142 ▽桁違いの実力

「す、すごいすごいっ! ナータ、ほんとにすごいよっ!」

「たいしたことないわよ。あの先輩も下級生相手だから手加減してくれたんでしょ」


 試合を終えたナータは子供のようにぴょんぴょん跳びはねながら喜ぶルーチェに祝福された。

 彼女の嬉しそうな姿をを見ていると心が癒されるが、ナータはあくまでクールを装って謙虚に答えた。


「トーネは本気だったよ。君が強かったんだ」


 後ろから声をかけられ振り向く。

 そこにはベラが立っていた。

 いつから道場に来ていたのかは知らないが、どうやら今の試合を見ていたようだ。


「剣闘の経験はないようだが、あの気迫と動きはたいしたものだ。ひょっとしたら何か別のスポーツでもやっていたのかな」


 笑顔を浮かべながらもベラは淡々と話す。

 ナータは緊張を隠すようにあえて大声で答えた。


「どうして未経験者だって思うんですか」


 あっさり素人だと見抜かれたために思いのほか声が上ずってしまう。


「ポイントを取るための攻撃じゃなかったからね。もし君が経験者なら最初の一撃で勝負は決まっていた。君の動きは最初からトーネを圧倒していたんだからね」

「そうなの! 私も知らなかったんだけどナータってすごいんだね! もしナータが剣闘部に入ったらベラお姉ちゃんみたいに大活躍できるよ!」


 無邪気にはしゃぐルーチェとは対照的にナータの目は笑っていない。


「買いかぶりですわ。けど、もしそこまであたしを買ってくださるなら――」


 必要以上に慇懃な言葉遣いにベラも何かを感じ取ったように表情を引き締める。

 しばし二人の間に沈黙と無言の緊張感が訪れた。

 ルーチェだけがその雰囲気に気づかない。

 そしてナータは意を決し、昨日から考えていた事を告げる。


「あたしと勝負してくださいませんか?」

「いいだろう」


 ナータは例の冷たい眼差しでベラを睨んだ。

 ベラは動じることなく薄笑いを浮かべながら了承する。


「……はいぃ?」


 ルーチェが間の抜けた声を出した。

 また何を言い出すのかこの娘は。

 彼女の目はあきらかにそう語っていた。




   ※


「両者、互いに誓いを」


 防具に身を包んだナータとベラが試合場で向かい合う。

 緊張した面持ちの二年生審判が控えめに試合開始の口上を述べる。


 ナータは剣を掲げながら思う。

 予定よりもうまくいったが、緊張もしていた。

 部の主将を務めているくらいだからさっきの先輩よりはずっと強いだろう。


 しかし負けるつもりはない。

 実戦経験だけでも通用することは証明された。

 何よりこの人に勝てばルーチェにどれだけ褒めてしてもらえることか。


 ちらりと場外を振り返って見ると、不安そうな表情のルーチェと目が合った。

 こんなことやめようよと無言で訴える声が聞こえる。

 ナータは気づかないフリをしてにこりと微笑みを返した。

 

 大丈夫、心配はいらないわ。

 ルーチェの目にはナータがまたも原因不明のケンカを売っているように見えるのかもしれない。

 ある意味その通りなのだが今回はジルに対してやったのとは違う。


 ルーチェが認めているこの女性に勝ちたい。

 勝って、彼女に凄いと思ってもらいたい。


 嫉妬ではなく対抗心。

 だから大丈夫。セーフ。

 問題は勝てるかどうかだがナータにはそれなりの自信があった。


 鮮やかな動作でベラが切っ先を合わせる。

 その一連の動きには洗練された美しさが見えた。

 やはり剣闘の経験はかなりのものなのだろう。


「我らが栄誉に」


 ベラの誓いが発せられた。

 決して大声ではないのに澄んだ声は道場内によく響いた。

 ナータは迫力負しないようにあえて大声で誓いを立てた。


「互いの健闘に」


 チャ、と剣先を触れあわせ音を立てて剣を引く。

 ナータは小声で付け加えた。


「そして愛しき我が友に」


 声はベラだけに届いたようで「なるほどね」と呟く声が聞こえた。

 ナータは正眼に、ベラは下段に構える。

 先ほどまでの緊張感は今や程よい高揚感へと変わっていた。

 こうして剣を向け合えば自ずと適切な精神状態を保つことができる。

 ひょっとしたら自分には剣闘の才能があるかもしれない。


 いける。

 ある種の確信を持ってナータはベラを睨みつけた。

 気の弱い相手ならばそれだけで戦意を喪失させてしまう視線。


 ナータは戦闘態勢に入った。

 周りで見ていた学生たちが息を呑む。


 戦闘開始と同時にナータが駆ける。

 いつものケンカの時の必勝パターンである。

 相手を思いっきり睨みつけておいて先手必勝の一撃を喰らわせる。

 大抵はこの最初の攻防で相手は完全に戦意を失う。


 剣闘でもこのパターンが有効なのはさっきの先輩相手に証明済みだった。

 一瞬で勝負を決める。

 そしてルーチェに褒めてもらう。


 ……つもりだったのだが。


 ナータが間合いに入るより先にベラも床を蹴った。

 そして駆け足ですれ違うと同時にベラの剣はナータを撃っていた。


 剣を握る拳。

 鎧に守られた胴。

 兜を纏った頭。


「え……」


 一瞬のうちにナータは三か所に衝撃を受けた。

 頭が揺れ、手に力が入らずに剣を落とす。

 何が起こったのかわからなかった。


「ぐ……グッド! 勝負あり!」


 審判の声が遠くから響いて聞こえる。

 一瞬遅れて見学の生徒たちが歓声を上げた。


 負けた……?

 その事実を理解できたのは、勝敗が決してから十秒ほど経ってからだった。

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