▽勝利の花火
「なんて大きさ、まるで小山だ……!」
窓の外に屹立するその姿を見たジュストは驚愕の声を上げた。
巨大な人型をした岩の塊がゆっくりを身を起こして立ち上がろうとしている。
先ほどの振動はこれが館にぶつかった時の音だったのだ。
「あれほどの物を隠しているとは、つくづく侮れん老婆だ」
「な、なんだよあれ……まさかエヴィルってやつか!?」
意外と平然としているビッツ。
その横ではテオロが怯えていた。
「安心せよ、エヴィルではない。あれは恐らく『ゴーレム』だ。実物を見たのは初めてだが並のエヴィルよりもはるかに強力で高い耐久力を持っている」
「なんでそれで安心できるんだよ!?」
テオロは二年くらい前からときどき教会を抜け出しては冒険者気取りで近隣を旅していた。
しかしその彼女もあんな化け物は今までに一度も見たことがない。
「エヴィルもゴーレムも同じだ。未知の存在を前にして怯えるくらいなら、初めから旅などせぬ方が良い」
「ぐっ……」
テオロは奥歯を噛みしめた。
確かに彼女はエヴィルと会ったことがない。
しかしそれは単にこれまでの運が良かっただけなのだ。
今さらながら自分が世の中を甘く見ていたと自覚してしまった。
「伝承の通りならゴーレムは破壊命令を受けた対象以外への攻撃は行わないはずだ。場合によってはこのまま逃げた方が良いかもしれんが……」
「どう見ても僕たちをを狙ってますね」
人間でいうところの頭部分になる正方形の岩。
それがぐるりと回転して細い切れ目がこちらを向いた。
中には青く輝く光が見える。
「どうする? ゴーレムの用途はあくまで拠点防衛で動きは鈍重だから、逃げるだけなら対処は十分に可能だろう」
「しかし館には多くの人が残っています」
「ならば頼めるか?」
「もちろんです。ルー、悪いけど力を――」
ジュストが声を掛け、テオロは呆然と突っ立っている少女の姿に気付いた。
てっきり凄まじい怪物を目にして放心しているのだと思ったが。
「……かっこいい」
「は?」
ルーチェの口元がほころんだ。
と言うより嬉しさを我慢できずにニヤけてしまったという感じだ。
もしかして恐怖でおかしくなってしまったのではと思ったが、本当におかしなことを言い出すのはこれからだった。
「なにあれ、超かっこいい!
「えっと、ルー……?」
意味不明な言動に仲間の男も戸惑っている。
いよいよヤバイことになってきたと思いテオロは一人でこっそり逃げだそうと考えたが、
「はしゃぐのは結構だが、来るぞ」
ルーチェとジュストがハッとする。
外を見るとゴーレムが大木ほどもある右腕を振り上げていた。
「ルー!」
「あっ、はい!」
二人の手が触れ合う。
その手から輝力が伝わってジュストの周囲に淡い光の粒が舞う。
「僕がやつを引き離します。その隙に……」
「わかった。任せたぞ」
「気をつけてね」
ジュストは二人に頷くと、そのまま窓から外へと飛び立った。
「うおおおおおっ!」
叫び声を上げながら飛んだ。
そう、まさに飛んだのだ。
人間とは思えない動きで空を切り裂き一直線にゴーレムに向かう。
彼が巨体の腕へと取りついた。
「な、なんだよアイツ。人間じゃないのか?」
「あれが輝攻戦士だよ」
ルーチェが説明するがテオロにはよくわからなかった。
※
ゴーレムに取りついたジュストは顔部分を何度も剣で斬りつけた。
岩石を削る手応えはあるが輝攻戦士化していなければ確実に武器の方が欠けていただろう。
一つ一つが人間ほどもある指が彼を引きはがそうとする。
それを簡単にすり抜け反対側の腕に移動する。
手が動き出す前にまた肩に上り今度は反対側の腕に移る。
「以前より格段に上手く力を扱いこなしている。やはり彼は天才だな」
「ゴーレムもかっこいいけどジュストくんもかっこいい!」
三度斬っては一度引くという動作を繰り返して攻撃を続ける。
ゴーレムの動きは鈍重なもののダメージを与えているようには見えない。
対してジュストの動きは少しずつ乱れ始めている。
意図的なのかそうでないのかゴーレムは少しずつ屋敷から離れていくのだが――
「効いてないの?」
「まったくダメージを与えていないわけではないだろうが、ゴーレムの耐久力があまりにも高すぎるのだ。恐らく疲れも痛みも感じないのだろう。このままではジュストが先に力尽きるぞ」
「はっはっは! 破壊の王たるゴーレムをただの輝攻戦士ごときが止められるものか!」
部屋の前に重装の女輝士シュライプが立っていた。
いつの間に取り戻したのか炎神の剣も持っている。
「侯爵は先に逃げ出してしまったが、あれを残していってくれたことには感謝する。貴様らも輝士団もまとめて葬ってやる。そして残った屋敷と古代神器は私のものだ!」
「主君に裏切られたからといってヤケになっても何も残らんぞ」
「黙れ! そもそも最初からクーゲルなどに忠誠を誓った覚えはない! いいだろう冥土の土産に教えてやる! 私があの老婆に取り入ってまで果たそうとしていた深遠なる計画だ! それは――ぐぼっ!?」
高らかに語りだすシュライプの手から炎神の剣が弾き飛んだ。
正確にいえば刃が鍔元からポッキリと折れて飛んだ。
無残にも柄部分だけが彼女の手に収まっている。
「よく戻ってきてくれたな」
彼女の正面にはゼファーソードを持ったダイが立っていた。
輝攻戦士の一撃が伝説の古代神器を易々と断ち割ったのだ。
「き、貴様――」
「うらあっ!」
「ぶべ!?」
ダイはシュライプの横っ面を思いっきり拳で殴り飛ばした。
生身の相手に剣を振わないだけの分別はあったらしい。
だが拳に込められた力には全く遠慮がなかった。
シュライプは廊下の向こうまで吹き飛ばされてそのまま動かなくなった。
彼女の口の中から折れた歯が数本零れ廊下に散らばった。
「ひど……女の人相手でもまったく手加減なしとか……」
ルーチェはさすがに相手の方を気の毒そうに見ていたが、ダイもそれを最後に力尽きてその場で倒れてしまう。
「うっ……」
「ちょ、やっぱり無理してたんじゃない!」
「あれだけ動けたのなら大丈夫だろう。それよりゴーレムを」
窓の外ではまだジュストが一人でゴーレムと戦っていた。
すでに本館からはかなり離れているがジュストの動きも最初の頃と比べて格段に鈍っている。
「ジュスト、それだけ離れれば十分だ! 一度戻って来い!」
「わかった!」
ジュストがビッツの声に応える。
ゴーレムの胸部を蹴ってこちらに飛んできた。
窓から勢いよく室内に滑り込み床を抉るほどの勢いで着地する。
「ただいま」
「おかえりなさい!」
「よしルーチェ。後は任せたぞ」
ジュストが戻ってくると、ビッツがルーチェにそう言った。
「え?」
「そなたの最強の輝術を使うのだ。いかにあの巨体と言えども、コアに当てれば確実に倒せるだろう」
「あ、あー……」
そう言われてルーチェはビッツがゴーレムを館から離させた理由に気づく。
確かに彼女の使える最強の輝術ならば、あの岩の化け物にも通じるかもしれない。
威力が高すぎるため至近距離で撃てば館まで巻き込まれる恐れがあるが、これだけの距離が離れれば問題はない……だが。
「いやあの、無理です」
ルーチェはふるふると首を横に振った。
「なぜだ? あの輝術ならば岩の塊を吹き飛ばすくらいはできるのではないか」
「あれって上に向かってしか撃てないんですよ」
ルーチェはビッツに術の性質を手早く説明する。
彼女の最強の輝術は威力と使用輝力の大きさゆえに足元を固定していないと狙いが付けられない。
両足をきっちり地面に固定したうえで衝撃を下に逃がすことで発射の際の衝撃に耐えているのだ。
真横に向かって撃とうとすれば反動で吹き飛んでしまう。
術もあらぬ方向に飛んで行ってしまうだろう。
「……」
即興の作戦が破綻していたと気付いたビッツはしばし押し黙っていた。
作戦を立てる前にまずは仲間の事情を聞いておくべきだった。
やがて彼は確認するように呟いた。
「衝撃を抑えることができれば大丈夫なのか?」
「え? それは試したことないからわからないです」
「やってみるしかない。ジュスト、彼女を支えてやってくれ」
言っている意味がよくわからずルーチェは首をかしげる。
見るとジュストも同じようなリアクションをしていた。
「つまり、輝攻戦士化したジュストがルーチェを支え、反動と衝撃を受け止めてやればいいということだ」
「あ、なーる」
簡潔な説明に納得しそうになって、
「えええっ!」
叫んだ。
「えっと、それって、つまり私の体をジュストくんが後ろから抱き締めて、不安定な私の身体を支えてくれて、反動で倒れ込んじゃったりしたらそれはもう」
「できそうなら早くした方がいい。せっかくゴーレムを館から離したのが無駄になる」
窓の外を見るとゆっくりではあるがゴーレムがこちらに戻ってきている。
あまり接近を許せば攻撃に成功したとしても爆風に自分たちも巻き込まれてしまう。
ルーチェはゴクリと咽を鳴らすとジュストに向き直った。
「えっと……よろしくおねがいします」
「え? ああ、こちらこそ」
差し伸べた手をジュストが握り返す。
いつも通り輝力を送ろうとしたところで、すでにジュストは輝攻戦士化していることに気づいた。
結果として無意味な握手をしてしまう。
「早くしてもらえないか」
「ご、ごめんなさい」
ビッツに急かされルーチェは窓際に立った。
歩くゴーレムめがけて右腕を伸ばす。
掌を開き手首を左手で押さえる。
「えっと、僕はどうすれば」
「後ろから抱き締めるように支えてやればいい」
「おてやわらかにっ」
ビッツの指示通りジュストはルーチェの後ろに回る。
体が密着し激しい戦いをしてきたばかりの彼の体温が背中に伝わる。
どきどき。
狙いを定めるのも忘れ背中に意識を集中する。
そうしているとなぜか暖かい気持ちが体中に広がってきて――
「……早くしてもらえないか」
「ごめんなさい!」
またも急かされて正気に戻る。
気づけばゴーレムはかなり近い所まで迫っていた。
素早く頭に花火のイメージを描き、腕の先に輝力を集中しようとして、
「あの、聞きたいことが」
「今度はどうした!」
ビッツの声にもいい加減に苛立ちが混じる。
だがどうしても確認しておかなきゃいけないことがある。
「どこを狙えば良いの?」
あれだけの巨体である。
さすがに粉みじんにするほどの威力はない。
一撃で仕留めるには相応の弱点部分を狙わなければならない。
ルーチェはどこに照準をつけるべきかわからなかった。
「中央部にコアがあるはずだ。そこを破壊すれば自重を維持できなくなって崩壊するだろう」
「だから、それはどこなんですか」
「流読みでわからないのか?」
「あのゴーレム全体が強い輝力を放ってて、その出所までは……」
「わかった」
解決できる問題へのビッツの対処は早かった。
火槍を担ぎあげると服の中から弾丸を取り出し、素早く弾丸を込める。
「この弾丸に輝力を強めに込めて撃つ。そなたはそれを頼りに狙いをつけよ」
「う、うん。でももうあいつ、だいぶ近くに――」
間もなく目前に迫るゴーレム。
ルーチェはもう一度窓の外に視線を向けた。
手遅れになるかどうかの瀬戸際、そこで彼女が見た光景は――
「
可愛らしい声と共に空から降ってくる無数の氷の刃。
破壊の雨に打たれてゴーレムは足を止めた。
「ルーチェさーん、今ですーっ!」
「フレスさん!?」
フレスはゴーレムの頭よりもさらに高い位置に浮かんでいた。
自ら作り出した雨雲の上ではたはたと手を振っている。
「あれはスカラフの……いや、大いに助かる!」
ビッツは火槍を構えると躊躇いなく引き金を引いた。
銃口から放たれた弾丸はまっすぐにゴーレムの胸元に吸い込まれる。
鈍い金属音が聞こえたような気がしたが、遠目には全く変化は見られない。
しかしルーチェには着弾点に当たった小さな輝力をはっきりと感じ取れた。
「いくよっ。ジュストくん、しっかり支えててね!」
「任せてくれ!」
「あんなカッコイイ巨人を破壊するのはもったいないけど、すごくもったいないけど、人類にとってとてつもない損失だと思うけどっ!」
「ごめん早くしてくれないかな! ルーの輝力が凄すぎて支えてるの辛いんだけど!」
「最後くらい見せ場が欲しいから――
全身砲台と化したルーチェの腕の先からオレンジ色の光球が打ち出される。
銃弾とはケタ違いの威力で放たれた輝力の塊は先行した弾丸の軌道を正確に辿り、まっすぐにゴーレムの胸元に吸い込まれていった。
そして着弾と同時に大爆発を起こし、七色の光がまき散らされた。
「きゃあっ!」
「くっ!」
あまりの反動に飛ばされそうになるルーチェ。
それをジュストが力いっぱい支える。
足元の床が先に耐えきれなくなり、二人はまとめて吹き飛んでしまった。
壁に叩きつけられる寸前ジュストは身を呈してルーチェをかばった。
その代償として背中をしたたかに打ちつけてしまう。
「だ、大丈夫!?」
「輝粒子でガードしたから問題ないよ、それよりゴーレムは?」
ジュストに促されてルーチェは窓の外を見た。
岩の巨体の胸元に巨大な風穴が空いている。
ひび割れが全身に伝播し、ゴーレムの巨体は盛大な音を立てて崩れ始めた。
「やったね!」
「うわ、うわわ……」
皆に向かってピースをしてみせるルーチェ。
親指を立てたジュストと勝利を確かめ合う。
その後ろではテオロが腰を抜かして震えていた。
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