124 ▽彼女はクラスの人気者

「インヴェルナータさんはどこの中学から来たの?」

「第四中よ。フィリオ市の」

「市外! じゃあ家族で引っ越してきたの? それともアパート暮らし?」

「一人でアパートに住んでる」

「入学試験も大変だったでしょー」

「別にそんなでもないわ」

「主席合格? インヴェルナータさん頭いいんだねー」

「運がよかっただけだって」


 ナータが数人の女生徒たちに囲まれて質問攻めを受けていた。

 意外な光景だった。

 初等学校の時のナータはどちらかと言うと無口な女の子だった。

 友だちの輪に入るのも得意な方ではなかった。


 人付き合いが悪いというわけではなかったが何をするにも自分と一緒だったし、あんな風に大勢の見知らぬ人と話しているところは見たこともない。


 そのナータがもうあんなにたくさんの人と打ち解けている。

 人目を惹く容姿のせいもあるだろうが、それを差し引いてもナータは新入生の中ではひときわ目立っていた。

 小さい頃から可愛い娘だったけど今は誰が見ても文句のつけようもないような美少女である。

 飾り気はないがその分整った素顔が引き立ち健康的で嫌味もない。


 入学式で新入生代表の言葉を述べたことでも皆の注目を浴びた。

 新入生代表は入学試験の得点が最も高かった生徒が努めることになっている。

 今年の代表にナータが選ばれたというのは、つまりそういうことだ。


 南フィリア学園の一般入学試験の難易度はハンパじゃなく高い。

 たくさんの学費を払える上流家庭の娘なら、それなりに落ちこぼれていないことを証明できるだけの点数を取るだけで入学できる。

 これはまともに授業を受けてさえいればまずクリアできるラインだ(ジルは必死で勉強していたけど)。


 その他にも学園付属の中等部から繰り上げで入学する生徒もいる。

 これらの特別ルートで入学するためには莫大な入学金が必要である。

 そのため学生の大半は親が金持ちだとか地位ある人物とかの良家の娘なのである。

 親が有名な技術者であるルーチェもこの特別ルートで入学したタイプである。


 しかし一般の生徒はこうはいかない。

 南フィリア学園は歴史区分第三期『帝国の時代』より続く名門校。

 一部特権階級以外の生徒が入学するためには将来的に社会に大きく貢献できる見込みのある、高い学力を持ち合わせていなければならない。


 試験問題は同じでもその合格基準は恐ろしく高い。

 高難度の試験をほぼ満点に近い点数でパスしないと入学ができないのだ。


 大体の場合、学力の高い中等部からの繰上げ組が主席を取る。

 中等部から名門校に通っている生徒は入学時すでに高い学力が身についている者が大半だからだ。

 真面目に将来を考えている才女たちはステータスとしても当然入学試験で一番を狙っている。


 だが本年度の主席の座を得たのは外部生のナータだった。

 美人で頭もよく加えて気さくで話しやすい。

 人気が出るのも当然だった。


「外部生なのに主席かぁ。凄いんだね、ルーチェの友だち」


 その輪には加わらずルーチェたち中等部仲良し三人組は窓際のターニャの席に集まっていた。

 女生徒たちの中心にいるナータを眺めながら呟いたのはターニャ。

 ターニャは三人組の中では最も成績がよく繰上げ組にも劣っていない。

 入学試験でもかなりの好成績だったはずだがナータには敵わなかったようだ。


「うん、私も知らなかった」


 ルーチェの知っているナータは運動神経バツグンだけど成績は特別良かったわけではないはずだ。

 超難問の入学試験で一番を取ってしまったことには正直びっくり。

 よっぽどこの学園に入りたかったのか、やりたいお仕事があるのか……

 どっちにしても凄いと思う。


 加えて以前は持ってなかった見知らぬ生徒に囲まれても物怖じしないあの態度。

 いつも自分と一緒でなきゃ他の娘と会話できなかった頃のナータと同一人物だとは思えない。

 三年間で人は変わるものだ。


 ルーチェは一抹の寂しさを覚えながらもナータの取り巻く輪に加わる気にはなれず、少女たちの中心で楽しそうに笑っている彼女の横顔を眺めていた。

 綺麗だな、と思う。

 初等学校の時から可愛いかったけど、ここまで美人になっているとは……


「はっ、みんな騙されてんのよ。あいつの本性知ったら蜘蛛の子を散らすように逃げていくに決まってるわ」


 ジルは机に肘をつきいかにも不機嫌にふて腐れている。


「そんなにイライラしないの」


 ターニャがなだめてもご機嫌は一向に良くならない。

 ジルが怒ると怖いのを知っているからルーチェは迂闊にフォローもできない。


 もう一つ引っかかっているのがさっきの外での件だ。

 なんで突然ジルに対してケンカを売るような態度をとったのだろう。

 他の子たちと仲良さそうにしている姿を見ているとさっきの行動が嘘のように思える。


 それにしても……綺麗になったなぁ。

 何度も同じ事を考えながら眺めているとナータと目が合った。

 じろじろ見ていたことがバレて気まずかったけど、慌てて視線を逸らすのも変なのでニッコリと微笑んでみせた。


 ナータは嬉しそうに表情を輝かせ周りの女の子たちを放ってルーチェの方にやってきた。


「ルーちゃんっ」


 軽やかな足取りと共に金色の髪が跳ねる。

 窓から差し込む光を浴びてキラキラと光る。


「ごめんね。せっかく会えたのになかなかお話できなくって」

「あ、ううん。私は別に。ナータこそせっかく新しい友だちができたのに」


 言ってからルーチェは言葉を選びそこねたかな、と思った。

 これじゃなんだかイヤミっぽく聞こえるかも。

 しかしナータは気にした様子もなく隣の空いている席に座った。


「いいの。あたしはルーちゃんとお話したいんだからっ」


 さっきまでナータを取り囲んでいた娘たちが一斉にこちらを見ていた。

 なにかひそひそと囁きあっているのが怖い。


「なにあの娘、インヴェルナータさんの友達なのかしら?」


 アイドルを独り占めしてしまったみたいで申し訳ない気持ちである。


「今日からはいくらでも話できるよ」


 とは言ったものの、他の娘たちを押しのけてまで昔のように一番の友達でいられる自信はなかった。

 もし彼女が昔の友だちじゃなかったなら自分から話しかけることもなかったかもしれない。

 それくらいナータは素敵な女性になっていた。


「そうだけど、あたしはルーちゃんに会えなかった三年間をはやく取り戻したいの。そうだ。今日ヒマ? よかったら一緒に買い物に行こ。いろいろ必要なものとか揃えたいし」

「ルーチェは今日これからあたしらと一緒に買い物に行くんだ。悪いけどまた今度にしてくんない?」


 視線を窓の外に向けたままむすっとした声でジルが言った。


「そうなの? ルーちゃん」


 ジルには一瞥もくれずナータはルーチェの目を見て聞く。


「あ、うん……」


 事実なのでそう答えるしかない。

 ルーチェが肯定するとジルは小憎らしい笑みを浮かべて振り向いた。


「そういうことなんで、あんたはまた今度――」

「まあいいわ。じゃああたしもついていく」


 言いかけたジルの言葉を最後まで聞かず、ナータは当然のように言ってのけた。


「は?」

「いいよね? ええと……」

「カスターニャ。ターニャって呼んでね」


 ナータがもう一人の友人に確認をとる。


「わかった。あたしも一緒に行っていい? ターニャ」

「私は構わないよ」


 承諾を得たナータは上機嫌でルーチェの手をがっしりと握る。


「よし決まりっ。じゃあ、あたしも行くね」

「あ……」


 その勢いに気圧されルーチェは思わず彼女の手を握り返してしまった。

 ナータってこんな強引な娘だったっけ?

 記憶の中にある彼女とのギャップに戸惑っていると隣でジルが騒ぎ始めた。


「なに勝手に決めてんだよ! あたしは一言も許可してないぞっ」

「ルーちゃんとターニャがいいって言ってるんだから多数決で問題ないでしょ。それともあんたがダメって言ったら二人がいいって言ってもダメなの? あんたそんな偉いの?」


 ジルに対しては露骨に態度を変えるナータ。

 別にまだ私はいいとも悪いとも言ってないんだけど……

 ルーチェは心の中で突っ込みを入れたが、余計な争いを生みかねないので口には出さなかった。


 そんなことより二人をなんとかしなきゃ。

 このままじゃまたケンカになってしまう。


「別に偉かないけど……とにかくダメだったらダメだっ!」

「じゃああんたが来るのやめれば? あたしはあんたなんかいなくても構わないから」

「な、なっ……」


 あまりにも勝手な発言にジルは言葉を失っていた。

 このままでは爆発する。

 そう判断したルーチェはとっさにジルにしがみつき、


「に、人数は多いほうが賑やかで楽しいよ。一緒に行けばもっとお互いのいい部分が見つかるかもしれないし、もっと仲よくなれるかも知れないよっ。だからケンカしないで。ね? ね?」


 身を挺して全力でフォローする。

 ルーチェは何が何だかわからなかった。

 なんでナータはジルに対してこんなにケンカ腰なんだろう。

 とにかく今は彼女の怒りを爆発させないことが第一だ。


「やだなぁルーちゃん。ケンカなんかしないわよ」


 ルーチェが必死に仲裁しようとしているのに争いの原因であるナータはまるで他人事のように笑っている。


「それじゃ何時に集合する?」


 なんだかもうどうでもよくなってきた。


「はいはい新入生のみなさん。席についてくださいね」


 教室のドアが開き担任教師がやってきたことで自然にこの場は解散になった。

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